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余話第28話 報告とエルフ

ご閲覧、評価、ブックマークありがとうございます。

次は本編を更新予定です。

「アーガスから報告がありました」


 ノックの後、私室に入るなり挨拶もなしに報告してきたエルゲにガレンは椅子から立ち上がった。


「〈水神の掌紋〉保有者についてか?」

「はい」


 頷いたエルゲが届いたばかりの報告書をガレンに手渡す。文面に目を走らせたガレンは安堵のため息をついた。


「魔物化は食い止められたか……」

「ええ。ベアディハングが住む森の近くに顔見知りのバジリスクがいたようで、充分な量の毒をわけてもらえたそうです」


 エルゲの言葉に顔を上げたガレンは、もう一度報告書に目を落とし、細かいところまで熟読した。


「ベアディハング達と面識のあるバジリスク……。ユルクルクスとは喧嘩が絶えず……。まさか、ナーファ殿?」

「ナーファ?」


 ぶつぶつと言うガレンに、エルゲは怪訝な顔をした。


「人語を解するバジリスクだ。あの森に住むどの魔物よりも長く生きており、知識量は下手なエルフを優に超えると言われている。私も会ったことがあるが、とても敵わなかった」

「そんな魔物がいるなんて……。なぜ知られていないんですか? 王都に保管されている書物は一通り目を通していますが、人間と会話するバジリスクなどどこにも記載されていませんでしたよ?」


 困惑するエルゲに、ガレンは難しい顔をした。


「ナーファ殿が我々の前に姿を見せたのは戦争の最中だった。怪我をしていたところをシヅ殿が助け、味方になったのだ」

「前〈水神の掌紋〉保有者が?」

「左様。そしてシヅ殿本人が、ナーファ殿の存在が人間達に知られないようにしてほしいと、先代のアシュラン王に頼み込んだのだ」

「秘匿にしてほしいと?」

「うむ。会話ができるバジリスクなど、戦争をしていようがしていまいが、人間達からは好奇の目で見られ追われるに違いない、と言っていた」


 エルゲは言葉を詰まらせた。反論できなかったからだ。

 王都には様々な機関があり、魔物について調べている部署も存在する。そこに所属している人間達にとって、ナーファはどんな高値がついてでも手に入れたい実験材料であることは簡単に予想ができた。


「失礼します、ガレン副団長」


 扉の向こうから声がした。入れ、とガレンが許可を出せば、オードが頭を下げながら扉を開けて入室してきた。


「アーガス副隊長から新しい報告書が届きました」

「見せてくれ」


 差し出されたガレンの手に、オードは報告書を手渡した。文面を読んだガレンは目を見開いた後、しわを寄せた眉間を抓み、低い唸り声を口の端から漏らした。


「ガ、ガレン副団長?」


 耳を倒したオードが恐る恐る声をかける。すまない、と返されたガレンの声は小さかった。


「確か、ナオ殿のもとにエルフの男が1人滞在していると言ったな?」

「はい。トーナ町の商人達が使った術に巻き込まれていたようです。ユルクルクス達と知り合いということもあって、療養も兼ねているんだとか」

「そうか……。これは報告書ではない。そのエルフからの要望書だ」


 ガレンが要望書をエルゲに手渡せば、横からオードが覗き込んだ。


「これは……古代文字ですか?」


 エルゲが言うと、ガレンは頷いた。


「古代文字の中でもエルフが使っていたものだ。今では書ける者はおろか、読める者も少なくなってきている。私も辛うじて読めるぐらいだ」

「なんと書いてあるんですか?」


 エルゲに聞かれ、オードにまっすぐ見つめられたガレンは居心地が悪そうに咳払いをした。


「……救ってくれた〈水神の掌紋〉保有者に礼がしたい。王国で一番いい蜜蜂を手配してほしい、だそうだ」

「「……蜜蜂?」」

「ナオ殿がご所望だそうだ……」


 エルゲとオードが顔を見合わせる。ガレンは机に置いてあった書類を1枚手に取り、何かを素早く書き始めた。


「オード。これを至急騎竜隊に届けてくれ」

「騎竜隊に、ですか?」

「コーカルゥという地域で飼育されているセイボウの養蜂箱を3箱ほど購入してくるよう書いておいた。後日ギルドを通して支払うことにする。頼んだぞ」

「はい!」


 書類を受け取ったオードが一礼して退室した。残ったエルゲは驚いた顔でガレンを見る。


「副隊長自ら手配なさるとは……。お知り合いなんですか?」

「まあ、そういうことだ。エルゲよ、アーガス達はいつ王都に戻る?」

「ナオさんの体調が戻り次第帰還するよう伝えています。魔物化は防げたとはいえ、まだ微熱が続いているようですから」

「そうか。では、()のエルフには無礼を働かぬよう念を押してくれ」


 視線を逸らすガレンに、は? とエルゲは首を傾げた。


「無礼を、ですか? まあ、彼らならそのようなことはないでしょうけど……。一体なぜ?」

「お前達は若い。知らんことも多いが、知らんでいいことも世の中には存在するのだ」


 窓に近づいたガレンが、暮れかけた空を見上げた。その背中を見て、これ以上は何も聞けない、と察したエルゲは一礼し、部屋を出た。

 1人になったガレンは、オードが持ってきた要望書を眺めた。見覚えのある、流麗な文字。ふう、と小さく息を吐く。


「どこに行ったのかと思えば……。何をなさっているのですか……」


 応える者はいない。窓枠に切り取られた赤い夕焼けを見上げて、ガレンは懐かしい笑顔を思い浮かべた。

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