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余話第9話 悲劇再び

ご閲覧、評価、ブックマークありがとうございます。

「閑話」表記を「余話」に変更しました。


「バウジオ、セイライ、あっちを見てこよう!」

「いくー!」

「ばっふばっふ!」


 ライドがバウジオとセイライを連れて湖の縁を駆けていく。嬉しそうな部下と魔物達を見送ったエルゲは、隣にいるニャルクを見下ろした。


「ニャルクさん、土魔法で地中に何かあるか確認できますか?」


 エルゲが聞けば、ニャルクは申し訳なさそうな顔で耳をぺたんと倒した。


「すみません、僕は土魔法は物理攻撃ぐらいしかできにゃくて……」

「いえ、いいんですよ。では得意な魔法はなんですか?」

「風魔法ですね。攻撃したり、細かにゃ作業をするのに使っています」


 パッと顔を上げたニャルクに、エルゲは微笑みながら膝をついて、小さな肩を抱いた。


「では、私が言う通りに魔力を使ってみてください。きっと今後のあなたの為になりますよ」

「うにゃ?」

「まずは目を閉じて、心を静めてください。風の音や、鳥の羽音に耳を傾けて。音の隙間に魔力を注ぎ込むようにイメージしてみてください」

「はい」

「すーっと、静かに魔力の糸を伸ばしてください。切らさないように、ゆっくり、ゆっくり」

「うにゃう」

「魔力の糸で、湖全体を一周してください。……できましたか? できたら今度は上半分をドーム型に覆ってください。地中も同様に。繭の形をイメージすればやりやすいですよ」

「にゃうぅ……」

「完全に覆えたら、最後に魔力の繭を自分の体に戻してください。焦らず、慎重に。戻し終えたら、目を開けてください」

「…………ぅにゃあ、戻しました」


 止めていたわけでもないのに、ぷはあ、とニャルクは息を吐いた。エルゲがくすくすと笑う。


「さあ、どうでしたか?」

「えーっと、魔力の繭の中に、たくさんの卵がある感覚がありました。だけど水中だけで、地中や空気には違和感はにゃかったです」

「そうですか」


 ふむ、とエルゲは口に手を当てて考えた。

 魔力は2種類に分けられ、1つのことを極められるものと、様々なことに幅広くつかえるものとがある。ニャルクが持つ魔力量は決して多くはないが、使い方次第によってはいくらでも応用が効く類いのものだった。今教えた術も、探知スキルを持たない者が周囲を探る際に使うのだが、かなりの集中力と鍛練が必要になる。それをニャルクは一度教えられただけでやってのけた。エルゲにとって、これほど器用に魔力を操れる存在は、エルドレッド隊に入隊した直後のライド以来初めてだった。


(〈水神の掌紋〉保有者に会えたのは僥倖でしたが……。こちらのケット・シーもなかなかにいい。だとしたら弟の方も……)


 ニャルクは習ったことをもう一度試そうとうんうん唸っている。悟られないようにその様子を見つめていたエルゲは、突然振り返った黄金色の猫ににっこり笑った。


「何か見つけましたか?」

「見つけたというか、見てしまったというか……」


 煮え切らないセリフに首を傾げたエルゲに、ニャルクは前足で湖を示した。

 エルゲは示された方に顔を向けて、ぶふっ! と吹き出した。




 ▷▷▷▷▷▷




「ほぉら、この仔がカフクルよぉ」


 微笑むイヴァに、マントの内側に張りついていたコウモリを紹介されたランリは目を輝かせた。


「コウモリー! あたしのおうちのちかくにもいるよー。どうくつにすんでてー、ワッておどかすとにげてくのー」

「そうなのねぇ。でもカフクルはぁ、そこにいる仔達より断然おっきいでしょお?」

「うん! はじめてみたー!」

「仲よくしてあげてねぇ。カフクルもぉ、この仔はランリちゃんよぉ。お友達になってねぇ」

「キュイ?」


 眩しそうにしていたカフクルは、するするとマントから下りてランリに鼻を近づけた。頭を左右に傾けながら仔ドラゴンを確認する。ランリも真似をして、右に左に頭を傾けた。


「あぁ~ん、可愛いぃ~い。連れて帰りたぁ~い」


 相棒と仔ドラゴンの愛らしい組み合わせに頬を染めたイヴァは、ランリを譲ってもらえないか真剣に悩み始めた。水中を泳ぐ異質なドラゴン。おまけに人間と会話ができて友好的とくれば、騎士団や冒険者なら喉から手が出るほどにほしい存在だ。

 ニャルク達のもとにはそんな仔ドラゴンが7頭もいる。その上母ドラゴンとユルクルクスまで。1頭くらいならごねればもらえるんじゃないか。そんな考えがイヴァの頭をよぎったが……。


(あの子達、仔ドラゴンを可愛がってるからなぁ~。掌紋保有者を敵に回すわけにはいかないしぃ……。どうしたら譲ってくれるかしらぁ?)


