余話第11話 鱗粉
ご閲覧、評価、ブックマークありがとうございます。
「どうしたものか……」
ガルネ騎士団サスニエル隊隊長、ヴァルグは渋い顔で唸った。
「例年通りにはいかないかもしれないと詠まれてはいましたが、まさかここまでとは……」
長机に並べられたユーシターナの鱗粉の瓶詰めを数えて、副隊長であるルシナがため息をつく。手に持つ書類には昨年のユーシターナの個体数、特徴が書かれていた。
「個体数については申し分ないんですが、採集できている鱗粉の量が例年に比べて少な過ぎます。このままだと充分な量を確保できません」
「他に去年と違うところはあるか? ユーシターナの翅の模様や行動に変化は?」
「いえ、今のところ目立つものはありません」
長机の端を使って、ルシナが書類を整える。ヴァルグは眉間を押さえた。
「このままでは王都に帰れんぞ。ガレン副団長になんと言えばいいのか……」
「素直に言うしかないんじゃなぁい?」
頭を抱える2人の背中にねっとりした声がかかる。あからさまな嫌悪を顔に浮かべて、ヴァルグ達は振り返った。
「それにはまだ早過ぎますよ、イヴァンナ殿」
「採集を始めてわずか数日。詳しい調査もせずに団長に報告などできるわけがないでしょう?」
「そうかしらぁ。にっちもさっちも行かなくなってから泣きつくより断然利口だと思うけどぉ……」
うーん、と人差し指を唇に当てたイヴァが首を傾げた。ルシナの口角が引くつく。
「邪魔をしないでいただけますか? 我らはあなたと仲よしなエルドレッド隊ではないんです。余計な口出ししないでください」
「私だってついていくならエルゲ達の方がよかったわよぉ。でもガレン副団長から行ってほしいって言われたからきたんじゃなぁい。おあいこよぉ」
つーん、とイヴァがそっぽを向く。背中にくっついていたコウモリのカフクルがヴァルグ達をじぃっと見た。
「ヴァルグ隊長。あいつどうにかならないんですか? 〈星詠み〉ができる者はうちの隊にもいるでしょう? 隊長権限であいつを王都に帰らせるか、せめてペリアッド町に待機させることはできないんですか?」
「イヴァンナ殿を同行させることはガレン副団長の命令だ。変えることはできん。それに、いけ好かん女ではあるが、〈星詠み〉のスキルにおいては王都一の実力者だ。この先力を借りる場面が来るかもしれん」
「だからって、あいつは本来騎士団所属じゃないじゃないですか! ちょっとスキルが上手いからって、余所者にうちの隊を引っ掻き回されるのは嫌なんですけど?」
「余所者だが協力者だ! こういう時に使わんでどうする!」
小声で話していたヴァルグとルシナが大声になる。作業をしていたサスニエル隊員達がおろおろするのを横目で見ながら、イヴァは小さく息を吐いた。
(隊員にあんな顔させるなんてぇ、アーガスとは違うわねぇ。やっぱりエルドレッド隊と来たかったなぁ)
親しいエルゲやアーガスと全く違うサスニエル隊の2人に辟易したイヴァは、長机に並べられた瓶に目を向けた。
数日かけて集められたユーシターナの鱗粉の瓶詰めはわずか12個。前年の同じ日数と比べられないほどに少ない。採集の量を増やせなければ、来年の魔法薬の価格が高騰することは目に見えている。
(ユーシターナの数は前年とさほど変わらないしぃ、採集に来たメンバーも慣れた顔触ればっかりだしぃ、なんで今年はこんなに採れないのかしらぁ?)
