第120話 異国の術
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ニャルクさんがヴァルグさん達に話を聞いてくれたところ、マニさんは前隊長、前副隊長からの信頼が厚い隊員の1人だとわかった。頭のいい人で、他の大陸に派遣されることもあったらしい。数年前にはユーシターナに代わる素材を調べる為に、前に教えてもらった国へも行っていたこともあったんだとか。
『✕、✕▽□……。✕□……』
項垂れたルシナさんがぽつりぽつりと言った。イニャトさんをちらっと見る。
「にゃんであんにゃことを、どうして、と言っておるよ」
そうか。まあそうだよね。従姉で先輩だったんだから頼って当然だよね。
『✕▽?』
イヴァさんがルシナさんの肩に手を置いた。あんなに仲が悪かったのに、喧嘩にならないかな? そう思ったけど、ルシナさんはすんなり受け入れてた。
「ルシナさん、なんか雰囲気違いません?」
そう聞くと、イニャトさんはにゃむにゃむ言った。何それ。
「マニが消えてからわかったことじゃが、あやつは何やら術を使っておったようでにゃ。術をかけた者に、特定の人物相手に嫌悪感を抱かせたり、攻撃的にさせたりするものらしい」
「え、怖い。そんなのあるんですか?」
「異国の術ですよ」
ワイバーンの解体を終えた仔ドラゴン達の口を拭き切ったニャルクさんが近づいてきた。
「異国の術?」
「はい。近隣の国にゃらまだしも、海を隔てた他の大陸には未知の術がたくさんあります。彼女は派遣された大陸で学ぶべきことを学ぶ間に、この大陸ににゃいものも学んだようですね」
なるほど。それを従妹やら上司やらに使ったわけね。でもなんで?
「前にイヴァさんが言ってたんです。サスニエル隊とはもともとそこまで親しくはにゃかったけど、最近になって急に敵視され始めたって。それに、ヴァルグ隊長もルシニャ副隊長もニャオさんの活躍は知ってるから、自分が呼んだからとはいえ、あんにゃ風に追い返すにゃんてありえにゃいって」
「つまり、マニさんがヴァルグさん達に、サスニエル隊の全員にそういう効果がある術をかけた、と」
「そうにゃりますね」
うーむ、結構な一大事じゃないかこれ? 関わっていいの?
「マニさんはサスニエル隊を、アシュラン王国を恨むようなことがあったんですか?」
「どうじゃろうにゃあ。少にゃくとも、ヴァルグ隊長殿もルシニャ副隊長殿も思い当たる節はにゃいらしい」
イニャトさんが答えてくれた。
マニさんにとって、こんな騒動を起こしてなんの得になるんだろう? サスニエル隊がイヴァさんを邪険に扱うように仕向けて、ユーシターナの花粉集めを邪魔して、水神さんの加護も持ってる私を拒絶させて。もしくは、マニさん以外に得をする人は?
「……ニャルクさん、イニャトさん」
「にゃんじゃ?」
「どうしました?」
声をかければ、2人が首を傾げた。抱っこしたままの芒月があくびをする。
「ユーシターナの代用品として扱われる素材がある大陸に、マニさんは派遣されてたんですよね?」
「うむ、数年前ににゃ」
「その大陸、その国は今裕福ですか?」
私の問いに、兄弟猫が顔を見合わせる。ニャルクさんがヴァルグさん達のところに駆けていって、戻ってきた。
「マニさんが派遣された国は、現在深刻にゃ食糧不足に陥っているそうです。隣国にゃどに援助を申し出ているそうですが、小さな村にゃどに行き渡らせるのは難しいみたいで、餓死者も出始めてるんだとか」
「にゃんと、そんにゃことににゃっておるのか」
イニャトさんが目を丸くした。私達の会話が気になったのか、イヴァさんとヴァルグさん達が近づいてくる。
「その国とは常時連絡が取れるんですか?」
「ちょっと待ってください……。……遠距離用の“伝書箱”があるので、それを使って連絡を取り合うことは可能だそうです。ですが、それを使うのは国の許可がいるみたいですね」
「そうですか……。じゃあ、異国の術に遠方の人間と会話できる類いのものは? それか、そういうのを可能にするマジックアイテムがあったりします?」
「術についてはわからん。大陸が違えば文化も風習も違うからのう。マジックアイテムはあるにはあるが、ほとんどが国や貴族が所有しておるよ」
「異国の術って、使われたら簡単に気づけるものなんですか?」
