第138話 お礼とお詫び
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炭坑はかなり入り組んでて、右に曲がり左に曲がり、道を戻っては違う方を確認して、を繰り返した。さすがに疲れるから何度か休憩を挟んだけど、不思議と眠くはならなかった。
途中何種類かの魔物に襲われたけど、全部政臣さんが倒してくれた。魔法と長剣を操って戦う姿はまるで踊ってるみたいだった。
「ああ、ここだ。ここがいい」
グールの死体を跨いだ次の角を曲がった時、政臣さんが言った。
「ここが術の切れ目、ですか?」
何もない。行き止まりですらない。普通の道だ。
「そうだよ。君には見えないだろうけど、私には見える」
政臣さんが何もない空中を指差した。
「天井から地面近くまで、縦に切れ目が入っているんだ。今は閉じている状態だね。ニャオ君、“バンパイアシーフの短剣”で、ここを斬ってほしい」
「はい、やってみます」
他に方法なんてないからね。やらせてもらいますとも。
刀を構えて魔力を込める。切っ先まで行き渡るようにイメージしながら政臣さんが指示した場所を斬り上げれば、空間にスパンと縦線が刻まれて、向こう側に星空みたいなキラキラが見えた。
「お! 成功ですか?」
「いや、まだだ」
あら、そうなの? てっきりもう飛び込んでいいものだと思ったんだけど。
「このまま切れ目に入れば、精神が体に帰れない可能性がある。空間の狭間に閉じ込められて、目覚めることができないのだよ」
「マジですか。ありがとうございます、止めてくれて」
「当然のことだよ。ではニャオ君、〈水神の掌紋〉に、体に帰りたい、と願ってくれないか?」
お安いご用ですわ。
「ちょっと待っててくださいね」
そう声をかけて、マジックバッグから“乾き知らず”を取り出して掌を濡らす。片づけて掌を合わせて目を閉じた。
水神さん水神さん、私達を体に帰してください。お願いします。
瞼を開けると、星空っぽかった切れ目の向こう側が変化してた。水が流れていくみたいな波が見える。うん、大丈夫そう。
「政臣さん、これで」
「ブモォォォォォォォォォッ!!」
いいですか? と振り返ったら、切れ目を挟んだ向こう側から魔物が現れた。ほんの一瞬前まで顔を向けてたのに、気づかなかった。不覚。
小脇に挟んでた刀を握り直して魔物に向き直る。ミノタウロスか。これ、小説の中だと美味しい描写をよく見かけるけど人型ってだけで食欲なくすな。
ミノタウロスが持ってた斧を振り上げた。受け止めようと刀を横向きに構えたら、顔の左側から風音がした。
断末魔が炭坑内に反響する。ミノタウロスは、頭と腕が落ちて倒れて、そのまま死んだ。
「その手の攻撃は真正面から受けない方がいい。変化した“バンパイアシーフの短剣”とはいえ折れない保証はないし、何より君の体が痛むからね。避けられる攻撃は避けなさい」
「……はい、気をつけます」
うっわ、恥ずかし。
「さあ、これで帰る準備はできた。だが体に帰れば、私達は言葉が通じなくなるだろう。その前に君と話しておきたいのだが、いいかね?」
「なんでしょう?」
なんかあったっけ?
「お礼についてだよ。私は君のおかげでここから出られるんだ。何か贈り物をしたいのだが、ほしい物はあるかね?」
「え? いやいや、元はと言えば私が原因でしょう? 政臣さんは巻き込まれただけなんだから、むしろこっちがお詫びしたいんですけど……」
「言っただろう? 巻き込まれたのは私の落ち度だと。原因は君でも、避けられなかったのは私だ。どうか受け取ってほしい」
うーん、ここまで言われて断るのは気が引けるな……。あ。
「じゃあ、ここから出たら私の家に来てくれませんか?」
「君の家に?」
「はい。政臣さんのお礼は受け取ります。だから政臣さんは、私のお詫びを受け取ってください。ご飯なんてどうでしょう? トールレン町からもらったたくさんの上等なお肉がありますし、美味しい林檎とか桃とか、いろんな種類の果実がありますよ」
「ほう」
「漣華さん達もいるし、仔ドラゴン達も人懐っこいから、話し相手には事欠きませんよ? あ、言い忘れてましたけど、ネメアン・ライオンの仔どももいるんです。爪にさえ気をつけてもらえれば大丈夫なんで。あとグリンブルスティも。頭突きしてきますけど、ちゃんと加減してくれるんで、尻餅程度で済みますから」
仔どもらにとっても、いろんな人と話せるのは勉強になるからね。
「それはそれは、嬉しい申し出だね。いつも1人だから、とても楽しみだよ」
よかった、喜んでもらえた。
「では、私のお礼も決めようか。何がほしい? なんでも言っておくれ」
「ほしい物……」
急に言われても困るんだよねぇ。お金は充分過ぎるほどあるし、家具は買い足したばかり。魔物の素材とかも求めてはないし……。お、あれはどうだ?
「1つありますね。ほしい物」
「それはよかった。なんだね?」
「蜜蜂!」
うん、蜜蜂がほしい。祭が終わったらみんなでシスレンの種を植える約束してるもんね。今の内に蜜蜂を用意して、養蜂に慣れておかないと。
「はっはっはっはっ!」
ぅお、なんか笑い出した。なぜに?
「み、蜜蜂か、ふふ、金や宝石でもなく、蜜蜂がほしいと? ふふふ、はっはっはっ!」
「あー、ちょっと珍しい木を育てる予定がありまして……。咲く花から採れる蜂蜜が美味しいって聞いたんで、食べてみたいなーと思ってるんですけど……」
イニャトさんがダッドさんに蜜蜂を買えないか聞いてみてくれたんだけど、ちょっと都合がつかないって言われてたんだよね。だから今回のお礼でもらえれば嬉しいんだけど……。そんなに笑わなくてもいいじゃんよ。
「いやはや、すまない。あまりにも可愛いおねだりで、驚いてしまったよ」
「ほしいもん言えって言ったじゃないですか……」
「はっはっはっ。もちろん用意させてもらうよ。私が手配できる最高の種類をね」
それはありがたい。私にとって最高のお礼だよ。
「では、ここから出ようか。目覚めれば木箱の中だろうから、暗かったり狭かったりするだろうけど、恐れてはいけないよ。深呼吸をして心を落ち着かせるんだ」
「はい」
幸い閉所恐怖症とかはないからね。それは大丈夫そうだわ。
「さあ、先にお入り。私もすぐに行くから」
「はい、ありがとうございます」
刀を鞘に戻してマジックバッグにしまってから、政臣さんに頭を軽く下げて切れ目に手をかける。踏み込んだ瞬間、意識が遠くなった。




