第104話 続・お勉強しましょう
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一柱の女神が降り立ち、世界が生まれた。
何もない白い世界で、女神は夢を見続けた。
女神が死ぬと、その体は大地になった。流れた涙は川になり、溜まった血は海になった。
女神が創ったものから神々が生まれ、精霊が生まれた。
精霊は神々の使いである。下界の生き物から信仰と崇拝を集め、神々に届ける役割を担った。
炎の神には炎の精霊が従い、風の神には風の精霊が、水の神には水の精霊が従った。
神々は精霊に力を与え、精霊はその力を使い、生き物を護り、助け、導き、多くの信仰と崇拝を神々に届けた。
信仰と崇拝を得られぬ神は、廃れ、堕ち、邪神となった。その神に従う精霊もまた、廃れ、堕ち、悪魔となった。
邪神は生き物の魂を喰らう。悪魔は邪神の糧を運ぶ。
月の翳りと共に現れるその者達に抗う術はない。
喰う者も、喰われる者もいなかった、白き世界は、彼方。
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「これが、この世界に古くから伝わる神話の一節です。悪しき者を退けるには信仰と崇拝を怠るな、という教えでもあります」
語り終えて蒼い林檎を齧る福丸さんに、ほぁ~、と変な返事をしてしまった。
「私が元いた世界にも神話はたくさんありますけど、こっちの神話も凄いですね。自然そのものが神様の亡骸だとは……」
「アシュラン王国に広く伝わるシェリファン神話です。人間達は学校でも習いますから、知らない方はまずいないでしょう」
学校で教えるのか。私の母校には図書室に本があったぐらいだな。
「神話って他にもあるんですか? あるならどれぐらいあります?」
「国や宗教によって違いますからね。それぞれの土地でも少しばかり異なる部分もありますから、正確に何個、とは言い難いですね」
「そうですか……。じゃあ、シェリファン神話はこっちの世界的に見てどれぐらい知られてるんですか?」
「少なくとも、この大陸中には知られていますよ。人間とさほど関わってこなかったわたくしですら知る程度には」
なるほど。じゃあ認知度はかなりってことか。
教えてもらったことを忘れないようにノートに書き込んでいく。フアト村でもらったノートとペンが役立つ時がやっと来た。
「どうじゃ? 勉学に励んでおるか?」
ぬっ、と漣華さんが魔法陣から出てきた。
「おかえりなさーい」
「おかえりなさい、レンゲ。どうでした?」
福丸さんが聞けば、漣華さんは私達の近くにどしんと腰を下ろした。
「山頂に雪が積もり始めておった。冬は近いぞ」
ん? どこか寄ってたの? まあいいか。
「ここら辺の冬って厳しいんですか?」
私の故郷は積もって10センチぐらいだったからなぁ。場合によっちゃあ防寒具の追加購入とか家の補強を考えないと。
「驚くほど寒い、というわけではありませんね。それに、ニャオさん達の家にはわたくし達が防御魔法をかけていますから、そこそこ快適に過ごせるはずですよ」
うん? なんて?
「防御魔法、ですか?」
「うむ。そなた、今まで寝ている間に虫に困ったことはなかったじゃろう? それよ」
……確かにないな。思い返せば土埃とか葉っぱが入り込んできたこともない。え? 結界的なもんをずっと張っててくれたってこと? 初耳なんだけど。
「ニャオさんが望むなら、雪が降らないようにもできますよ。どうされますか?」
またとんでもないこと言い出したなこの人……。
「降らないようにって、どういう意味です」
「こやつのユニークスキルじゃ」
漣華さんが尻尾の先で福丸さんをペチペチ叩いた。
「わたくしのユニークスキルは〈常春〉。魔力が続く限り、季節を春に留めておくことが可能なんです」
「え、何それ凄い」
「こやつの魔力はほぼ底なしじゃからな。やろうと思えば一年中この森を春にできるぞ」
「重宝しますよ。何せこのユニークスキルを使えば毎日林檎を食べられるんですから」
「林檎は秋の果実では?」
「春も秋も似たようなものですよ」
ドヤァ、って顔された。なんか面白い。
「まあ今はニャオさんのおかげで季節関係なく食べられますけどね。この蒼い林檎もなかなか美味ですよ」
「……お役に立てて何よりです」
底なしの魔力……。一年中ユニークスキルを使い続けても支障がないなんて凄いな。人間達がビビるはずだよ。
「で? フクマルよ。こやつにはどこまで教えた?」
漣華さんが聞いてきた。
「シェリファン神話を少々。神々と精霊の関係性についてですね」
「そうか。まあそれぐらいでよかろう」
よかろうって、これ漣華さんが私に教えてくれるはずのことじゃなかったの? ラタナさんと約束してたじゃん。
「あれ、そういえば漣華さん、メナ湖から戻ってきたのって今ですよね」
「そうじゃが?」
何を言うておる? みたいな顔された。解せぬ。
「福丸さん、さも当然のように私にいろいろ教えてくれましたけど、どうやって伝えたんです? 私達より先に会ってませんよね?」
メナ湖から帰ってまだ1時間ぐらいしか経ってない。ニャルクさん達は収穫状況を確認しにアースレイさん姉弟と物置木に行ってるし、仔ドラゴン達は美影さんと一緒に寝床にいる。バウジオは爆睡中で、芒月は私の膝の上。香梅さんは背もたれになってくれてる。
「念話じゃよ。そなたらが帰る際に伝えたのじゃ」
「幼い子どもですら知っている神話ですからね。そろそろ教えようとは思っていたんですよ」
そうだったのか。ありがたやありがたや。
「あの、神話の内容について聞きたいんですけど……」
「その前に、そろそろあやつらが戻ってくるぞ」
あ、ニャルクさん達か。
「シシュティ達はそなたからの褒美を待っておる。先にそっちを構ってやれ」
……忘れてたよこんちくしょうめ。
「何をねだられましたか? かなり騒いでましたけど」
「……一緒にお風呂に入ることになりました」
3人だけでね。仔ドラゴン達は連れてきたら駄目だって。
「ほう、そんなことでいいのか。妾はもっと過激なことを望むかと思ったが」
「今回はそれで我慢するんでしょう。次から少しずつ要求を上げていくと思いますよ」
そんな話目の前でしないでくれます? この前だって結構危なかったんだからね。
げんなりしてるとみんなが戻ってきた。シシュティさんに抱きつかれて、アースレイさんにぴったりくっつかれる。
疲れてるからせめて明日にしてほしいなぁ、なんて、認めてもらえないよな……。




