石竜トア、及び、その仲間
2124回目の映写機世界。もしくは、レキシ世界。歴史が伝えるところによると、かつて人間は地上で、今では想像もつかないような科学技術を発展させ、豊かに暮らしていた。だが、その代償は少なくなかった。自然環境は悪化していき、このままでは世界が朽ちる、それを危惧した精霊によって、人間達は地下に追いやられた。
「真相がどうあれ、現在我らは地下にいる事には違いない。何か、質問はあるかな?」
「博士は、昔何があったのか。知ってるんですよね?」
地下はまるで迷路のようになっており、その中でも最も深い部分。そこを広く掘り、大きな街<深層地下都市>が建設された。その<深層地下都市>から離れた場所。遠い訳でもないが、すぐに見つかるほどの距離でもない所に、石竜トアが掘った空間<石竜研究所>があった。そこでは二体の異形が会話をしている。
「全く、人というものは、高々三百年程度で歴史を失っていくとはね。未来を見るのは良いが、過去から学ぶこともあるのだよ」
この博士と呼ばれた存在。それこそが石竜トアである。ドラゴンの中では小柄であり、座っている状態であれば三メートル程度、色は灰色であり、見た目には特に特徴もない、普通のドラゴン。石で出来た台の上に座っており、トアの持っている力、石になる権限を使ってしまえば、石像にしか見えないだろう。
「んー。寿命が違うからですよね」
トアと会話しているのは、羽毛が生えて、足が鳥のかぎ爪のようになっている人間のような存在に見えるが、正確にはちゃんとした人間の女の子である。名前はクアト、捨てられていた所をトアに拾われ、それからは被験体として〈石竜研究所〉で暮らしている。
「おやぁ、人間なのに私以上に人間について知らないようですね? 不都合な真実と言うのは、変えられてしまうものだよ」
「おーい 博士、戻ったぞー」
トアとクアトが会話をしている所に、二人の男性が〈石竜研究所〉へやってきた。これでここの関係者は全員だ。この場所へ続く道は隠されているうえに、罠まで設置されているので、他の者が訪ねてくることは無い。
「収穫はどうでしたか?」
「なんもねぇよ! つか、何時んなったら俺の身体を返すんだよ!」
二人の男性の内の片側、生意気そうな少年が答える。容姿はなんとなくクアトに似ていて、髪の色も同じ灰色だ。だが、この少年は正確には人間では無い。名前は赤竜ギア、トアによって人間の姿に封じられて、元の姿を返してもらう為に協力をしている。
「ギア、もう少し落ち着こうかー。この生活も悪くないんだろー?」
もう一人の男性。眼鏡をかけた黒髪で長身、何となく呑気そうな人間。かつては〈深層地下都市〉にて探索者をやっていたが、トアに出会ってからは助手をしている。時折、地上に行っては過去の遺産、通称〈遺物〉を捜索している。名前は、ハクアとしか名乗らない。
「はぁ? なんで俺が人間の真似事なんかしねぇといけないんだよ!」
元々ギアはかなり大型のドラゴンであったらしい。トアに喧嘩を売ったものの、自分の力に慢心していたために、罠や多くの道具によって、絡めとられ、最終的には人間の姿に封じられてしまった。因みに、持っている力は熱する権限。
「ねぇ、ハクア。地上って凶暴な動物が居るんですよね? 危なくないんですか?」
「確かに、見つかってしまえば大変な事になってしまうなー。だが、私は探索者なんだぞー。むしろ、ギアの方が見つかりそうになってヤバかったなー」
「おい! ハクア! それを言うんじゃねぇ!」
地上に住む動物は、汚染の影響によって凶暴化している。そういった凶暴化した動物の事を魔物と言ったりもする。地下がまるで迷路のようになっているのは、地上の魔物が入り込んで〈深層地下都市〉にたどり着かないようにする為であるらしい。
「いやぁ、賑やかなのは良い事ですね。悲鳴ばかり聞いていた頃を思い浮かぶと、感慨深いものだよ」
「博士はお茶目だなー。麻酔をしているんだから、悲鳴なんて聞こえない筈だぞー」
「クソが! さっさと肉体を取り戻して、こんな場所ぶっ壊してやんよ!」
トアとハクアはケラケラと笑っているが、その様子をギアは憎々しげに睨んでいる。クアトは、無表情で何を考えているのか解らない。何にしても、この場所には色々と、都合も立場も違う存在が集まっていた。
「博士、研究は進んでますか?」
「ふむぅ、中々難しいですね。出来る事なら、ドラゴンを一体確保出来れば進みそうなのだが……。ギアはこの実験には適合せず、私自身を使うのは難しいのだよ」
「見つかると、良いですね」
「……。そうですね、誰の意思かは予測もできないが、私のやるべき事なのだから」
トアは、ドラゴンと人間の奇妙な関係性について調べている。ギアを人の姿に封じたのも、その研究の一環であり、次の素材が必要なのだ。いったいどうして、それに囚われているのか本人も理解していないが、今の賑やかな暮らしが続く事を夢想して、ほほ笑むのだ。