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余話第39話 渦

ご閲覧、評価、ブックマークありがとうございます。


次は本編の更新になります。

 レンゲは上空を飛んでいた。ククシナが結界を張る森を見渡せるほどの上空を旋回しながら、怪しい場所がないか目で調べている。


(結界は広範囲に渡っておるのう。何ヵ所かに集まるように力が渦を巻いておるのはどういう理由じゃ? 渦の中心には何がある?)


 レンゲが禁足地の気配を探れば、ククシナが生み出す渦を5つ見つけた。離れたところにあるそれらは、かすかな魔力で繋がり合ってはいるものの、それぞれが別の動きをしている。


(大型の魔物を集める渦、小型の魔物を集める渦、動物を集める渦……。これらの渦はどこに繋がっておるのか……)


 5つの渦が流れる先を知ろうと探りを入れたレンゲだったが、それらはどれも途中でプツリと途切れてしまっていた。正確には、探知できないほどに細く、ささやかなものになっているのだ。


「小賢しい……」

(ずいぶん苛立っているね)


 チッと舌打ちをするレンゲの脳に念話が届く。マサオミだ。


(これが苛立たずにおれるか。森に入った瞬間から奥へと引きずり込もうとする魔力の流れに常に鱗を撫でられておるのじゃぞ? 腹立たしいことこの上ないわ)

(自分自身にも結界を張ればいいじゃないか。君ならできるだろう?)

(もちろんできる。じゃがそれではあやつらにかけた結界が疎かになってしまう)


 禁足地へ踏み入った直後、魔力の渦を感じ取ったレンゲは即座にニャオ達に結界を張ったのだ。人数が多い分、常に気を配っていなければならず、自身にまで張る余裕がないのだ。普段のレンゲならばそんなことはないのだが、ここは神に仕えぬ精霊の森。必要以上に警戒して損をすることはない。


(私も同行できていれば手を貸せたのだが……。今から合流してもいいかな?)

(出発の時も寝こけておった老いぼれが何を言う。セキレイを抜いた仔どもらを黙らせることができるのであれば自力で来い)

(手厳しいね)


 脳をくすぐるマサオミの笑い声に、レンゲは嫌そうな顔をしてブルブルと頭を振った。


(最近寝る時間が増えておるようじゃが、何かあったのか? 蜂蜜集めはそこまで疲れる作業でもあるまいに)

(蜂蜜は関係ないよ。私の体の問題だ)


 そう返すマサオミに、レンゲはピンと来た。


(まさか寿命か? まだそこまで老いてはおらんじゃろう?)


 ハイエルフではないマサオミの寿命は1000年ほどで、800歳を超えたばかりの彼は平均で見ればあと200年は生きるはずだと考えていたレンゲは飛びながら首を傾げた。マサオミがまた笑う。


(どうやら私は命を使い過ぎたようだ。そう遠くない内に父母に会いに行けるだろう。まあ、200年分の寿命と引き換えにこの人生を送れたのであれば満足だよ)


 マサオミの声色は穏やかだった。


(その命、どこで終える気だ? 王都へ戻れば最期まで手厚く扱ってもらえるじゃろう?)

(そうだろうね。だけど戻らないよ。私はこの森で眠りたい)


 レンゲの脳裏に、シスレンの幹にもたれてうたた寝をするマサオミの姿が浮かんだ。コーカルゥセイボウが飛び交う中、仔ドラゴン達がマサオミを起こさないようにそっと傍を通り過ぎ、足音を殺しながら近づいたニャオが毛布をかける。ここ最近で、何度か見た光景だった。


(樹葬か?)

(叶うのならば、ね)


 樹葬とは、エルフ族に伝わる伝統的な弔いである。

 老いたエルフは自身の魔力と波長の合う木を探し、それに数年間魔力を注ぎ続け、死したのちはその木の根本に埋葬されることで、自然と一体になると考えられているのだ。樹葬の為の苗木を植えるエルフもいるが、大半のエルフは自然の中に自然に生えた木を選ぶ。マサオミは、自身の墓標としてシスレンの木を望んでいた。


(私はあのシスレンの根本に眠りたい。ダイゴロウやニャオ君達が受け入れてくれるのであれば)

(断らんとは思うがのう。しかし、本当にあそこでいいのか? 毎日うるさいぞ?)

(退屈せずに済むじゃないか)


 楽しげに言うマサオミに、レンゲはため息をついた。


(好きにせい。妾には関係のないことじゃ)

(そう言ってくれるな。神々が見守った戦争で共に戦った仲じゃないか。顔を見せに来ておくれよ)

(気が向けばな)


 死に恐怖を抱くエルフは少ない。人間のように短命でない彼らにとって、死は恐れるものではなく最期に出会う友のような存在なのだ。だからこそ、その友と過ごす死後の日常をいかに有意義なものにできるかを考えるのも、エルフ達からすれば生前の内に終わらせておくべき課題の1つなのである。


(しかし、貴様ももう死後を考えるようになったとはのう……。時間とはまさしく光の矢じゃな)

(そうだね。シヅが言っていたことが今になってわかったよ)


 懐かしい顔を思い浮かべながら目を細めたレンゲは、遠くない位置に魔物の群れを見つけた。渦に誘われるように移動していたその群れは、急に向きを変えて走り出す。ニャオ達のいる方角だ。


(用事ができた。マサオミよ、また後での)

(ああ、わかったよ。気をつけて)


 マサオミの気配が遠ざかっていく。魔物の群れをしっかりと見据えたレンゲは、そちらに向かって力強く羽ばたいた。

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