第135話 早い早い
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祭の賑わいに乗じて人を拐うなら最終日が狙い目って考えには漣華さんも福丸さんも頷いてくれた。今日は5日目だから、余裕は充分ある。最終日までにもっと情報を集めて備える為に、6日目の準備を手早く終えて早々眠りについたまではよかったんだけどなぁ……。
「手ぇ出すの早くない?」
見覚えのない光景についため息をついてしまった。
炭坑みたいな剥き出しの岩と、支えの木の柱。蝋燭が数本。うん、我が家じゃないね。
見たことも来たことも場所だ。術で強制的に飛ばされたかな? でもそれなら漣華さん達が気づいてくれると思うんだけど……。
自分の出で立ちを確認すると、寝る時に着るラフな服装のままだった。靴下は履いてるけど靴がない。寒がりな芒月の為に、福丸さんにお願いして、寝る時だけ室温を高めにしてもらってるからかなりの薄手なんだけど、この炭坑寒くないな。ありがたい。
で、首にはマジックバッグがぶら下がってる。もちろん寝る時は壁かけにかけてるんだけど、なんであるんだ? 助かるけど。……そういえば、夢現にイニャトさんに首元をいじられた気がする。かなり心配してくれてたし、用心して持たせてくれたのかな。
「帰ったらちゃんとお礼言おう」
マジックバッグを肩にかけ直してから、とりあえず目の前の道を歩いてみる。靴下だけだから石を踏まないように気をつけないと。
それから10分ぐらい進んでも何も起こらなかった。ただただ歩いてるだけ。歩きながらマジックバッグの中身を確認したけど、“バンパイアシーフの短剣”も“乾き知らず”もちゃんと入ってた。よしよし。
もう少し歩くと行き止まりになった。正確には天盤が崩れて道が塞がれてる。大きい石もたくさんあるし、掘れそうにないな。
「引き返すか……」
振り返って2、3歩進んで足を止めた。何かいる。自分が通ってこなかった脇道に何か隠れてる。
マジックバッグから“バンパイアシーフの短剣”を取り出して、抜いた鞘だけ戻して柄を握った。魔力を流し込んで刀に変える。両手で握り直して地面を蹴った。
脇道に向かって駆けて、曲がる瞬間に横へ跳ぶと、一瞬前に自分が足を置いた場所が大きくえぐれた。唸り声が炭坑に響く。ずるずると這いずる音を立てながら出てきたのは、下半身が蛇の女の人だった。
「なんだっけ、これ」
こんな名前の怪物いたよな。なんかのゲームをしてたら敵キャラで出てきたのを覚えてる。メデューサ、は髪が蛇だし、こいつは下半身だから……。あ、ラミアーか。
「キシャァァァァァァッ!!」
鎌首をもたげるみたいに上半身を起こしたラミアーが奇声を上げながら迫ってきた。向かい合ったまま後ろに跳んで距離を取る。逃げたら逃げただけ追いかけてくるんかねぇこいつ。
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軽く30分は追いかけっこを続けてる。ラミアーは諦めるどころか数が増えて4体になった。ここって蛇穴だったの? しつこいなこいつら。
「ここどこだ?」
走り回ったせいでどこにいるのかもうわかんねぇや。右に曲がるのも左に曲がるのも、途中から数えるのが面倒になった。
「そろそろおしまいにせんか?」
そう声をかけても、ラミアー達は牙をむき出しにして追いかけるスピードを緩めない。じゃあ仕方ないね。
次の曲がり角に来た時に、今までは素直に曲がってたけど今回は壁を駆け上がった。まあ天井はそこまで高くないから途中から横向きに走ったんだけど。で、ある程度走ったら反対の壁に跳んで、地面に着地した。
急にそんな動きをしたから、ラミアー達はついてこれなくて派手に壁にぶつかった。1体目に2体目がぶつかって、2体目には3体目がぶつかって、3体目を潰した4体目だけがこっちに向かってきた。
「もう充分遊んだろ? じゃあの」
覆い被さってきたラミアーの懐に潜り込んで、左脇から抜けるように体を滑らせながら斬り上げる。断末魔が響き渡ると、斬った1体と潰れた3体が煙みたいに消えていった。
「え、なんで?」
なんで消えるの? もしかしてこれって夢? どこかに拐われたんでなく?
首を傾げてラミアー達が消えた地面を爪先でつついてると、パチパチパチ、と拍手が聞こえてきた。
「は? 誰?」
振り返ると、穏やかな顔でにっこり笑う、獅子獣人の私と同じ背丈のエルフのおじさんが立っていた。




