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第168話 春

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「イニャトさーん、そっちはどんな感じです?」

「いい具合に乾いておるわい。これにゃら次の納品に間に合うぞ」

「ぅにゃあ……、肉球が痛い……。誰か、乳搾りを代わってもらえませんか?」

「だから僕がやるって言ったのに。代わるよ」

『◎◎~』


 春も中盤に差しかかって、気温が高くなる日が増えた。何かと騒がしかった日常が懐かしく思える。最近はもっぱら、果実を収穫しては干して、燻製を作って、野菜を育ててと忙しい。百子の乳搾りも日課の1つになった。母牛にならなくても乳が出るってなんか不思議。


「ニャオー! 魚いっぱい獲ってきたぞー!」


 お、赤嶺達が帰ってきた。川に仕掛けたびくを見に行ってもらってたんだよね。今日は煮つけにしようかな。


「お疲れみんな。ほら、おやつ食べな」

「あ! スイカがある!」

「おいらも食べる!」

「あたしもー!」


 スイカに仔ドラゴン達が群がっていく。いやはや、みんなでっかくなったもんだ。

 抱き抱えられなくなったとはいっても、ついこの前まではまだ幼さが残ってたのに、今は動物園にいる大人のライオンぐらいのサイズにまで育ってる。春ってこんなに成長するもんなのかね?

 ライオンといえば……。


「帰ってこんなぁ、芒月」


 思わずそう呟くと、百子の乳搾りを交代したアースレイさんがこっちを向いて頷いた。

 サルヴァロンの騒動があった時から、芒月がどこかに行ったまま帰ってこない。みんなで捜しに行こうとしたんだけど、心配せんでいいって漣華さんに言われてしまった。

 漣華さん曰く、ネメアン・ライオンの雄はある程度成長すると一旦群れを離れて狩りの練習をするらしい。芒月もその時期に入っただけだから大丈夫だと。

 いや、それならそれでいいんだけどね? それがネメアン・ライオンの通過儀礼みたいなもんなら何も言わないけどね? 私異世界人だから知らないんだよそんなの。しかもニャルクさん達ですら知らないようなどマイナーなことならなおさら前もって教えてほしかったよ。どれだけ心配したと思ってんのさ。


「ノヅキは神宝石を持ってるから、何かあったらレンゲさんやフクマルさんが気づいてくれるだろうけど、それでもやっぱり気になるね」

『▽✕……』

「子の成長は早いとは言いますが、こうもあっさり出て行かれるとは思いませんでしたよ。いや、帰ってきてくれると信じてますけど」

「そりゃ帰ってくるさ。うちの仔なんだから」


 アースレイさんが言えば、シシュティさんがうんうんと頷いた。


「皆さん、そろそろ切り上げましょう」


 ニャルクさんに言われて空を見れば、太陽が天辺を過ぎていた。いつもならまだ作業してる時間なんだけど、今日は大事な用事がある。


「そうですね。行きましょう」


 アースレイさんが搾ってくれた牛乳を瓶に移して、マジックバッグにしまう。姉弟の表情は寂しげだ。


「待たせちゃ悪いし、急ぎましょう」


 声をかければ、シシュティさんが手を握ってきた。反対側にはアースレイさんが来る。

 ニャルクさんとイニャトさんを追いかけるように、私達は歩き出した。




 ▷▷▷▷▷▷




「コウメさん、本当に行くのかい?」

「ブルルッ!」


 やってきたのは、ユーシターナが舞った川縁。今日香梅さんがここを渡って、もともと住んでた森に帰る。


『▽✕□……、○✕……?』


 シシュティさん泣いちゃってるよ。私も寂しいけどさ。

 数日前、アースレイさんが香梅さんに聞いた話によると、暖かくなってきたから森に戻って仔育てをしたいらしい。向こうの森には仲間がいるから、相手を見つけたいとのことだった。


「ばっふぅ……」


 今日1日、香梅さんから離れなかったバウジオが悲しそうな声で鳴く。


「ほら、そんなに寄りかからんの。香梅さんが出発できんやろ?」


 香梅さんにぴったりくっついてるバウジオに言えば、しぶしぶ離れてこっちに来た。


「香梅さんに伝えてもらえますか? いつでも遊びに来てください、待ってますって」

「もちろんだよ」


 いつも通りアースレイさんが訳してくれると、香梅さんは私の腹に鼻を擦りつけてきた。兎人姉弟、兄弟猫、バウジオと続いて、仔ドラゴン一人ひとりにも。


「フシュウッ」


 またね、とでも言うように鼻を鳴らして、香梅さんは川に向かった。両手の掌紋を交互に見て、掌を合わせる。

 水神さん水神さん。香梅さんが渡れるように道を作ってください。

 そう願えば、川面が凪いで紋様が浮かび上がった。淡く光る道が対岸へと伸びていく。振り返った香梅さんと目が合った。

 正面に向き直った香梅さんが渡っていく。通り過ぎた紋様から、流れが戻った川面に流されるように消えていく。

 渡り切った香梅さんは振り返らなかった。金色の背中が木々の向こうに消える。


「コウメさーん、ばいばーい!」

「また遊ぼうねー!」

「林檎いっぱい作って待ってるぞー!」


 仔ドラゴン達が口々に叫ぶ。シシュティさんに後ろから抱き締められた。絶対会えないわけじゃないってわかってはいるものの、やっぱり寂しい。

 春は別れの季節って言うけれど、異世界でも同じなんだな。とりあえず、今日の晩ご飯はピザパーティーでもしてワイワイ騒ぎますかね。

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