余話第16話 警告無視
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次は主人公視点に戻ります。
「うさぎのおねえちゃん、これちょーだい!」
「はーい、ありがとうね。じゃあドライフルーツの瓶詰め1つで、950エルになります」
「ありがとうございます! ママー! かえたよー!」
「よかったねぇ。ありがとうございます(ぺこり)」
「いえいえー(ぺこり)」
「なあ兄ちゃん、このジュースは1人何本までだ?」
「1種類1本までだよ。取り置きはしてないから、持って帰れる量にしておくれよ」
「そうか、じゃあ全種類売ってくれ」
「持って帰れる量って言ったよね? 大丈夫かい?」
「ガッハッハッ! 舐めるな若僧!」
「イニャトさん、蒼い林檎の苗木はないのかい?」
「すまんのう、あれも持ってこようとは思ったんじゃが、特殊じゃから芽吹かせるのに時間がかかったんじゃ。まだ売れる大きさにまで育っとらんから、ここに名前と住所を書いとくれるか? 売れるようににゃったら持っていくわい」
「やった! ありがとう!」
「僕も書いていいかい?」
「私も!」
「本数に制限はあるか? なければまとめてほしいんだが」
「苗木って卸してもらえる? 取引契約したいんだけど」
「店員さーん! ダンジョン産の苗木10本ずつくださーい!」
「ええい、一遍に喋るにゃ! ニャルク! 対応せんか!」
「イニャトー、林檎の苗木が売り切れましたー。補充お願いしまーす」
「んにゃもんマジックリュックから出せい!」
「あなた方から見て右にあるのが普通の林檎で、真ん中がダンジョン産のユファネルが育てていた林檎、左が普通のユファネルが育てていた林檎です。全てニャオさんが芽吹かせた果実ですが、蜜や果汁の量、皮の薄さ、歯応えが異なります」
「じゃあ、ジュースを作るかパイを作るかで使いわけた方がいいってことですね?」
「そうですねぇ。わたくしは普段そのまま食べることが多いんですが、ダンジョン産の林檎が一番好きですねぇ。蜜がたっぷりで美味しいんですよ」
「フクマルさん、2種類の林檎を混ぜてジュースを作ったらどうでしょう?」
「おや、いいですねぇ。あっさりした味のものは完全なジュースにして、蜜の多いものは果肉を残す、というのも美味しそうです。ジャムにも応用できそうですね。今度ニャオさんに作ってもらいましょうか」
「うわわわわ、すべるすべる! おちるー!」
「ちょっと、じゃましないでよ!」
「ほれ、頑張れ頑張れ。頭に登るのが一番早かった者には褒美として空の旅をくれてやるぞ? 次の挑戦者達は近くで待っておれ。こやつらが終わればそなたらの番じゃ」
「ねえ、僕もやりたい!」
「ならぬ。今回挑戦できるのは10才以下じゃ。次の機会を待つがいい」
「ばっふばっふ!」
「く~ん?」
「落ち着いて、ウェアウルフ達。肩車は乗せた子の足を持たなきゃ駄目。落としちゃうから。そっと持つの」
「ゥオン!」
「そう、上手。坊や達、痛くない?」
「うん、だいじょうぶ!」
「すごくたかーい!」
「わっふわっふ!」
「おかえり、ブラックドッグ達。みんな、犬ぞりは楽しかった?」
「すごくはやかった!」
「もっかいのりたーい!」
「順番よ。次の子達が待ってるから、また並んでね?」
「はーい、ミカゲさん!」
「うん、いい子」
「お手! おー手!」
「みゃう?」
「ブルルッ」
「ちょっと、その仔達ネメアン・ライオンとグリンブルスティだよ? お手はできないって」
「だから教えてるんだよ。ほら、前足を俺の掌に置くんだよ。お手!」
「ブルッ」
「あ! そっぽ向くなよ猪!」
「みゃう!」
ぽふん
「あ」
「あ」
「「できたー!」」
「みゃうぅ!」
「……繁盛? してますねぇ」
「全くですなぁ……」
目的地に近づくにつれて大きくなる町民達の賑やかな声に、何事かと思って駆けた斧のギルマス達は、目の前に広がった光景に目を丸くした。
「果実の加工品と苗木の販売と提出書類には書かれていたが、あれはなんだ?」
「私には、ベアディハングが主婦相手に商品、というか林檎の説明をしてて、ユルクルクスを筆頭に他の魔物達が子どもの相手をしてるように見えるけどねぇ」
「ユルクルクスの背中で味わう空の旅ですか。ぜひともお願いしたいですねぇ」
「まともに働いてるのは半分以下じゃねえか。どうなってんだあの出店」
「半分どころか、2人と2匹だけですよ」
町の外れだというのに、人口密度が明らかに高い。デリオドは眉間をつまんでため息をついた。
「ロスネル帝国から商人が来るから目立たんようにしろと伝えたはずだぞ俺は……」
「大人しくするどころか、自分達から目立ちにいってないかい? 普段は町に入らないユルクルクスやベアディハングまで呼び込んでさ」
そう返すレドナはウキウキしながらレンゲに並ぶ列を眺めている。今にも参加しに行きそうな解体屋の女主人の横顔に、エルゲは苦笑いをした。
