第92話 加護の力
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「卵じゃと?」
1列に並んだずぶ濡れの仔ドラゴン達を布で拭きながら、目を真ん丸にしたイニャトさんが私の言葉を繰り返した。反対側から拭いていたニャルクさんがアーガスさん達に伝えてくれると、エルドレッド隊のみんなも同じような顔をした。
「はい。たくさん浮かんでました。湖から流れ込んでるんでしょう。水と一緒に卵を飲んでしまった家畜に寄生して、成虫になったら腹をやぶって出てきてるんです」
昨日見た牛の死骸の中で、1頭だけ腹がやぶれていた。牛を喰っていた魔虫は、そこから羽化したんだと思う。でもその他の牛は違う死に方をしていた。あっちの原因はなんだろう?
「ですがニャオさん、よく卵だって気づきましたね」
ニャルクさんに言われた。
「なんでですか?」
「いえ、卵ってとても小さかったんでしょう? 細かなゴミだと思うのが普通だと思うんですけど」
「うむ。パッと見ただけで卵とはにゃかにゃか気づかんじゃろうにゃあ」
兄弟猫の言葉に、ああ~、と思わず頷いた。
「確かに、ただの小さな粒なのになんで卵ってわかったんだろう……。なんか、見た瞬間に感じたっていうか……」
「水神から加護を授かるそなたなら容易かろう」
「そうなんですか? お願いしてないのに?」
「願わずとも、加護を持っているだけでそれなりの恩恵は受けるものよ」
「そういうもんなんですねぇ……。って、何やってるんです?」
うわあ、と顔に出してしまったけど、こればっかりは仕方ないよね。
「そなたがいつまで経っても喚ばんから来てみたんじゃ。面白いことになっておるではないか」
「漣華さんは現在進行形で面白いですけどね」
隣に生えてる漣華さんの生首を見上げてつい笑ってしまった。地面に水平に描かれた魔法陣からぬっと伸び出た生首に。普通なら絶叫ものだけど、知り合いのこんな姿笑わないなんてことある?
「あー、レンゲねえちゃんだー!」
「レンゲねえちゃんおかえりー!」
「何がおかえりじゃ。そなたら、ちゃんと戦えたか?」
「たたかったよー。あっちいけーってやったー」
「そうかそうか」
ふふっと漣華さんは笑った。いやいやそれよりもさ。
「あの、漣華さん? なんでこの仔ら寄越したんです?」
「助かったであろう?」
「助かりましたけども」
まるで見てたみたいなタイミングのよさだったな。もしかしてお守りか? お守りでこっちの状況調べてんのか? プライバシーってこの世界存在する?
「ほれ、これをやる」
一度首を引っ込めた漣華さんは、仔ドラゴン達のハーネスを咥えてまたニョキッと生えてきた。
「やった! ありがとうございます!」
助かる~。紫輝達連れて歩いてると、大人しくしてるとはいえ町の人達怖がるんだよねぇ。ペリアッド町でもこれつけてるだけで全然反応違うんだから。
「あの、アースレイさん達どうしてますか? ご飯ちゃんと食べてます?」
ニャルクさん達にハーネスを渡しながら聞いた。エルドレッド隊のみんなが漣華さん見て固まってたけど、ちょっと構ってられないな。
「案ずるな。最初こそ自分達もそっちに連れていけと騒いでおったが、今は果実の収穫に専念しておるよ」
ああ、ありがたい。納期まであんまりないし、心配してたんだよね。
「しっかり仕事をこなせば、そなたが戻った時にたんと褒美をくれるじゃろうと言ったらやらんでいい草むしりまでし始めおったわ。全く、現金な奴らよのう」
……ん?
「漣華さん? 褒美って?」
「あやつらが何を欲するかは知っておろう? 雇用主として、労を労ってやるがいい」
……あの2人が私をどういう目で見てるか知ってて言ってるんだよね? にやにや笑ってるから確信犯だよね? 怒っていいよね??
また水玉をぶつけてやろうとしたけどさすがに避けられた。ワンパターンだったもんね。だから立派な髭を掴まえて思いっ切り引っ張ってやった。いだだだだっ! なんて悲鳴上げてたけど、知るかそんなもん。
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「漣華さん、この魔虫に見覚えあります?」
ライドさんに倉庫から取ってきてもらった魔虫の頭を手に持って見せれば、漣華さんは髭のつけ根をカリカリ掻きながら答えてくれた。
「それはアタナヤという魔虫じゃ。卵の内は水中に漂い、飲んだ生き物に寄生して成虫になる。宿主の大きさによって成体の大きさが変わるのが特徴で、そやつは牛に宿った故ことさら巨躯に育ったんじゃろう」
「でも、ここの牛とか豚は結構な数の卵を飲んでると思うんですけど、それにしては被害数が少なくないですか?」
「アタナヤは卵や幼虫の内は弱い魔虫でな。孵ることができず宿主に栄養として吸収されるモノ、孵っても生き切れぬモノがほとんどじゃ。それ故個体数が少ない。人間共の認知度が低いのもその為よ」
「そっか……。あ、でもこの町でこの魔虫が出たのは今回が初めてみたいなんです。他の家畜はお腹部分だけ失くなってたんですけど、それもアタナヤの仕業ですか?」
「いや、それは別のモノじゃ。そなたは既に接しておろう?」
そう言われて、時々体に触れてきた冷気の塊が思い当たった。
「水路の水源に連れていってやろう。そこで全て聞くがいい。そなたらも準備せい。エルドレッド隊の者共よ」
聞くって誰に? 誰か住んでんの?
漣華さんに言われて、エルゲさんはアーガスさんの腰に下げてる“伝書小箱”で水門を閉じるようギルマス達に手紙を出した。卵の存在も伝えて、家畜に与えないように、とも書いてくれたみたい。水路にはろ過用の魔石がたくさんあるって聞いてたけど、卵相手には効かなかったのかな?
山に入るってことで、初めての場所でもあるから仔ドラゴン達にハーネスをつけた。慣れ親しんだ福丸さんの森ならともかく、知らない場所で迷子になんかなったら洒落にならないからね。用心するに越したことはない。
「ほれ、通るがいい」
私達が通りやすいように、漣華さんは新しい魔法陣を描いてくれた。生首のままで。出てくればいいのに。
「よし、行きましょうか」
「うむ。充分気をつけぇよ」
「イニャトもですよ」
「ばっふ!」
仔ドラゴン達を振り返って、山の中で走り回らないことを改めて約束させてから、私達は魔法陣をくぐった。




