赤竜ギア、及び、不信感
ハクアは〈深層地下都市〉に買い物へ、クアトは周辺に散歩に出かけ、現状〈石竜研究所〉にはトアとギアだけが残されている。正直言って、この二人は仲良くないため、積極的に話をする事も無く、沈黙が漂っている。
「ふむぅ……。ギア、暇があるのでしたら、地上へ遺物でも探しに行って欲しいのだが」
「はぁ? 武器磨いてんだよ。見りゃ解んだろが」
元ドラゴンであるギアも、現状は人間の子供である。危険な地上へ行くのだから、武器くらい持つのは当たり前といえば、当たり前。一応は、ドラゴンとしての力を少しだけ出せるようで、自分の身長もあるような大型の武器を振り回すだけの怪力はある。
「そうですか、脆弱な肉体は大変ですねぇ」
「お前がそれを言うのかよ」
トアはギアから強靭な肉体を奪い、その脆弱な肉体というものを与えた張本人である。解りやすい嫌味であるが、もはや怒りを通り越して呆れしかない。そもそも、倫理観を問うだけ無駄な相手ですらある。
「おやぁ、反抗的ですねぇ」
「その反抗ついでに聞かせろよ、この身体の持ち主は誰だ」
ドラゴンは食べた人間の姿を得る。身体の持ち主というのは、ギアの人間の姿の元になった存在の事を聞いているのだ。何しろ、その姿は、あまりにもクアトに似ているのだから。
「ふむぅ、まだ返すつもりはありませんよ。それとも、心配ですか? 大丈夫です。ちゃんと残りの身体はパーツごとに冷凍保存しているとも」
「言う気はねぇんだな?」
「強いて言うのであれば、貴方がクアトに対し、どのような感情を抱くのかと、興味があるのだよ。取り込んだ魂の、心が引き継がれるのか、興味深いのでね」
その言葉に、ギアは怒りのこもった目でトアを睨みつける。元々ある程度予測はしていた事ではあったのだ。ただ、その事実に対しての、認識が軽すぎるように感じられる。その軽さで、このドラゴンは多くの被害者を出したのだ。
「お前、俺以上の屑だよな」
「おやぁ? ご自分が屑であることを理解して頂けているようでなによりですねぇ。私と同じ、光竜教に邪竜認定されているギア・ガウアさん?」
ギア・ガウアというのは、赤竜ギアの名前であり、その名前をよばれた本人は、嫌そうにしている。昔の暴れまわっていた頃を思い出すらしく、今はその名前は名乗っていないのだ。因みに、ドラゴンには、魂に関する名と、個体を示す名の二つを付けることが一般的であり、ギアが魂を関する名であり、ガウアが個体を示す名である。現状、トアには個体を示す名は無い。
「その名前で呼ぶんじゃあない。お前と会って、二つだけ理解できたことがある。俺のやってきた事がどれだけ悪い事だったかって事と、俺は精々小悪党だったってことだ」
「おやぁ、私を褒めているのですか? 少しばかり照れてしまいますねぇ」
「照れてんじゃねぇんだよ! お前ホントにふざけた奴だよな!」
怒りを爆発させるギアであったが、トアの変わらない態度に怒りを抑え込む。何しろ意味がない、どれだけ怒りを表したとしても、それを理解されることはなく、怒っている側が疲れるだけである。
「ふむぅ、何を怒っているのか解りませんが、そこまで重要なことではないのだろう?」
「あぁ、そうだな。お前にとっては重要じゃない」
結局、トアの目的は人間とドラゴンの奇妙な関係性を解明することにある。更に言えば、その先に何かがあるという、直感に従っているとも言える。なんにしても、それ以外のことはそれほど重要ではないのだ。
「……。私の目指す先には、この世界に関する、何らかの意図が隠されている筈なんです。この世界の、根底を揺るがすほどの、大きなものであるとさえ、考えている」
「それはお前の予測だろ? そんなものに振り回される身になってみろよ」
「……。おやぁ? 今まで私の事を理解できていなかったのでしょうか。他者の事を思いやる、甘いドラゴンだとでも?」
一瞬、真面目な態度になったトアだったが、一転していつものふざけた態度をとる。何を考えているのか、わかったものでは無い。ギアは、そんな相手にも慣れてしまった自分自身に嫌気がさしてしまうが、もはやどうにもなりはしないのだ。
「はいはい、今んところお前以上の屑に会ったことは無いから安心しとけ」
「ふむぅ、治安が良いようで何よりですねぇ。地下に降りる前は、そこそこに醜かったですから。まぁ、光竜教も頑張っているみたいで何よりだ」
「あれはケミカルチェンジャーが悪いだろ。……そうなると居たな、お前以上の屑が」
一般的に、人間が地下に移り住んだのは、地上の環境悪化が挙げられるが、正確には違う。本来であれば、環境がそこまで悪化することは無かった。レアルが主導して進めていた科学技術はしっかりとしたものだった。問題は、レアルの従者ケミカルチェンジャーにある。
「おやぁ、それはケミカルチェンジャーの事を言っているのかね?」
「そうだろ。あんな実験なんざしなけりゃ、暴動が起きることも無かったんだ」
「……私はあの人のやったことを間違いだとは思えないんですけどね」