採集された鱗粉の質に問題はない。むしろいい方だ。しかし量が少な過ぎる。このままではまずい。
(あ)
瓶の列を順番に目で追っていたイヴァは、途中にあったありえないものに目を止めた。口元がニヤつくのを隠そうと手で覆うが、その様子を見ていたサスニエル隊員数名が不思議そうに顔を見合わせた。
「だからいっそ追い返しましょう! そして私達だけでこの問題を解決するんです! そうすればガレン副団長だって今後あいつをうちの隊に寄越したりしないでしょう?!」
「落ち着け! 俺だってそうしたいが、万が一が起こった時に責任が取れんだろう! 我々が採集を成功させねば国が困るんだぞ!」
ヴァルグとルシナの言い合いは罵声に変わっていた。書類を乱暴に長机に叩きつけたルシナが瓶にツカツカと近づき、その内の1つを掴む。
「確かに今はまだ少量ですけど! まだ時間は充分にあります! だから私達だけ、で……、え……?」
興奮していたルシナは手に触れたものの感触に疑問を抱いた。
瓶ではない。
冷たいはずなのにほんのり温かい。まるで生きているように。
つるつるのはずなのに凹凸がある。しかも少しざらついている。
何より一抱えあるはずなのに細い。ルシナの指が半円を作れるほどだ。
ヴァルグとサスニエル隊員達が硬直する。イヴァがにんまりと笑う。ルシナはゆっくり、ゆっくり右手を見た。
「こんにちは!」
首をわし掴まれたランリが、森に同居している人間から習った、とりあえずこれを言っておけばなんとかなる、という言葉を元気よく言った。
「ィヤアアアアァァァァァァァァッ!!」
突然現れた仔ドラゴンに悲鳴を上げたルシナが尻餅をつく。満面の笑みを浮かべたイヴァが駆け寄ってきた。
「ランリちゃん久しぶりぃ! 元気にしてたぁ?」
「イバねえちゃん、久しぶりー! あたしもシキも元気だよ!」
「あら、お喋りが上手になったわねぇ。でも私の名前はイヴァよ、イ、ヴァ」
「イ、イ、ブァ……。イバ!」
「言えてないじゃなぁい! でも可愛いぃ!」
イヴァがランリを抱き上げると、ランリは喉をクルルッと鳴らして頬擦りした。イヴァの肩に上がってきたカフクルと鼻をくっつけて挨拶を交わす。その様子を至近距離で目撃したイヴァは身悶えした。
「何それ可愛いぃぃぃ! 私とも挨拶してぇ?」
「はーい」
こつん、とランリがイヴァの鼻に挨拶すると、イヴァは膝から崩れ落ちた。
「どうしたの? だいじょうぶ?」
「うん……、うん……、平気……。平気よぉ……」
鼻を押さえながらイヴァが返事をする。こてん、と首を傾げたランリは地面に下りた。
「ねーねー、ここで何してるの?」
「私達はねぇ、この森でお仕事してるのよぉ。ランリちゃんはどうしてこっちにいるのぉ? おうちは川向かいって聞いてるけどぉ」
「なんかね、はなし声がしたから川のむこうからきいてたの。そしたらイバねえちゃんの声がしたから泳いできたの」
「会いに来てくれたのぉ?」
「うん! あそびたかったの!」
後ろ脚で立ち上がったランリが前足をイヴァの肩にかけた。目の前でにっこり笑う仔ドラゴンに、イヴァは心臓をわし掴まれた。
「遊びたかったのぉ? ありがとうランリちゃん、私も遊びたいわぁ。でも今はお仕事してるから難しいのぉ」
「おしごと? たいへんなの?」
「そうねぇ。ちょっと行き詰まっちゃっててねぇ。……ねぇランリちゃん、ナオちゃんって近くにいる?」
イヴァが聞くと、ランリはうん? と返した。
「ナオってだれ?」
「えーっと、そう、ニャオちゃんよ。いるかなーと思ってぇ」
「ニャオはおうちにいるよー。よんでこようか?」
「そうねぇ。ちょーっと力を貸してほしいからぁ、来てくれたら嬉しいなぁって伝えてもらえるかしらぁ?」
「わかった、よんでくるね!」
そう言って、ランリは川に飛び込んだ。硬直していたサスニエル隊の面々が慌てて川を覗き込むが、数秒後にはランリは対岸に上がって木々の間に消えていった。
「よかったわねぇカフクル。ナオちゃんが手伝ってくれるわよぉ」
「キュイ!」
嬉しそうに鳴くカフクルの喉をイヴァは優しい手つきで撫でた。そんなイヴァと消えた仔ドラゴンとをサスニエル隊が驚きの表情で交互に見る。
イヴァは満足げに笑った。




