第161話 いつから?
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「ニャオ、この前のやつ作って~」
「スライムみたいなやつで寝たいな」
『◎○!』
「いいよ。ほら、先にうがいしてきよな」
「「「「はーい」」」」
アースレイさん達の故郷の味を堪能してからしばらくして寝る準備を始めると、寝床に帰ったはずの黄菜達が戻ってきてウォーターベッドをねだられた。ママがいないって言ってたけど、狩りにでも出たのかな?
「ニャオさん、僕達の分もお願いできるかな。寝心地がいいから気に入ってるんだ」
「もちろんですよ。ちょっと待っててくださいね」
みんなから少し離れたところで掌を合わせて、水神さんにお願いしてウォーターベッドを人数分作ってもらう。シシュティさんと黄菜達が嬉しそうに跳び乗った。うんうん、こんなに喜んでもらえると作った甲斐があるってもんだ。
「……ねえ、気になったんだけどさ」
「はい?」
「君、ウォーターベッド作る時、水神様にお願いするのに掌紋を濡らしてないよね。濡れてない手でなんで掌紋を使えるんだい?」
………………。
「そういやそうですね」
全く意識してなかった。え? いつから濡れ手じゃなくてもできるようになったの私? 全然覚えてないんだけど。
「気づいてなかったのかい? レンゲさんか誰かと練習したとかじゃなくて?」
「いやいやいや、そういうのはしてないですね。なんでだろう……」
正直、掌紋を濡らさなくても水神さんにお願いできるなら助かるっちゃ助かる。今までは川があったり、“乾き知らず”で濡らしたりしてやってきたけど、今後もそうとは限らないからな。
「あんた、水にならいつも触ってるじゃないか」
襟の中から出てきたそのさんが言った。いつもとは?
「どういう意味です?」
「シヅはね、雨が降る前と後なら手が濡れてなくても掌紋を使うことができたんだ。空気の中にたくさん水が含まれてるからって言ってたよ。晴れてても使えるように練習してたねぇ。ま、最期までできなかったけど」
雨が降る前と後? 空気中? ……もしかして掌紋って、水素にも反応するの? マジで?
「アースレイさん、最近雨って降りましたっけ?」
「いや、降ってないよ」
「近々降る予報は?」
「……ないね」
つまり、今私達の周りにある空気には通常の量の水しか含まれてないわけだ。なのに私は水神さんにお願いできた。それって……。
「ニャオ、あんたシヅよりも〈水神の掌紋〉の扱いがうまいねぇ」
「そうですか……」
「連れてこられたのが戦時中だったら前線にほっぽり出されること間違いなしだよ。よかったね、今の時代で」
ほんっっっとによかったですよ。ええ本当に。心底そう思います。
▷▷▷▷▷▷
みんなが寝静まってから1時間が経とうとしてるけど、全く寝つけなかった。
ウォーターベッドに仰向けに寝転んで、うっすらと見える掌紋を眺める。思えば、加護をくれてる水神さんの名前も知らないんだよな、私。
「いけない子だねぇ、こんな時間に起きてるなんて」
頭の近くでとぐろを巻いて寝てたそのさんに尾先でおでこをつつかれた。
「すみません、起こしちゃって」
「こっちのことはいいさ。それよりあんたのことだよ」
そのさんが胸の上に這い登ってくる。蛇嫌いは死ぬな、この状況。
「あんた、〈水神の掌紋〉を使うのが怖いのかい?」
「……使うことそのものは怖くはないですけど、使ったせいで被害が出ないか不安ではありますね」
掌紋は私が生きていく上で手放せない力になってる。だけど使い方を誤れば大変なことになる。それは嫌だ。
「シヅはね、最初の頃は掌紋をうまく使いこなせなくて人間を怪我させることが多かったよ。溺れさせたり、薄い水の刃で切っちゃったりしてね」
「そ、れは……。シヅさん、落ち込んだでしょう?」
「もちろんそうさ。謝って謝って謝り倒して、それでも怪我させちまって。だから覚えたんだ」
「何をですか?」
「癒す術をさ」
「回復魔法ですか?」
「いや、〈水神の掌紋〉を使って癒すんだよ」
そのさんが頭を掌紋に擦りつけてくる。本当に小さいな、この人。
「水神の力を借りた癒しの術は凄まじかったよ。腕が千切れかけた奴も、内臓が飛び出た奴も一瞬で治ってたからね。痕すらなかったんだから」
「それは凄いですね」
「そうさ。だから欲深い人間共の目についた」
そのさんの顔つきが変わった。
「戦争が終わってから、シヅを養子にしたい、娶りたいという輩が大勢押し寄せるようになった。あの子は目立ちたがりではなかったけど、ああいう力は得てして目立つからねぇ」
「でも、漣華さんと福丸さんが傍にいたんでしょう? だったら守ってくれてたんじゃないんですか?」
「……人間ってのは悪知恵が働く生き物なんだよ。あんたは若いからわからないかもしれないけどね」
そのさんが目を逸らす。何があったの?
「シヅは飄々と生きてるように見えたけど、誰よりも我慢強かった。だからあたし達はあの子の本心に気づくのが遅れたんだ」
そのさんが体から、ウォーターベッドから降りていく。体を起こしてその姿を目で追った。
「レンゲとフクマルはね、1人になりたいっていうあの子の願いを聞き入れて王都から連れ去ったんだ。最初こそ人間達はシヅを連れ戻そうと躍起になってたけど、手を組んだユルクルクスとベアディハングから見れば赤子のようなもんだからね。その内に、当時のアシュラン王が王国にお触れを出したんだ。シヅを追うなってさ」
「じゃあ、それ以来シヅさんは自由の身に?」
「追われることはなくなったけど、あの子はレンゲのユニークスキルから滅多に出なくなったよ。生活に必要な物は全てレンゲが揃えてたしね。そして、シヅが住むレンゲのユニークスキルの出入り口を守るように張り巡らされたのが、フクマルのユニークスキルさ」
なんとまあ、それじゃあもしかして、私達が今住んでるこの森がそうってこと?
「シヅは戦後も〈水神の掌紋〉をうまく使おうと練習してた。でも限界があったんだ。あたしが見るに、あんたはシヅの限界をとっくに越えてる。その上で掌紋の力に恐れを抱けているんなら、過ちはそうは起こらないだろうよ」
そのさんの小さな姿が木々の向こうに消えた。もう一度掌紋に目をやって、ギュッと両手を握り締めてから、ウォーターベッドに背中からに倒れ込んだ。




