そうだな・・・昔のことを語ってみよう
あれは、まだ20代のころ。
テレビでヒッチハイクで世界旅行とか、流行っていたころだったか。
自分もやってみようと思い立ち、とりあえず住んでいるところの端っこを目指した。
最初、慣れないヒッチハイクで苦労もしたが、たまたま乗せてもらった人が、そうそう、その人もカニ族って言われながらやっていたらしく、そのころのコツなんか教えてもらったら、すんなりいくようになった。
最初の夜が来た。
さすがに通りに車が来なくなって、道も悪くなってきたころ。
遠くに明かりが見えたので、民家だろうと思い、軒先を貸してもらうことにした。
「すみません、軒先で休ませてもらっていいですか?」
声をかけると、中から男が出てきた。
「あれぇ、こんな夜になにしたべか」
「すみません、突然に。ここまで乗り継いできたんですが、さすがに乗せてもらえなくなったので。明日明るくなったら、出かけますので、軒先を貸してもらえませんか」
「いやぁ、ここはそういうところだべさ。まま、中に入り」
「宿ってことですか、自分、お金とかあまりないですし」
「いんや、泊まるだけなら、雨露しのぐくらいなら、いいべ」
「すみません、ありがたくお借りします」
そうして、中に入ると土間のたたきに板張りのあがりと、古い民家を思わせるような作りだった。
今時、ランプの暗い明りで照明をとっているようだった。
「ここは、なんなんですか?」
「なんだ、しらんのけ。ここは、駅逓ちゅうもんや」
「えきてい?」
「馬車とかの乗り継ぎや馬喰の休憩処とかになっとる」
「へえ、今時そんなものがあるんですね」
「そうさね、内地じゃ馬いらずの陸蒸気とあるだろう。小樽にも炭運びのもんがあったっけな」
陸蒸気?機関車のことか?
小樽のことはよくわからなかった。
「そ、そうなんですね」
「まあ、ここいらでよかったら、休むといい」
土間の隅の、ゴザがしかれているところを指さされた。
「いつもは薪とかおいとるとこだけんど、一晩ならつかってな」
「ありがとうございます」
「じゃあわしは、奥にいるでな。なんかあったら、声をかけてくれ」
男はそういうと、奥のほうへと消えていった。
横になりながら、男の言葉を思い出していた。
横浜とかに鉄道が敷かれたのは明治の最初のころ。
小樽に鉄道が敷かれたのも、その前後だったか。
すると、ここは明治時代?
そういえば、来る途中に舗装道路だったところが砂利もない、踏み固めただけの道になっていた。
不思議だなと思い、田舎道だからこんなものかと思っていたけど、いつの間にかタイムスリップしたのだろうか?
だとすると元の時代に戻ること、できるだろうか?
そんなことを考えながら横になっていると、頭はさえていたはずなのに眠ってしまったようだった。
ふと気づくと、奥のほうからしゅーしゅーという音がしたので、こっそりとのぞきに行く。
暗がりの中で男が刃物を研いでいた。
鬼婆?
いや、鬼爺か?
そんなことをおもったとき。
「お客さん、目を覚ましましたかね」
こちらを向いてもいないのに、なぜ覗いていることが分かったのか。
「頃合いかと思いましたがね」
ゆっくりと振り向くと、こちらをにらむように見つめられた。
「一人旅なんかするからですよ。だから、こんなことになる」
男がそういうと襲い掛かってきた。
これでも、一応は柔道部にいる奴らとほぼ負けないくらいの技はある。
男の手をつかむと、すんなりとひっくり返す。
「いやいや、そうですか」
男が幾分悲しげな声色になったが、諦めずに襲い掛かってくる。
同じようにいなそうとするが、わかっているかのようにかわされてしまった。
また、切り付けてこようとしてきたので、抱き着いて抑え込もうとする。
するともみ合いになり、お互いに倒れこんでしまう。
「ぐぐぐ」
男がうめく。
胸のあたりから刃物が生えていた。
「そ、そうか」
一言、そう漏らすとぐったりとしたようだった。
おそるおそる近づくと、息はしてないようだった。
それからどう考えたのかは思い出せないが、裏庭に死体を埋めたことは覚えている。
気が付くとあたりはすっかり明るくなっていた。
「誰かいるかね」
表のほうから声がしたので、行ってみる。
「朝早くにすまんね。おや、おっさんいないのかね」
「あ、ええと。留守番を頼まれまして」
「留守・・・そうかね。すまんが、馬に水とワラを頼む」
「あ、は、はい」
表に出ていくと、馬車がいた。
その向こうの小屋にワラが積んでいたのが見とれたので、なんとかそれらしく作業をする。
小一時間ほど休憩していった客は出かけて行った。
何がどうなったかのか、わからない。
この建物から出ていこうとすると、新しい客がやってきては作業をするしかなかった。
変に家探しされて、裏手の盛り土を見つけられてもいやだったから。
いつの間にか、こうして居つくこととなったわけだ。
そして…。
「すみません、軒先で休ませてもらっていいですか?」
夜更けに若い男の声がした。