「おーい! ニャルクー! イニャトー!」
ジアーナの手を掴んだマイスが人混みに向かって走り出す。喧騒の中から聞き馴染んだ声を拾い、耳をピクリと動かした兄弟猫が振り返った。
「おお、マイスか。ん? お前さんは……、ジアーニャではにゃいか!」
「ジアーニャちゃん?! にゃんでペリアッド町に? 牧場はどうしたんです?」
驚いたニャルク達が手を止める。ジアーナは満面の笑みを浮かべた。
「久しぶり! 牧場はね、町のみんなが代わりに見てくれてるの。お祭もあるし、ニャオさん達にはお世話になったんだから、お礼を言いに行っておいでって送り出してくれたの」
「そうじゃったのか。ではタロゴ達も来ておるのか?」
「もちろん! お父さんとお母さんと、おじいちゃんのみんなで来たんだよ! お父さん達はダッドおじさん達のところにいるの。みんな、あたし達を助けてくれてありがとね!」
年相応に笑うジアーナに、ニャルク達も笑顔になる。トールレン町での騒動を国が発行する新聞で知っていたペリアッドの町民達も、そのやり取りを笑顔で見守っていた。
「ほれ、ジアーナ、マイス。ニャルク達は忙しい。こっちにおいで」
「はーい、レンゲさん」
「レンゲさんも、助けてくれてありがとうございました!」
「うむ。ニャオにも直接言うといい。会えたことを喜ぶであろう」
うっすらと微笑んでいるように見えるレンゲのセリフに、エルゲ達は掌紋保有者がいないことに気づいた。出店の奥にも、通りにもいない。周囲を見回したアーガスがライドを見た。
「ライド、ナオの匂いはあるか?」
「うーん、あるにはあるんですけど、残り香ですね。本人は近くにいないみたいです」
2人の会話を聞いていたエルゲとデリオドが顔を見合わせた。いると思っていた人物がいない。一行の胸に不安がよぎる。
「ニャオさんいないね。どこに行ったの?」
全員が抱いていた疑問をジアーナが口にした。首を登り始めた子どもを落とさないよう気を配りながら、レンゲが町の外を見る。
「商品の売れ行きが思いの外よくてな。家まで在庫を取りに行っておるのじゃ。妾のユニークスキルを使ってのう」
「じゃあすぐに戻ってくる?」
「うむ。補充が終われば喚べと言っておるからな。そう長くはかからんじゃろう」
へー、とマイスとジアーナが頷く。デリオド達は胸を撫で下ろした。
「家に戻っただけだったんですね。何かあったわけじゃなくてよかった」
「まあ、万が一のことが起こってたらユルクルクス達が黙ってねえだろ」
「ですね」
エルゲ達が小声で話していると、む? とレンゲが空を見上げた。
「なんと、戻ってきおった」
「え? ニャオ戻ってきたの?」
「どこ? ありがとうって言いたい!」
「ほれ、あそこを見よ」
レンゲが顎で示した場所、空を、子ども達とデリオド一行、近くにいた町民達が見上げる。
気持ちのいい青空を、鮮やかな色が2つにわかれて浮かんでいる。右側に、赤、青、緑。左側に、黄、橙、藍、紫だ。
セキレイを先頭に、仔ドラゴン達がこちらに向かって飛んでくる。それぞれが太いロープを体にくくりつけおり、たわんだ部分に人影がある。
「うにゃにゃ?! ニャオ! 何をしておる?!」
レンゲの視線を追ったイニャトが悲鳴に近い声を上げて、それに驚いて振り返った町民含め、その場にいる全員が口をぽかんと開ける。見えているのかいないのか、注目の的である人物は呑気に手を振った。
「ママー、ただいまー」
「いっぱい取ってきたよ!」
「疲れたよー、ジュース飲みたい」
「おうちからここまで飛べたよ!」
「ねー、おやつまだ?」
「町の外にグアンナがいた! 狩りに行っていい?」
「お昼寝したーい」
地面に降りた仔ドラゴン達がミカゲに駆け寄った。ミカゲはそんな我が仔達の頭を順番に鼻でつついていく。
ロープに敷いた板に座っていた人物が背伸びをした。マジックバッグを下ろそうとして、獅子の耳をピクピクと動かす。バッと振り返った獅子獣人は、ジアーナを見つけて笑顔になった。
「え? え? 誰? 誰なの?」
抱き締められ、困惑する従妹の姿に、マイスはけらけらと笑った。
「そいつニャオだよ! 今ライオンになってるんだ」
「ニャオさん? ライオンにって、なんで?」
「知らないよ。でもニャオだよ」
マイスに言われて、ジアーナはじっくり獅子獣人を見た。
「……ニャオさん、ニャオさんだ!」
見知らぬ顔に面影を見出だしたジアーナが、笑顔で獅子獣人を抱き締め返す。ジアーナを抱き上げたニャオはその場でくるくる回った。
「イヴァから報告はされてましたが、まさかあんな姿になっているとは……」
姿が変わっているニャオを、エルゲはじっくり観察する。デリオドは深々とため息をついた。
「目立つ真似はするなと言ったのに……」
がっくりと項垂れるデリオドの背中を、レドナとアーガスがぽんぽんと叩いた。
 




