余話第19話 終息
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次は本編になります。
「いやはや、お見事ですねぇ」
前足に下りてきた林檎を大切そうに包み込みながら、ニャオが消えていった空を見上げたままフクマルは微笑んだ。
「フクマルさん、ニャオさん戻ってきてたの?」
近くにいた主婦に声をかけられて、フクマルは少しだけ頭を下げた。
「わたくしもようやっと顔を見ることができました。こちらの世界に来て初めての祭ですから、きっと驚かせようと考えていたのではないでしょうか?」
「そうだったのねぇ。だけど、あなた達を心配させるのはいただけないわ。レンゲさんもアースレイちゃん達も、ずっも捜してたじゃない」
「ええ。ギルマス達やエルドレッド隊の皆さんにも謝罪しなければ。ですが、祭が終わってからでいいでしょう」
「そうねぇ。せっかくの祭ですもの。楽しい気分に水を差しちゃいけないわねぇ」
じゃあね、と手を振って、主婦は人の波に混ざって歩いていった。しっかり握られていた林檎にうんうんと頷いたフクマルの耳が、トーナ町の商人達の声を拾う。
「どどどどうするんですかどうするんですかどうしたらいいんですかこれ??」
「静かにしろっ。とっとと逃げるぞ。門の外に出ればこっちのもんだ」
「でも、エルドレッド隊もベアディハングもいるんですよ? 逃げられるわけないって」
額をつき合わせてこそこそと話し合うトーナ町の商人達を、フクマルは覆い被さるように覗き込んだ。
「おや、随分と慌てていらっしゃいますねぇ。祭はまだ終わってませんよ? ゆっくりしていってください」
ギャッ! と悲鳴を上げた商人達が飛び上がり、1人が木箱に躓いて顔面から落ちた。
「い、いえいえいえ、荷運びの馬車も待たせてますし、そろそろお暇を……」
「そそそそうですそうです! 荷作りとか片づけとか荷解きとかいいいいろいろあるのでお暇させていただきます!」
「落ち着け! では、私達はこれで……」
どもる若者を一喝した商人が木箱を持ち上げようとして、硬直した。ダラダラと冷や汗を流し始める。他の商人達が何事かとそちらを見れば、同じように固まった。
木箱の上にブラックドッグが座り、牙を剥いて、唸り声を上げている。その横にも同じく威嚇をするブラックドッグとウェアウルフの群れ。11体の魔物に睨まれ、商人達は短い悲鳴をこぼして身を寄せ合った。
「おや、お前達。丁度いいところに来てくれましたねぇ」
ふふふ、と満足げにフクマルが笑った。
「あたし達もいますよ」
バウジオが走り去っていった路地裏からシシュティとアースレイが現れた。それぞれの手は腰の剣に添えられている。
「な、なんなんだお前達。俺達はこれから片づけがあるんだ! 邪魔をするな!」
「そう吠えるな。子犬の方が利口に見えるぞ」
宙に浮かび上がった魔法陣から歩み出たレンゲが、うろたえる商人達を見下ろして鼻で笑った。
「やましいことがないのなら堂々としておればいいではないか。何を騒ぐことがある?」
「レンゲ。そう意地悪をするものではありませんよ。やましいから慌てているんですから」
「黙れフクマル。当然知っておるわ」
くはは、ふふふ、と笑い合うレンゲとフクマルに近づいたエルドレッド隊が商人達を見据える。ごくり、と唾を飲み込んだ商人達は、手元のマジックバッグだけを掴んで走り出して、何かにぶつかりひっくり返った。
「な、な、なんだこれは?」
商人の1人が正面に突き出した両手が、透明な壁に触れた。どこを触っても出口がない。他の商人達はわけがわからないといった表情で、仲間とエルゲ達を交互に見た。
「出られませんよ。わたくしのユニークスキルを破れない限りは」
フクマルが言った。
「わたくしのユニークスキル〈常春〉は、指定した範囲に結界を張って春にとどめるもの、と出会う方々には伝えています。ですが、本来の名と効果は似て非なるものなんですよ」
シシュティとアースレイが目を丸くして互いを見合った。え?! と声を上げたライドの口をオードが塞ぐ。
