余話第18話 空駆ける虹
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「だから、ただの在庫入れだと何度も言っているでしょう?」
カルカナの祭の最終日。正午を過ぎても静まらない賑わいの中、トーナ町から来ている商人はうんざり顔でため息をついた。
「ええ、度々すみません。こちらも見回りなもので」
異国の出店を訪れていたエルゲがにこやかに言った。背後にはオードとペリアッド町の警備隊を3人従えている。
「私達が目立つのはわかりますけど、こうも頻繁に来られてはさすがに迷惑です。最終日は片づけもあるんだし」
「ですから、片づけの際に木箱を確認させてほしいんです」
「お断りします。国に帰って販売する物もあるんですから、下手に触られたら困ります」
「俺達が手荒にするとでも?」
「やめなさいオード」
痺れを切らして唸り声を上げるオードをエルゲが片手で制した。
「ですが隊長……」
「ガルネ騎士団と言えど、犯罪を犯していない商人を取り調べることは許されないでしょう? それともアシュラン王はそんな横暴を認めているんですか?」
トーナ町の商人がハンッ、と鼻を鳴らした。エルゲの微笑みに冷ややかな色が滲む。
「おや、エルゲさん。オードさん。こちらにいらしたのですね?」
アーガスとライドを伴って、のしのしとフクマルが現れた。トーナ町の商人達の表情が凍りつく。
「フクマルさん、今日は出店の手伝いをしていたのでは?」
「そうなんですが、レンゲから追い出されてしまって」
「レンゲさんから?」
重い音を立てて、フクマルは地面に座り込んだ。近くにいた主婦達に手を振って挨拶をする。
「ほら、ニャオさんが行方知れずでしょう? わたくし達も捜してはいるのですが、どうにも見つけられなくて」
「報告されてから俺達も捜してます。ですがどこも空振りで……。お役に立てず、申し訳ない」
悔しげな顔で頭を下げるオードに、いえいえ、とフクマルは首を横に振った。
「わたくし達でも捜し出せないんです。〈水神の掌紋〉を使って隠れているのであればいざ知らず、どこかの誰かに拐われたのならば、きっとこの世界にあらざる術が使われているんでしょう」
「この世界にあらざる術、ですか……」
「ええ。レンゲの苛立ちはかなりのものです。もしも何者かの意思で姿を消しているのなら……。どうなるでしょうねぇ?」
にっこり、と、フクマルは微笑んだ。犬獣人達の耳がへにゃりと倒れる。
「フクマルさん、そこまでにしといてくれねぇか? うちの奴らが尻尾巻いちまってんだ」
「おや、失礼」
フクマルの笑みが柔らかいものに変わった。エルゲ達だけでなく、近くを歩いていた祭を楽しんでいる人々も、ホッと息を吐いた。
「ところで、この出店には珍しい物が多いですねぇ。おすすめはなんですか?」
ぐいっと、フクマルが首を伸ばしてトーナ町の出店を覗き込んだ。商人の1人が短く悲鳴を上げる。別の商人が歩み出て、あれやこれやと商品の説明を始めた。残った商人達も、壁になるようにフクマルの正面に並び立った。
「エルゲ。なんかわかったか?」
アーガスが小声で聞いた。
「何も。例の木箱もあそこにありますが、特段怪しくは思えませんね」
小声で返したエルゲが、こっそり出店の奥を指差す。他の木箱に紛れるように置かれたそれは、麻布をかけられて商品を飾られている。
「ナオさん、あの中にいるかもしれないんだよね? どうにかして中を見たいな」
「いるかも、じゃないな。確実にいる。フクマル殿が来た時、商人が木箱を隠す位置に立ったのを見た」
「本当に?」
エルゲ達の隣に来たライドとオードも小声で話す。そんな彼らを監視する商人の姿を、アーガスは確認した。
「どうする? 祭が終わればあいつらは直ぐ様この町を出るぞ。いっそ出たところを引き留めるか?」
「その手もありますが……。ただ怪しいというだけで荷物を漁るわけにはいきませんよ」
「じゃあ後をつけていって、不審な動きをしたら捕まえるとか?」
「それじゃあ遅いんじゃないか? 異世界の術を持ち込むぐらいだ。きっと祭が終わると同時に帝国に木箱を転送させる用意ぐらいはしてるだろう」
「そんな術がかけられてたら入国の時に検問所に引っかかってるだろ?」
「転送の術も異世界のものだったら?」
「ああー……、そりゃわかんないか」
ううーん、とエルゲは唸った。どうするべきなのか、どうすれば商人達の持ち物を合法的に調べられるのか考えながら、ちらりと木箱に目をやって、二度見した。
木箱の向こうにバウジオがいる。ひょっこりと顔を出して、木箱をクンクンと嗅いでいる。
