第21話 隠れダンジョン
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どこかから声がする。目を開けても何も見えない。真っ暗だ。
ーーーーーーーーケケェェェ……
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ぼんやりした視界が暗闇に慣れて、くったりと地面に落ちた異様に白い自分の手が見えた。
ーーーーーケケケケケェェェ……
ーーーーーケケケケケェェェ……
頭がガンガン痛む。どこかにぶつけたのかな。
コォォォォケケケケケェェェッ!
コォォォォケケケケケェェェッ!
「だぁぁぁぁぁっ! お前かい!?」
意識がはっきりするのと同時にあの短剣が鳴いてることに気づいて飛び起きる。だけどマジックバッグがない。ニャルクさんが持っていったままだ。
「ニャルクさーーん! どこですかーー!」
声が聞こえるってことは近くにいるはずだ。見渡してみれば一面岩肌。洞窟らしい。
「ニャオさーん……こっちですー……」
かすかな声を頼りに歩いていけば、マジックバッグを抱えて泥だらけで地べたに座るニャルクさんを見つけた。
「大丈夫ですか?」
「にゃんとか……。イニャトとバウジオは?」
「わかりません、近くにはいないのかも……」
ニャルクさんに立ってもらって、背中とお尻の泥を払う。短剣は鳴きやんでいた。
「さっきの鶏の声はにゃんにゃんですか? マジックバッグから聞こえましたけど」
「短剣が鳴くんですよ。捌いた後に」
「にゃぜ?」
「さあ」
竹筒の水をニャルクさんの背中にかける。ぴゃっと飛び上がったけど、気にせずにボディータオルサイズの布で拭いていく。
「ここはどこなんですか? 地下?」
「隠れダンジョンですね」
畳んだ布をマジックバッグにしまってニャルクさんに聞くと、体をペロペロと舐めながら答えてくれた。
「たまにあるんですよ。道の外れとか山の中とか。近づかにゃければ呑み込まれることはにゃいんですが、自然の一部みたいにゃものだから避けるのが難しいんです」
「はぁー、厄介ですね」
「目印にゃんかにゃいから、探知スキルとか持ってにゃいとほとんど気づけにゃいんです。隠れダンジョンを見つけたらギルドに報告する義務があります。ここは言わばダンジョンの赤ちゃんで、餌をたくさん食べて大きくにゃったら普通のダンジョンににゃるんです」
なるほどねぇ。弱い内は潜んで餌を捕まえて、大人になったら堂々と狩りをするわけか。
改めて近くを見回してたら、ニャルクさんの耳がぺたんと垂れた。
「すみません、僕が足を取られてしまったせいで……」
「いやー、あれは誰も気づきませんよ。というか、イニャトさんはどうして呑まれなかったんでしょう?」
イニャトさん、ニャルクさんが呑まれたのと同じところで鼻歌歌いながら小躍りしてたのに、なんでだろう?
「イニャトは樹木魔法のスキルがありますからね。もしかしたら、隠れダンジョンが生き物として認識しにゃかったのかもしれません。生まれ持ったスキルは少にゃからず体質に影響しますから」
「じゃあバウジオは?」
「これも推測ですけど、ブラックドッグの気配を感じ取って手を出さにゃかったのかも。ダンジョンそのものが生き物に近いですから、食べたら腹を壊しそうにゃ餌は摂らにゃいんですよ。できたばかりのダンジョンにゃら特に」
とすると、近づいてきたニャルクさんを食べようとした隠れダンジョンが、最初は遠慮したその他諸々をまとめて呑み込んだわけか。
「ニャオさん、気をつけてください。隠れダンジョンは普通のダンジョンに比べて規模は小さめですが、呑み込んだ餌を養分に変える為の魔物は存在します。見つかれば襲ってきますよ」
「これ出しときましょうかね」
マジックバッグから短剣を取り出した。
「でも、ここはずいぶん静かですけど……」
「セーフエリアかもしれませんね。だとすると、イニャト達は外に……?」
それやばくない?
「行きましょうニャルクさん。イニャトさん達を捜さないと」
「そうですね。僕は風魔法と土魔法で応戦しますから、ニャオさんは後ろをついてきてください」
「わかりました、お願いします」
自分のマジックバッグを肩にかけて、ニャルクさんのマジックリュックも預かる。ランプを点けようかとも思ったけど、魔物に気づかれやすくなるかもしれないからやめた。目が完全に慣れたみたいで、それなりに見えるしね。
壁を調べると通路を見つけたから入ってみれば、少し歩いただけでもっと広い空間に出た。
「やっぱりセーフエリアでしたね。ここからは魔物が出てきますから、慎重に」
声を潜めるニャルクさんの後ろを、短剣を握り締めて足音を立てないように歩く。地面にはほのかに光る石がぽつぽつと落ちていて、ダンジョン内がほんのりと明るい。
「ある程度近くまで行ければバウジオが気づいてくれるはずです。それまでは魔物に気づかれにゃいようにぁ痛っ」
こっちを振り返りながら喋っていたニャルクさんが何かにぶつかった。私も左右を見てたから障害物に気づけなかった。ふらつくニャルクさんを慌てて支える。
「大丈夫ですか?」
「すみません、ありがとうございま、す……」
ぶつかった何かを見て、ニャルクさんの喉がひくりと鳴った。嫌な予感がする。こういう時の予感は以下略、だ。
そーっと顔を正面に向ければ、大きな岩が見えた。だけど動いてる。動く岩だ。
ズルズルと音を立てながら、岩がこっちを向く。見上げるほどの巨体と、どこかぼんやりした目玉。むぐむぐする嘴みたいな口。
「ロックタートル……」
ニャルクさんが後退りしてきて脚にぶつかってきた。ひょいと抱え上げて右向け右からの全力疾走。
「お邪魔しましたぁ!」
亀だから歩みは遅いだろう。遅いと言って!
「ニャオさん左に跳んで!」
ニャルクさんの台詞に反射的に指示された方へ跳ぶと、直前まで走っていたところに頭サイズの岩が飛んできて砕けた。
「何あれ?!」
「ロックタートルの土魔法です! ジグザグに走ってください!」
「言われずとも?!」
ニャルクさんを抱え直して、一直線にならないよう走り続ける。いくつかの岩が飛んできたけど、ニャルクさんが風魔法で防いでくれた。
「ニャルクさんあそこ!」
「入ってください!」
少し離れた岩肌に横穴を見つけて叫べば、体を捻って確認したニャルクさんが叫び返す。中がどんな状態か確認しないまま飛び込んだら、階段だったみたいでそのままの勢いで転げ落ちた。
「いっっったたた……」
「あいたたた……。ニャオさん、怪我は?」
片手でニャルクさんを抱え込んで、もう片方で頭を庇ったから、酷い怪我はしなかった。
「私は大丈夫です。それより、下の階に来ちゃいましたね」
「ええ。イニャト達もこっちにいればいいんですけど」
「願うしかありませんよ。進みましょう」
また泥だらけになってしまったニャルクさんを拭いてから立ち上がった。この階はさっきまでの洞窟みたいな景色じゃなくて、夕方ぐらいの森になってる。
「明るいけど、上階より見通しが悪いですね。用心しましょう」
「はい。先程はありがとうございました」
「いえいえ」
歩き出したニャルクさんの後ろを、短剣を片手についていく。枝とか踏まないよう気をつけないと。