「わたくしの本来のユニークスキルは〈不可侵のゆりかご〉。効果は、指定した範囲内に指定した存在の侵入、干渉を許さない、というものです。わたくしは今、わたくし自身を中心に、異世界の術がかけられた木箱の存在を知らない者を拒絶する結界と、木箱を知る者を拒絶する結界を張っています。この二重結界を張ることで、ごらんなさい? あなた方は出られないし、町民達はこちらに気づかないでしょう?」
林檎を大きな肉球の上で転がしながら得意気に言うフクマルに、商人達は身を震わせた。
神々が見守った戦争で名を広めたベアディハングの力がどれほどのものか、当時を生きていない者達も知っている。商人達は、初めから自分達の目的が達成されないことに、今になって気づいた。
「降伏しなさい。エルドレッド隊に従って、尋問を受けること。頷くのであれば、わたくしはあなた方を害しません」
ですが、とフクマルは続けた。
「エルゲさん達を振り切り、逃亡し、祖国へ帰るというのであればそうしなさい。うまく行けば帰郷できるでしょうし、失敗すれば捕まるだけです。ただ、覚えておいてくださいね。逃亡を選ぶというのであれば……逃げの1歩目を踏み出した瞬間貴様らの腹を喰い破り1人残らず物言わぬ骸へと変えてやるからな」
低い、低い声に、商人達は気を失い倒れた。
「おやおや。よほど疲れてらしたんですねぇ。皆さん揃ってお休みになるとは。ほら、エルドレッド隊の皆さん、彼らを介抱していただけませんか? 斧のギルマスに頼めば地下牢ぐらいは貸してくれるでしょう」
「はい。ありがとうございます」
そう返すエルゲの表情は笑顔のまま固まっている。アーガスは唇を横一文字に結んでおり、犬獣人達の耳は再び倒れ、尻尾は隠れている。
「フクマルよ。ニャオ達は今町の上を飛び回っておるんじゃろう?」
「ええ、皆さんに林檎を配っていますよ。ほら、こんなに赤く熟した林檎を」
縛り上げられていく商人達には目もくれず、フクマルはにっこり笑って林檎を持ち上げて見せた。
「では、配り終えれば出店に戻るように伝えよう。あやつの出店では今ジアーナ達一家が店番をしておるからな」
「おや、ダッドさんの妹さん家族が、ですか?」
「うむ。世話になったから、少しでも役に立ちたいと言って聞かなんだ。まあ助かってはおるが」
「あれだけ目立っているんですから、ニャオさんが戻ったことはきっと耳に入っているでしょうね。アースレイさん達は、レンゲから事前に聞いていたんでしょう?」
「は、はい。ニャオさんがセキレイ達を呼んでるってレンゲさんに教えてもらったから、路地裏で待機していたんです」
「やっと会えると思ったのに、こいつらしかいないんだもんなぁ……」
むー、と頬を膨らませたシシュティが、足元に放置されている商人の太ももをゲシッと蹴りつけた。目覚めはしない。
「まあまあ。今晩は家に帰るでしょうから、存分に構ってもらえばいいじゃないですか」
「はーい」
「姉さん、そんな顔してないでさ。僕達も出店に戻ろう」
不満げに頷いたシシュティの背中を押して、アースレイは路地裏に消えた。木箱を知る者の干渉を拒絶する結界だけを消し去ったフクマルは、こちらに気づかず笑いながら歩いていく町民達を目を細めて眺めた。
「レンゲ。その人間達を運ぶのに、ユニークスキルを使ってもらってもいいですか?」
「そうじゃな。このまま移動させるには目立ち過ぎる。ほれ、エルゲ達よ。この中にそやつらを放り込め」
地面に描いた魔法陣を顎で示したレンゲに、エルゲ達は礼を言って商人達を放り込んだ。全員が放り込まれたのを確認して、ん? とレンゲは首を傾げた。
「行き先はどこじゃったかの?」
「聞いてなかったんですか? この町の地下牢ですよ。……レンゲ、あなたこの魔法陣、どこに繋げたんですか?」
フクマルがじぃっと見つめれば、レンゲはふいっと目を逸らした。
「……王都の地下牢じゃ」
「……まあ、結局そこに行き着くんでしょうけども」
地下牢内に突然現れた商人達に驚く見張り達を想像しながら、フクマルは林檎を1口で平らげ、ペッとリボンを吐き出した。




