余話第17話 流れ星
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今回は余話の更新とさせていただきました。
「木箱に術だと?」
祭の4日目が終わり、町民や訪問客がそれぞれの場所で眠りについている深夜、レンゲのユニークスキルで強制的にフクマルの森へ連れてこられたアーガスは眉をひそめた。
「はい。ナオさんが水神様から術を施す瞬間を見せていただけたそうです。2つの木箱を用意して、小さい方に術をかけ、大きい方で覆って隠したんだとか」
「だが、国境を越える時に徹底的に調べるだろ? なんで見逃したんだ?」
アーガスの問いにエルゲが唸った。アーガスの隣では寝惚け眼のライドが船を漕いでおり、そのこめかみをオードが小突いた。
「おそらく、かなり高度の魔術を使ったのでしょう。私達が普段接することのないような。もしくは……」
「他の大陸の術か、ダンジョンから発掘された未知の術、ですかねぇ」
エルドレッド隊の4人が振り返ると、フクマルが巨体を揺らしながら近づいてきて、よいしょと腰を下ろした。
「最近、ロスネル帝国の領土内で未踏だったダンジョンがいくつか踏破されたようですね。古代の魔術が多く残っているダンジョンもありますから、発見されたばかりの術なら対処できなくても仕方がないと思いますよ」
「そうだとしても、被害を出すわけにはいきません。手を打たなければ」
「どうやって?」
フクマルが微笑んだ。しかしその目には窺うような色がある。エルゲは、見下ろしてくるベアディハングを真正面から見据えた。
「イヴァンナを呼びます。彼女の〈星詠み〉でトーナ町の商人達が持つ木箱を調べ上げ、証拠を突きつけて拘束し、洗いざらい吐かせます。誰の命なのか、どんな術を使ったのか、全てをです」
「吐かなければ?」
「王都まで連れて帰って牢屋にぶち込むさ。そこじゃあ俺達相手に吐かなかったことを後悔するだろうよ」
ハンッ、とアーガスが鼻を鳴らす。ふむ、とフクマルは顎を掻いた。
「それもいい。あなた方人間のやり方に口を出すつもりはありません。ですが、確認しておきたいことはあります」
エルゲとアーガスは顔を見合わせた。
「まず、イヴァさんをここに呼んだところで、商人達の隠し事を詠むことができるでしょうか? 国の検問所を突破するような術ですよ? それに、彼女は今休養中だと聞いておりますが」
ぐ、と言葉が詰まる音がした。寝惚けていたライドも、オードも、フクマルを見上げている。
「……確かに、彼女は安静を要する状態にあります。ユーシターナの鱗粉集めの一件で、異国の術を受けてしまいましたから」
「ナオからもらった神宝石に命そのものは守ってもらえたが、わずかに残っていた術が魂に染み込んじまったみたいだからな。だがそれもかなり取り除けてるらしい。動けねぇわけじゃねえ」
「なぜ神宝石がその程度しか働かなかったか、わかりますか?」
フクマルは問うた。答えは求めていない。
「神宝石はあらゆる不幸から持ち主を守る物。その神宝石がイヴァさんを守り切れなかった。理由は単純です。神宝石が対処できない術だったから」
「神宝石が対処できないって……。そんな術がこの世界にあるんですか?」
困惑気味にライドが1歩近づいた。オードが慌てて止める。フクマルは首を横に振った。
「この世界にはないでしょう。ですが、別世界から持ち込まれた術ならあり得ます。クラオカミ様や、ニャオさんに加護をくださっている水神様が知り得ない術ならば、神宝石と言えど持ち主を守り切るのは難しい。イヴァさんにかけられた術も、異国のダンジョンから発掘された、異世界から持ち込まれたものだったのでしょう。確かめる術はありませんが」
フクマルの言葉に、エルゲ達は何も返せなかった。世界を住みやすくする為に召喚された者達、戦争に放り込むことを目的に喚ばれた者達は、異質な術の使い手だったと多くの文献に記されている。
繁栄の為に続けられた異世界召喚の儀は、未来である現在に負の遺産を残してしまったのだ。
「ですが、そこまで恐れることはないでしょう」
深刻な空気が漂う中、あっけらかんとフクマルは言った。
「どういう意味ですか?」
未知の術への対処法、旧友への心配、新たな戦争が起こりうる可能性に思考を巡らせていたエルゲは、アーガスをちらりと振り返って、フクマルに目を戻した。
「神々が見守った戦争の最中、異世界から喚ばれた人間達が未知の術を多く使いました。アシュラン王国も度々危機に晒されていましたが、被害はそこまで大きくなかった。それはなぜ?」
「私が知っている限りでは、あなたとユルクルクスがそれらを上回る力で戦い抜いたと記憶しています。違うんですか?」
「確かに、表立って動いたのはわたくし達ですが、異世界の術は意表を突くものが多かった。そこを補ってくれたのがシヅ、前〈水神の掌紋〉保有者です」
エルゲ達は目を丸くした。
「彼女は前線に立って戦いながら多くのことを学びました。この世界についてはもちろんですが、自身が生まれた世界とは異なる世界の術や風習まで。それらの知識を吸収することで、わたくし達を支えてくれたんです。そしてその知識を神宝石に託すことで、神宝石は当時の不幸のほとんどを浄化する力を得たのです」
当時を懐かしむように、フクマルは目を細めて星空を見上げた。
「幸い、今、この時代にはニャオさんがいます。シヅと同じようにできるかはわかりませんが、ニャオさんもきっと、神宝石と心を通わせることができるとわたくしは思っています」
「……ナオさんが神宝石を強化できると?」
「ええ」
力強くフクマルが頷く。まっすぐ見つめられたエルゲも、頷き返した。
「私達が考えもしないことをするのが異世界人ですからね。ここは素直にナオさんを頼らせてもらいます」
「それがいいでしょう。シヅは途中で邪魔されるのが嫌いな方でしたから、よほどのことでなければニャオさんがやろうとすることを止めない方がいいですね。集中力を切ってしまいかねないですから」
フクマルのセリフに、エルゲがアーガス達を振り返れば、3人は揃って頷いた。
「フクマルおじちゃーん!」
星空から流れ星が1つ落ちてきた。
「おや、キイナ。ニャオさん達と牧草地に行っていたのではなかったんですか?」
そう聴きながらフクマルが前脚を出せば、キイナはちょこんと乗った。
「行ってたよ。でね、イニャトの苗の用意は終わったの。あたしも手伝ったんだよ」
「いい仔ですねぇ。ではそろそろ眠ったらどうですか? 明日は祭に行くんでしょう?」
「もちろん行くよ。でもねでもね、ニャオがね、いいこと思いついたって言ってたの!」
「いいこと?」
「そう! 今からレンゲ姉ちゃんに乗って戻ってくるから、もうちょっと起きててって伝えに来たの」
ニャオから仕事を任されて、得意気に胸を張ったキイナにフクマルは微笑んだ。
「そうだったんですね。ありがとうございます、キイナ。寝床に戻る前に来てくれて助かりました」
「うふふっ、あたし偉いでしょ?」
「ええ、偉いですねぇ。賢いですねぇ」
ベアディハングと仔ドラゴンのやり取りを、エルゲはにこにこしながら眺めていた。
夜空から羽ばたく音が聞こえてくる。音の方角を見上げた後、アーガスは不安を振り払うように頭をガシガシ掻いた。