「力の元とにゃるものが異にゃる故、難しいものもあるじゃろうにゃあ。少にゃくとも、そういうのを持ち込まんように、持ち出さんように、大陸を行き交う際は入念に調べるのが世界共通の決まりじゃよ」
そっか。じゃあ万が一持ち込まれた場合、イヴァさん達は気づきにくいってことか。
「ニャオさん、さっきからにゃんの話をしてるんですか? 何を知りたいんです?」
足元でニャルクさんが不安そうな顔をしてる。仔ドラゴン達も、美影さんの尻尾の陰に隠れてしまった。芒月は腕の中でうとうとしてる。
「推測でしかないんですけど……。マニさんがもし派遣先の国とまだ繋がってて、食糧難を脱する為に力を貸してほしいと頼まれたらどうするでしょうか?」
「頼まれたら? えーっと、アシュラン王国はその国とはユーシターニャのかふ……、鱗粉の代用品を輸入するぐらいしか関わりがにゃかったはずです。普段から親しくしてる国相手にゃら多少の援助はしますが、同盟国でもにゃい相手にそこまでできる余裕はこの国にはあんまりにゃいと思います」
「あっちは排他的にゃ国らしく、必要以上に他国と関わろうとせんらしいからのう。マニの派遣を受け入れたのも、結構しぶしぶじゃったらしいぞ」
「でも援助じゃなくて、お金を支払わざるを得ない状況に陥ったら、支払いますよね?」
ニャルクさん達がパッとこっちを見た。
「向こうの国は他国と必要以上に繋がりを持ちたくない。でもお金が圧倒的に足りない。そんな中、ユーシターナの花粉の代用品が飛ぶように売れれば、懐を潤わすことができますよね。しかも今までのやり方を変えることなく」
イニャトさんがイヴァさん達に伝えてくれると、そっちはそっちで顔を見合わせる。
「でも、もしそうだったとして、それだけで国に楯突くでしょうか? ばれたら奴隷落ち間違いにゃしですよ?」
奴隷……。やっぱりこの世界にもそんな制度あるのか。ルシナさんが悲しそうな顔してる。
「他の理由があるにしても、私の推測が間違ってるにしても、マニさんがサスニエル隊を裏切ったことには変わりません。イヴァさんが見た、リラさんの不審な行動も、マニさんが原因なんじゃないですか?」
私の問いをニャルクさんがリラさんに聞いてくれた。
リラさんが言うには、マニさんから魔石つきのお守りを預かったらしい。サスニエル隊の任務が無事に終わるように司教に祈ってもらった物で、誰にも気づかれたら駄目って言われてたから秘密にしてたらしい。その魔石が濁ったから焦ったんだとか。
イヴァさんが手を差し出すと、リラさんは素直にお守りを手渡した。イヴァさんか手をかざしたら魔法陣が浮かんで、お守りが真っ二つに割れて、黒い煙が上がって消えた。
『✕✕▽……』
「異国の術、みたいですね」
ニャルクさんが教えてくれた。
「じゃあ、イヴァさんにかけられた呪詛も?」
「あれもそうじゃろうにゃあ。イヴァンニャ殿が気づけたのは自身にかけられたからであって、他の者じゃったら気づけんかったかもにゃあ」
イニャトさんが頷いた。割れた魔石を呆然と見ていたリラさんは、ルイさんに袖を引かれて、悲鳴を上げて魔石を放り捨てた。
「マニさんを捜しましょう。ミカゲさん、乗せてくれますか?」
「もちろん」
ニャルクさんが頼めば、美影さんは快く引き受けてくれた。ドラゴンに乗ればすぐ見つかるよね。でもその前に……。
「ニャルクさん。水神さんにお願いして、向こうの様子を確認したいんですけど」
聞いてみたら、ニャルクさんは笑ってくれた。
「そうですね。お願いします」
一応、イニャトさんがヴァルグさん達に許可を取ってくれた。トップの2人に揃って頭を下げられる。他の隊員達も倣うもんだから苦笑いしてしまった。やめてよ。
左手で芒月を抱え直す。手っ取り早く足元の雪に右手を突っ込んで、体温で溶かしてから水を握り込む。
水神さん水神さん。マニさんがどこにいるのか教えてください。マニさんを止めないといけないんです。お願いします。
閉じた瞼の内側が白くなった。雪景色だ。
マニさんが剣を抜いて立ってる。辺りには血が飛び散って、隊員達が数人倒れてる。
剣を握り直したマニさんが大きい木に歩み寄った。根元にはシシュティさんが肩を押さえて座り込んでる。怪我が酷い。雪に血が染み込んでいく。
マニさんが剣を振り上げる。シシュティさんは落ちた剣を拾おうとしたけど、間に合わない。
「連れてって!!」
思わず叫んだ。眠りかけてた芒月がビクッと体を震わせる。
目を開けた瞬間、切っ先が眼前に迫ったシシュティさんが見えた。




