余話第25話 走れ!
ご閲覧、評価、ブックマークありがとうございます。
「あんた達の家はこの洞窟の奥なのかい?」
先頭から、セキレイ、ダイチ、キイナ、バジリスク、ニャルク、ミオリ、セイライ、ランリ、シキの順番で歩いていると、バジリスクが聞いてきた。
「そうだよ。フクマルおじさんのユニークスキルの中なんだ」
「さっきも聞いた名前だね。誰なんだいフクマルってのは?」
「フクマルおじさんはフクマルおじさんだよ」
前後を挟んで歩くキイナとミオリが答えた。
「ほしい答えじゃないねぇ……。ちょいと、後ろのケット・シー」
「は、はい?」
バジリスクの後頭部を凝視していたニャルクは、這うのをやめてくるりと振り返った魔物にびくりと体を強張らせた。
「フクマルってのは誰なんだい? 種族とか、他の名前とかないのかい?」
「えっと……、種族はベアディハングで、以前はニャヌークとか、シウァって呼ばれてたって聞いたことがありますね」
「ニャヌーク? ……ああ、ナヌークかい? もしかして、林檎狂いのあいつかい?」
嫌そうな顔をしたバジリスクに、ニャルク達は目を丸くした。
「そうですそうです、いつも林檎を食べてます」
「毎日食べてるよ。今朝も食べてた」
「今日実った林檎を食べ比べしますって言って、全部の種類の林檎をずーっと食べてるんだ」
「林檎ジュースとかデザートも食べるよ」
「……あたしの知ってる奴に間違いないね」
大袈裟にため息をつくバジリスクに、恐る恐るニャルクは尋ねた。
「あの、バジリスクさん。フクマルさん、ニャヌークさんとはどんにゃお知り合いで?」
「そうさねぇ。特別親しくはなかったし、だからと言って険悪だったわけでもないし。まあ、会えば話して、じゃあねって言う仲かねぇ」
うんうんと頷くバジリスクに、仔ドラゴン達は揃って首を傾げた。
「何それ。全然わかんない」
「友達ってこと?」
「わかんなくていいんだよ。成熟した魔物には成熟した魔物なりの何かがあるんだ。あんた達もいずれわかるよ」
仔ドラゴン達のきょとん顔に笑い声を上げたバジリスクだったが、すぐに口をキュッと結んだ。
「……ちょいと、フクマルの名前と一緒に出てきたレンゲってのはどんな奴だい?」
「レンゲ姉ちゃん? おっきなドラゴンだよ。でも首がママより長いの」
「顔も長いよ。馬みたい」
「長い髭とたてがみが生えてるよ」
「異世界の水神様から加護を授かっているらしく、そのおかげで見た目が変わったと言っていました。人間達はユルクルクスって呼んでいますね」
ニャルクが言えば、バジリスクは再び這い進み始めた。ニャルクの横を通り、ミオリ、セイライ、ランリ、シキを通り過ぎる。バジリスクが寝床にしている横穴の方角だ。
「帰る」
「ぇえ?! ちょっと待ってよ、話が違うじゃん?!」
「帰らないで! ニャオが待ってるんだから!」
「お肉いっぱいあるよ! 一緒に食べようよ!」
「ええい、うるさいうるさい! あいつがいるんなら話は別だよ! あたしゃあいつとは関わりたくないんだよ!」
「なんでだよ?!」
バジリスクを飛び越えるように追い抜いたシキが、ニャルクと同じように通せんぼした。バジリスクが止まった隙をついて、ランリが細い尻尾にかぷりと噛みつく。
「これ! 誰が噛んでるんだい?!」
「帰っちゃ駄目! ニャオのとこに行くの!」
ぶん! とランリが頭を振り上げ、バジリスクは宙に浮いた。ランリが口を離したせいで、バジリスクはそのまま飛んでいく。ぽてっと落ちたのは、反射的に差し出されたニャルクの両前脚の中だった。
「ぅえええぇぇぇぇぇっ?!」
「ちょっと! 早く下ろしな!」
「ニャルク! そのまま走って!」
「フクマルおじさんのユニークスキルに入っちゃえばこっちのもんだよ!」
「嘘でしょおおおおおっ!!」
走れ! と弟分達から叫ばれれば走るしかない。体をくねらせて抵抗するバジリスクを抱えたまま、ニャルクは家を目指して走り始めた。
▷▷▷▷▷▷
「レンゲ」
高熱にうなされる友を守るかのように、家が建つ木の幹を首で囲っていたレンゲは名を呼ばれ、顔を上げた。
「なんじゃ、フクマル。ニャオはまだ治らんぞ」
「ええ、わかっていますよ」
のしのしとフクマルが近づいてきた。珍しく林檎を持っていない。
「懐かしい方がお見えになりますよ」
「懐かしいとな?」
「はい。まだユニークスキルの内側にまでは来ていませんが」
ふふふ、と笑って、フクマルはレンゲに背を向ける。
「お迎えに行ってきますね。ニャオさんをよろしくお願いします」
「おい待て。懐かしいとは誰のことじゃ?」
「会ってからのお楽しみですよ」
そう言い残して、フクマルは木々の向こうへ歩いて消えた。ふん、と鼻を鳴らすレンゲの近くでは、アーガスがエルゲからの返事を待ちながら苛々しており、ライドがマサオミから薬草の効果について習っている。
なんとも言いがたい不快感を払うように頭を振ったレンゲは、ニャオが眠る家をちらりと見上げ、再び囲いを作って瞼を閉じた。




