余話第27話 おかえりなさい
ご閲覧、評価、ブックマークありがとうございます。
よいしょ、と腰を下ろしたフクマルは、正面でぽっかり口を開ける洞窟を眺めた。首に下げた麻袋を外して、収穫したばかりの林檎を齧る。
ニャルク達が持つ神宝石からニズヘグの気配を感じ取ったフクマルは、自身の膨大な魔力を洞窟に挑んだ小さな友らへと送り込み、いつでも反撃できるように構えていた。
結果的に、バジリスクによる石化で友らは危機を脱した為にフクマルが手を貸すことはなかった。石化したニズヘグを砕いたのは、我が仔らを痛めようとした魔物に激怒したミカゲだった。
(わたくしとレンゲがやっているところを見て覚えたんでしょうか。まあ、セキレイ達が離れるのを待つだけの冷静さは持っていたようですが……)
芯をぽいと捨てて、2つ目の林檎を取り出す。
(それにしてもニズヘグとは。ユニークスキルの外側とはいえ、あの手の魔物が近づいてくるとは珍しい。もう少し範囲を広げるべきか、セキレイ達に洞窟に入らないよう言うべきか)
早々に食べ終え、3つ目の林檎に齧りつく。
(いや、下手に制限しては反動が来てしまう。それに、外と繋がる洞窟はここだけではないし……。はて、どうしたものか)
洞窟から目をそらさないまま、フクマルは林檎を食べ続けた。芯の小山が1つ、2つ、3つでき上がった頃、聞き覚えのある声がかすかに聞こえてきて、ふふ、とフクマルは笑みをこぼした。
「やっと、やっと外だ……」
「疲れたぁ~」
「もうやだ……おうち帰る……」
「みんな、怪我してない?」
「大丈夫……」
「お腹空いたよう……」
「ニャルク、助けてくれてありがとうね」
「どういたしまして……」
「ヘトヘトだねぇあんた達。でもまあ、ニズヘグ相手によくやったもんだよ」
洞窟からぞろぞろと仔ドラゴン達が出てきた。しんがりはニャルクで、眩しそうに両目を擦っている。首に巻きついたバジリスクが、褒めるかのように尾先でニャルクの頭を撫でた。
「皆さん、おかえりなさい。無事に連れてこれたようですね」
フクマルが声をかけると、仔ドラゴン達はたった今お迎えに気づいたようで、満面の笑みで駆け寄った。
「「「ただいまー!!」」」
「フクマルおじさんただいまー!」
「俺達頑張ったよ!」
「バジリスク捕まえた!」
「褒めて褒めてー!」
「はいはい、皆さんお疲れ様です。ほら、林檎がありますよ。お食べなさい」
「「「「「「「わーい!!」」」」」」」
林檎を1つずつもらった仔ドラゴン達が大喜びで食べ始める。その様子を見て、バジリスクが感心したような声を出した。
「ドラゴンなのに果物を食べるとは、珍しい仔らだねぇ。長く生きてはいるけど、初めてだよ」
「ニャオさんが赤ん坊の頃から擦った林檎を食べさせてましたからねぇ。馴染みのある味なんですよ」
フクマルが言えば、ふぅん、とバジリスクは頷いた。
「お久しぶりです。元気そうで何より」
「あんたもね」
ニャルクから降りたバジリスクはフクマルに這い寄り、硬い毛に絡まるようにしながら膝に乗った。
「相変わらず林檎ばっかり食べてるそうじゃないか。少しは違うもんも食べてんのかい?」
「もちろんいただいてますよ。1日に3回は」
「普通の食事ってことかい? まああたしにゃ関係ないけど」
バジリスクを爪で掬い上げたフクマルが、自身の頭に乗せた。
「仔ども達から聞いていると思いますが、わたくし達の友を救う為にあなたの毒が必要なんです。少しばかりわけていただいても?」
「はいよ。もう好きにしておくれ」
そう言って、バジリスクは嫌そうな顔をした。
「この森、あいつの魔力を感じるねぇ。本当に住み着いてるのかい?」
「ビャクレンですか? ええ、一緒に住んでます。今はレンゲと名乗っていますよ」
「チビ達から聞いたよ。はあ、まさかまたあいつと会うことになるとはねぇ……」
大きなため息に、フクマルが苦笑いを浮かべる。
「まあまあ。今回ばかりは我慢してください」
「しょうがないねぇ……。ところで、ニャオってのは誰なんだい? 名前を聞くばかりで、どんな奴か知らないんだが」
「おや、人里で聞くことはなかったんですか? かなり知れ渡っていると思うんですが」
「あたしゃここ数年あの洞窟から出たことはないよ。息を潜めて、魔力を消して、時々近づいてくるコウモリ共を食べて生きてたのさ」
「そうでしたか……」
顔見知りのバジリスクがお隣さんになっていることに気づけなかったフクマルは、納得した様子で頷いた。
「ニャオさんは異世界召喚の儀で喚ばれた異世界人です。水神の加護を授かり、ユニークスキルの〈水神の掌紋〉を持っています。ここ数ヵ月の内に二度の神託を賜り、現在は〔神託を浴びし者〕という称号を所持していますよ。“バンパイアシーフの短剣”に所有者と認められ、獅子獣人に変化することができます。今は魔力を浴び過ぎたことで魔物化が進んでしまっていて、それを食い止める為にあなたの毒が必要なんです」
「……聞いてるだけで腹いっぱいになりそうな奴だね」
バジリスクが言った。
「だけど、まさか〈水神の掌紋〉持ちとはね。ビャクレンが気にかけるわけだよ」
「彼女は今レンゲと呼ばれています。わたくしはフクマル。そう呼んでください」
「わかったよ。じゃあ、家まで案内しておくれ。〈水神の掌紋〉持ちと聞けば手を貸さないわけにはいかないよ」
「ありがとうございます」
仔ドラゴン達が林檎を食べ終わってから、一行は帰路に着いた。フクマルに乗ったバジリスクを見て、イニャトとライドが悲鳴を上げ、アーガスが剣を抜き、ノヅキとコウメ、ウェアウルフとブラックドッグが威嚇し、ミカゲが頷き、バウジオがモモコとキヨちゃんを庇い、レンゲの機嫌が急降下するのは、もう少し後である。