 イヴァは無謀な女ではない。ユルクルクスとベアディハングを後ろ楯に持つ〈水神の掌紋〉保有者を怒らせるような真似はしない。

 だからこそ、仔ドラゴンの所有権を得るにはどうしたらいいか策を練るのだ。


(真っ正直にほしいって言っても駄目よねぇ。まずは信頼を勝ち得てぇ、恩を売ってぇ、困ってるから貸してほしいって言って何度か任務に連れていってぇ、少しずつ私に慣れさせてぇ……)


 ランリを連れて町中を歩く自分の姿を想像して、イヴァはにんまり笑った。羨ましそうな、妬ましそうな表情を浮かべる騎士団員達を想像して、性的にも聞こえる吐息を唇から溢した。


(駄目駄目駄目ぇ! 慎重にやらなきゃバレちゃうわぁ。気づかれないようにぃ、じっくりじっくり距離を詰めていけば可能性は充分にあるんだものぉ。頑張っちゃうんだからぁ)


 必ず手に入れてみせる、と決意して仔ドラゴンをうっとり見つめていたイヴァは、ふと振り向かれてつい顔をそらしてしまった。向いた先は湖。奇しくもエルゲが吹き出したのと同時刻。


「ん゛ん゛ん゛っ?!」


 イヴァもまた、吹き出すのを堪えられなかった。




 ▷▷▷▷▷▷




「目的?」


 突然の問いかけに、アーガスは顔をしかめ、オードは困惑した。


「そうじゃ。お前さんらほどの実力のある者達にゃらニャオに頼らずとも事態を解決できるじゃろう? このように素早くとまではいかんかもしれんが、ギルドに登録もしておらん一般人を騎士団側から巻き込むにゃどと聞いたことがにゃいぞ」


 ニャオの前では決して出さない声で、イニャトはアーガス達を睨みつけた。いつもと違う兄の様子に、シキがおろおろしている。イニャトもそれに気づいているが、彼にとって優先すべきは目の前にいる人間と犬獣人だった。


「掌紋保有者じゃからといって、利用しようにゃどと考えておるにゃら許さんぞ。儂らにとってニャオは家族じゃ。害する者には容赦せん」


 見た目からは想像もつかない冷たい目で睨まれたオードは唾を飲み込んだ。腰の剣に手を伸ばしかけて、アーガスに掴まれる。


「そんなつもりはねえさ。ま、掌紋の力に興味があるのは確かだか、それだけだ」

「本当かの?」

「本当だって。それを証明するもんを持ち合わせちゃねえから、信じてもらうしかねえ」

「……ふむぅ」


 イニャトは前脚を組んで深く考え込んだ。尻尾が苛立たしげに左右に振れる。はあ、とため息をついて、イニャトは頭をガシガシと掻いた。


「まあ、エルドレッド隊を疑ったところでどうにもにゃらんのう。とりあえずこれ以上問いはせんが、もしニャオに関して怪しい動きを見せれば即刻帰らせてもらうからの」

「ああ、わかった」


 アーガスはにかっと笑って頷いた。


「イニャトにいちゃーん、おこってるー?」

「んにゃんにゃ、怒っとらんよ。すまんのうシキや」


 腹に頬を寄せてきたシキの頭をイニャトは優しく撫でた。先ほどまでの刺さるような警戒心は消え、穏和な表情が戻っている。


(あの威圧感、王都にいるケット・シーとは比べ物にならねえな。獅子とまでは言わねえが、冷静なオードに剣を抜かせかけた……。何者だこいつ?)


 緊張から呼吸が乱れていたオードが落ち着くのを待って、アーガスは掴んだ手を離した。オードが顔を寄せてくる。


「副隊長、彼は一体……?」

「さあな。だが気をつけろよ。こいつ、報告されてねえ何かがあるはずだ」


 アーガスとオードは、イニャトを横目で確認しながら小声で話した。ケット・シーらしからぬケット・シー。警戒するには充分だった。

 2人の視線に気づいていないのか、シキの喉を撫でていたイニャトがふと湖を見た。続けて膝から崩れ落ちる。顔を見合わせたアーガス達が駆け寄ると、イニャトは腹を抱えて笑い出した。


「にゃっはははははっ! あ、あやつ、何をして、にゃふっ、にゃはははははっ!」

「ニャーオー! なにやってるのー?!」


 シキが湖の縁まで行って叫ぶ。アーガスとオードも湖を見て、派手に吹き出し、2人してむせた。




 ▷▷▷▷▷▷




「騒がしいのう。どいつもこいつも……」


 魔法陣から首だけ出したままのレンゲがため息をついた。

 レンゲは全て感じ取っていた。ニャルクを見たエルゲの喜び、イヴァが抱いた邪な気配、オードの恐怖とアーガスの焦り。その全てをだ。


(妙な動きをすれば即刻潰してやったのじゃが……。堪えたようじゃな。まあよかろう)


 不穏なことを考えはしても、行動に移さなかったエルドレッド隊の面々に、ふう、と鼻で息を吐いた。どこか残念そうな顔をしている。


(しかし……)


 目を細めて、湖面の彼方を見る。


「元気じゃのう……」


 湖面を駆け抜ける、2つの影。待て、やだ、待たんか、やだもん、といった言い合いがレンゲの耳にかすかに届く。

 湖の中央を目指して慎重に歩を進めていたニャオは、下ろして、とせがむミオリにハーネスをつけることを約束させて願いを聞き入れた。湖面に下ろされたミオリは、ハーネスを装着された直後、全力疾走し始めたのだ。

 辛うじてリードを掴むことができたニャオは当然引っ張られていく。いつかのペリアッド町と同じく、踵でかからないブレーキを必死にかけながら、水飛沫を上げながら。

 方々から吹き出す音が聞こえる。爆笑と、焦る声と、困惑。仔ドラゴン達はこぞって混ざりたそうに鳴いた。

 

「あやつはどこまで似ておるんじゃ」


 かつての相棒の顔を思い浮かべながら、レンゲは小さくなっていくニャオの背中を見送った。

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