バウジオが首を一度振ると、右隣からセキレイが、左隣からダイチが頭を出した。ミオリ、キイナ、ランリ、セイライ、シキが次々と現れて、キョロキョロと周囲を見る。
バウジオが鼻で木箱をつつくと、音も立てずに内側から刃物の切っ先が突き出してきた。エルゲはそれが“バンパイアシーフの短剣”だとすぐに気づき、アーガスを肘でつついて、かすかな動作で木箱を示す。目だけをそちらに向けたアーガスは、わずかに目を見張って目線を正面に戻した。
“バンパイアシーフの短剣”の切っ先が縁に沿って滑っていく。一回りしたのを確認したセキレイが浮いた蓋を噛んで持ち上げて、そっと地面に置いた。
中から手が出てきた。特徴的なバンクルを嵌めてある。ニャオの手だ。
仔ドラゴン達がこぞって掌に頬擦りしていく。一通り撫で終えた手は、順番を譲っていたバウジオの頭をガシガシと撫で回した。
満足したバウジオは木箱から前足を下ろして、マジックリュックを咥えて戻ってきた。ニャルクの物だ。ニャオの手がマジックリュックを受け取って木箱に引っ込む。
その間に、仔ドラゴン達はいそいそと動いた。咥えていたロープを木箱に結びつけて、ほどけないことを確認してからお互いの体にきつく結んでいく。
やりたいことをやり終えた仔ドラゴン達が目配せし合うと、バウジオが木箱を覗き込んだ。再び出てきた手が全員を撫でて、木箱に消える。蓋を咥えたバウジオはセキレイを見て、出店から離れて、裏路地に駆けていった。
「行っくぞー!」
セキレイが叫ぶ。
「「「「「「おー!」」」」」」
6人の仔ドラゴン達が声を揃えた。
気づいていなかったライドとオードと、トーナ町の商人達が振り返る。
「ちょちょちょ、ちょっと?!」
「何やってんだ!!」
商人達が慌てて木箱に駆け寄るが、遅かった。
セキレイの合図で、仔ドラゴン達が飛び立った。商人達の手は届かない。屋根の高さまで飛んだところで、町の子ども達が笑顔で空を指差した。
「みんなー! 祭楽しかったよー!」
「魔物のあたし達も参加させてくれてありがとうねー!」
「出店のご飯美味しかったー!」
「また遊ぼうねー!」
「俺達、来年も参加するからなー!」
「もっと大きくなって、ママみたいな立派なドラゴンになるからなー!」
「そしたらみんなで空の散歩に行こうねー!」
口々に仔ドラゴン達が叫ぶと、見上げていた町民達が笑顔で手を振った。
「おー! 楽しんでもらえてよかったよー!」
「来年は俺も乗せてくれよー!」
「私も頼めるかーい?」
「ドライフルーツもジュースもたくさん買わせてもらったわー! ありがとー!」
「俺とも契約してくれってニャオ達に言っといてくれー!」
町民達が返すと、仔ドラゴン達はケラケラ笑った。木箱の縁に手がかかる。ぐいっと体を起こしたニャオが、笑顔で手を振り返した。
「ニャオさん! 何やってんだいそんなとこで?!」
「危ないよー!」
「あれ、ちっちゃくなってる」
「獅子獣人やめちゃったの?」
「いいぞーニャオー! 飛んでけ飛んでけー!」
「ずるいー! 僕も乗りたいー!」
町民達の笑い声が通りを満たす。木箱に潜ったニャオは、両手に抱えた何かをばらまいた。
それは林檎だった。数センチ残された枝の部分に、小さなリボンが結ばれてある、真っ赤な林檎だ。
魔法をかけられた林檎はふわふわと下りてきて、一人ひとりの手の中に収まった。受け取った子ども達も、大人達も、みんな笑顔だ。
「おお、美味そうな林檎だな!」
「これくれるの?」
「ありがとうニャオ! またダッドの店に買いに行くよー!」
「ドライフルーツも売っておくれよー!」
「ママ、これ食べていい?」
カルカナの祭最終日の、予定外の催しにエルゲは笑みをこぼした。アーガスも、ライドもオードも、安心した顔でニャオを見上げている。
「次はあっちだよ。斧のギルマスのとこ!」
「杖のギルマスにも林檎あげようよ」
「町長って名前なんだっけ?」
「ねえ、あそこにいるのマイスじゃない?」
「おーい、マイスー! 後で農園に行くねー!」
「僕お腹空いたよ~……」
「ダイチ! 林檎食べないで!」
騒ぎなから、仔ドラゴン達は町の中心に向かって飛び始めた。絶え間なく林檎をばらまき続けるニャオの姿が小さくなる。
エルゲは目の前に浮遊する林檎を手に取った。艶やかに光る肌は、今まで目にした中で一番食欲をそそる赤だ。
振り返って部下を見やれば、アーガスは太陽にかざし、オードは大事そうに両手で包み、ライドは芯しか残っていなかった。
見事なまでにばらばらな様に吹き出したエルゲは、笑うのを止められないまま空に目をやった。仔ドラゴン達は既に見えない。だが、道の向こうから歓声が聞こえてくる。
乾杯するように林檎を空に掲げたエルゲは、シャクッ、と齧りついた。




