第131話 拍子抜け
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2日目になってもトーナ町の商人に怪しい動きはなかった。3人ほどドライフルーツの瓶詰めを買いに来ただけ。その人達も、イニャトさん達に話しかけるでもなく、子ども達と遊んでる仔ドラゴン達や芒月に近づくでもなく、買うだけ買って帰っていった。商人達が来てる間、エルゲさんとオードさんが目を光らせてくれてたけど、本当に何もなかったらしい。
「ちょっと拍子抜けですね」
出店の陰に隠れてパンを齧りながら言えば、隣で林檎ジュースを飲んでたアースレイさんが頷いた。
「エルドレッド隊がいるとはいえ、フクマルさんとレンゲさんっていう強固な守りがいなくなったから何かしら接触してくるとは思ったけど、全くだね」
「もしかして、純粋に祭に参加しに来ただけだった、とか?」
「その可能性ももちろんあるけど、相手はロスネル帝国だ。油断はできないよ」
そりゃ当然だわ。
「向こうが手を出しやすい状況って、他にどんなのがあります?」
「うーん……。いっそ、ニャオさんがここにいない方が近づきやすいかもしれないね」
というと?
「奴らの狙いが君だったとして、初手から君に近づくより周りから攻めていった方がやりやすい気がする。僕と姉さんは冒険者だから、ニャルクさんとイニャトさんが理想かな」
「え? あの2人ですか?」
出店からちょっとだけ顔を出す。こっちは今休憩中の札を立ててるから誰もいないけど、イニャトさん達の苗木の方は買い物客で賑わってる。
「なあなあイニャト、遊んできていいか?」
「駄目じゃよセキレイ。ニャオ達の休憩が終われば儂らの番じゃから、その時に一緒に近くを歩こう。1人で行ってはにゃらん」
「えー、俺だけでも大丈夫なのに……」
「にゃらん。そんにゃことを言って、いつも時間通りに帰ってこんではにゃいか。儂らは今は仕事中にゃんじゃ。お前さんもそろそろ時間を守る、ということを覚えねばのう」
「ぶー……」
「ニャルク、あたしもお散歩行きたい!」
「キイニャ、いい仔ですからもう少し待ってくださいね。休憩時間ににゃったら一緒に行きましょう」
「はーい!」
顔を引っ込めて、アースレイさんを見た。
「もれなくおチビドラゴンズがついてきますけど?」
「……それは、まあ、話が通じるからさ。仔ドラゴンと言えど」
それを言うなら漣華さんや福丸さんだって話通じますけど? むしろあの人達の方がこっちの話聞いてくれますけど?
「それなら、明後日辺りにお休みってもらえるんですかね? 10日間もあるんだから、1日ぐらい他の出店行ってみたいんですけど」
「ああ、それは問題ないみたいだよ。10日間ぶっ続けでやるところもあれば、5日間お休みするところもあるみたいだから」
おお、半分も休むのか。じゃあ2日間ぐらい出店休んでもいいよね。
「休むのって、ギルドに申請とか出すんですか?」
「いや、その必要はないよ。ただ、事前に出店の看板に書いておいたり、掲示板に張り出したりするらしい。そうしないと、お客さんが無駄足踏んじゃうからね」
確かに。じゃあ今夜、ニャルクさん達と休みの日を話し合いましょうかね。
▷▷▷▷▷▷
「それじゃあ、私達のお店は4日目と7日目にお休みってことでいいですね?」
夕飯時、ジアーナちゃん一家が持ってきてくれたお肉で厚切り肉のサンドイッチを食べながら、今後について話をした。
「そうですね。僕も行ってみたい出店がいくつかあるんです。一緒に行きませんか?」
「もちろんです、行きましょ行きましょ」
私はいろんなところを見て回りたいから、どこでも大歓迎だよ。
『◎△□、✕○?』
もぐもぐとサンドイッチを頬張ったライドさんが何か言った。
「商品の補充は大丈夫? って聞いてますよ」
「あー、物は充分あるんで、詰めれば大丈夫ですよ」
物置木の近くで、ドライフルーツも干しククルも量産中だからね。でも干しククルは好きな人とそうじゃない人の差が結構激しいからそんなに売れてない。まあ好きな人がその分大量買いしていくんだけど。ジュースの樽もまだたくさんある。でも桃のコンポートがそろそろ切れそう。まだ2日目なのに。これは作り足しとかないと。
「苗木の方はどうですか?」
「順調じゃよ~。と言いたいところじゃが、本数はあるものの鉢に移すのが大変にゃんじゃ。お前さんら、疲れとるところ悪いが、手伝ってもらえんかの?」
あらら、そりゃ困ったね。
「私はいいですよ。食べ終わったら牧草地に行きましょう。百子のお迎えにも行かないと」
今日1日のんびりしてた漣華さんが百子のご飯につき合ってくれてるんだよね。福丸さんは寝床でぐっすり。でも果実を収穫してくれてたみたいで助かった。林檎の数がえらい少ないけど気にしない気にしない。
『◎、◎△』
「む? いやいや、隊長殿達は休んでおくれ。儂らの仕事にゃんじゃから」
『○! △□◎○!』
「ライド、食べにゃがら喋るのはやめんか。行儀が悪いぞ」
何やら話してるな。
「どうしたんですか?」
「いやぁ、エルゲ隊長殿とライドが、苗木の準備を手伝うと言っておるのじゃ。ゆっくり休んでほしいんじゃがのう」
確かに、休息は必要だけども。
「いいんじゃないですか? 普段しないことだろうし、興味があるんでしょう」
「しかし……」
「それに、土いじりは精神の安定とか、不満の解消に効果があるって母が言ってたんです。ほんの少しでも自然に直接触れることで、意外とすっきりするかもしれないですよ」
実際、元いた世界の知り合いに、ブラック企業で体調壊して田舎に帰った後、めちゃくちゃ元気になった人がいるからね。効果あるよたぶん。
「まあ、やりたいと言っておるのを突き放すのも悪い気がするのう。ではエルゲ隊長殿、ライド、手伝っておくれ」
『○』
『◎!』
その後、兄弟猫と姉弟とエルドレッド隊の2人と一緒に牧草地まで行って、漣華さん達と合流した。ライドさんは手際よく苗木を鉢に移してたけど、エルゲさんは思いの外不器用だった。土はこぼすし鉢は落とすし、なんかおっちょこちょいって感じ。
どうにかこうにか終わらせて、アーガスさん達にも勧めたお風呂に入ってもらった。気に入ったみたいで、ライドさんなんか小一時間入ってたよ。あんまりにも帰ってこないから、お風呂を済ませてたエルゲさんと一緒に迎えに行ったら逆上せてたから焦った。ほんと、湯船に沈んでなくてよかったよ。




