届けぬ想い
「あ、これ私も見た」
「まじかー、もう見た後かよ。絶対好きそうだと思って、放課後になるまで楽しみにしてたのに」
放課後の図書室。
毎週月曜日は、図書委員の仕事の為に一人で図書室に来ている。と言っても、本を借りに来る生徒なんて稀な存在。私にとって、月曜日の放課後は暇過ぎて嫌いな日だった。
「それより!これ見て!」
「おっ!これ限定品のやつじゃねぇか!」
半年程前。あくびを垂れ流しながら図書室に新しく貯蔵された小説を読んでいると、彼がやって来た。
彼が図書室に来たのはたまたまだったのだろう。その証拠に、彼は本を読む訳でもなく、席に着いて携帯を弄っていた。他に利用者がいる訳でもなく、また騒がしくする様子もなかったので、私は彼に気を留めることなく本を読み進めていた。
本を読みながら、頭の片隅で思い出す。彼が体育祭で目立っていた事を。休み時間、他クラスで彼の友人達に囲まれていた事を。そんな彼は、きっと性格的に静かにする事が苦手だったのだろう。
──なぁ、その本面白いのか?
視線を本に向けていた私は、声を掛けられる直前まで彼が近付いている事に気が付かなかった。その為、声をかけられた瞬間に傍から見ても分かる程驚いてしまった。あの時は、自分でも顔が熱くなっているのが分かった程だった。
恥ずかしそうに俯く私を見て、彼はすぐに謝ってくれた。謝る事自体は、特別な事じゃない。ただ、言葉遣いの割には良い人なんだな──と思ったのは今でも覚えている。
──読む?
彼は別に特別容姿が良い訳でも、背が高い訳でもない。サッカー部に所属していると言われれば、なんとなく納得できる感じ。同じ教室にいても関わる事のない人。それが最初に言葉を交わした頃の印象。
そんな彼だが、その日を境に、私の当番である毎週月曜日の放課後に図書室に顔を出すようになった。最初は、変な利用者が増えた程度にしか思っていなかった。
けれど、彼が図書室を訪れるようになってから、自分でも気付かぬ内に『嫌いな月曜日』が『楽しみな月曜日』になっていた。
「っと、そろそろ時間だから行くわ」
「あ、うん」
この半年間。自分自身に色々な言い訳をしてきた。
──ただの暇つぶしの相手なだけ。
──好きなアーティストが同じで、話しが盛り上がってるだけ。
──彼が帰った後は、暇になるから嫌なだけ。
言い訳を重ねる度に自覚する。私は彼のことが好きなのだ。それを自覚したところで、私と彼の関係は変わらない。
廊下ですれ違っても言葉を交わさない。一人で歩く私と、多くの人の中心となって歩く彼。住む世界が違う。
月曜日の放課後だけの関係。週初めに訪れる楽しみ。一週間の内で、一番好きな時間。
「最近は日が暮れるのも早いし、お前もそろそろ帰れよ」
「うん、そろそろ帰るよ。図書室の解放時間もそろそろ終わりだし」
「そっか」
私の答えに満足したのか、彼は自分の荷物を手に取り図書室から出て行く。
その姿を眺めながらも、私も急いで戸締りの準備をする。窓のチェックや、返却棚のチェック。一通りの確認を終え、自分の荷物を回収後図書室自体を閉める。そのまま周りに人が居ないのを確認し、咎める人のいない廊下走って職員室まで向かう。
「失礼します」
図書室の鍵を返して、そのまま走って昇降口に向かう。乱れた息を整えながら、靴を取り出し外に出る。
校門まで延びる道を確認し、彼が居ない事を確かめる。そして、少し早歩きで校門に向かう。出来れば彼より前を歩きたいが為のタイムアタック。
「ふぅー。今日もセーフ」
後ろを振り向けば、校庭の方から彼が歩いて来る姿を見つけた。本当は彼と一緒に帰りたいと思う。朝も一緒に登校したい。なんなら、この気持ちも伝えたい。
でも、この気持ちを伝えても何の意味もない。伝えたりなんかしたら、確実に楽しい時間がなくなるだろう。それが分かっているから、私の気持ちを口に出す事は出来ない。
そんな事を思いつつ、再度後ろを振り返ってしまった。校庭の方から歩いて来る彼。その隣には、部活終わりであろう彼女がいる。
彼が放課後、図書室に来る理由。それは部活が終わるまでの時間潰し。それを知った時、悔しくて悲しくてずっと枕を濡らしていた。でも半年もあれば諦めはつく。辛くないかは別だけれど。
「なんだかなぁ……」
校門を出て曲がる直前、3度目の後方確認。
楽しそうに歩く彼。嬉しそうに歩く彼女。二人はとてもお似合いだと思う。その二人の間に、私の入る隙が無いのは一目瞭然だった。その光景を、常に見ているのが嫌だから彼の前を歩く。
「お幸せにね……また来週」
冷たい冬の夜に消えていく私の小さな言葉。今日は、商店街の入り口にある喫茶店で、ケーキでも食べよう──なんて考えながら、私は学校を後にした。
読んでいただきありがとうございました!