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3.3.7 同僚の講師

 トルネーとの会議を終え、御堂は早速と準備を始めていた。


 顔馴染みの下男たちを呼び出し、魔道鎧を隠せるような物を用意してほしいのだがと訪ねる。幸いにも、催しがある関係で資材運搬用の木箱を解体した物が学院にあった。それを指定した場所に運ぶように頼み、御堂自信もネメスィに乗り込んで移動させる。


 駐機場から移動した先は、仮設の観戦席が設けられている広場だった。その広さは地球で言う野球グラウンドほどもある。魔道鎧によって組まれたのだろう、頑丈な太い木枠で拵えられたそれを見上げ、よくも短時間でここまで造り上げた物だと感心した。


 ネメスィをその観客席の裏まで歩かせる。下男や手伝いに駆けつけてくれた従者たちも、大きな台車に乗せた木板と大きな布を運んできたところだった。

 それから、御堂はネメスィを跪かせ、機体から降りる。合図すると、手伝いたちがそれを囲むように木の板を設置し始める。金具で四隅を軽く固定して、上から布を被せれば、何らかの資材が置かれているようにしか見えなくなった。


 自ら脚立を登り、被せた布を金具で留めた御堂が作業を終えて地面に降り立つ。すると、下男の一人が恐る恐ると言った様子で訪ねてきた。


「あのう騎士様、これはどういったもので?」


「これは明日の催しの警備に使うからな、それで近くに置いた」


「それなら、最初から騎士様が乗り込んでいた方が、手っ取り早いんじゃねぇですかい」


 隣にいた女性の従者が「ちょっと、口が過ぎますよ」と小さく忠告したが、御堂はそれを手で制した。一瞬、思考を巡らせてから答える。


「効率を考えればそれが一番だが、明日の主役は学徒が乗る魔道鎧だ。それだと言うのに、講師が魔道鎧に乗って目立つように立っていたら、興醒めになるかもしれないだろう?」


 流石に、下男や従者にまで本当のことを伝えるわけにもいかなかった。その場で考えた嘘であったが、彼ら彼女らはそれで納得したらしい。揃って、御堂を尊敬するような眼差しで見た。


「なるほど、私たちにゃ考えが及びませんでしたわ」


「流石は騎士様ですわ、貴族様たちへの配慮もできておられるなんて」


「こそばゆいから、あまり褒めないでくれ。それより、もう二つ、頼みたいことがあるんだが、良いか?」


「勿論でさ、なんでございましょう」


「一つは、従者のローネとファルベスに、後で俺の部屋に来て欲しいと伝えほしい。個人的な頼み事がある」


 言われ、従者の一人が「お任せください」と大きく頷いた。その二人と御堂の関係性は、従者下男の間では有名である。


「それと、武器庫というのがどこにあるか教えてもらえないか? 存在は知っているが、肝心の場所を知らないんだ」


 これには集まっていた者たちも顔を見合わせた。そこは警備や実習講義などで扱われる武器がしまわれている部屋で、勿論、彼らも場所は知っていた。しかし、いつも腰に自分の得物を下げている騎士がそれを聞いてくるのも、変に思えたのだ。


「そのお腰にある立派な短剣は、使わないので?」


「いや、これも使うかもしれないが、備えておきたいことがあってな。駄目だろうか?」


「とんでもございやせん! 騎士様のご指示であれば、お答えしますよ」


 下男は失言をしてしまったと思ったのか、慌てた様子で言う。対し、御堂はにっと頬尻を上げ、目尻を下げて見せた。その親しげを感じさせる表情を前に、下男は落ち着きを取り戻し、年若い女従者は頬を薄らと赤く染めた。


「別に何か企んでるわけじゃない。ただ、催しで何か事が起きたら戦わないといけないかもしれないだろう。そうなったとき、この短剣が一本では、心許ないと考えただけだ。臆病だと思うか?」


 その問いに、その場にいた全員がぶんぶんと首を横に振った。これも意地悪な言い方だったな、と御堂は内心で反省しつつ「それで、場所は?」と改めて訪ねる。


「ええ、武器庫は城内の――」


 口頭での説明で頭の中に目的地の位置を思い浮かべた御堂は、手短に礼をしてから足早に城内へと戻っていった。手伝いたちはその背中が視界から消えるまで待ち、一人が呟く。


「ほんに、変わってらっしゃるな、あの騎士様は」


 無礼とも取られかねない言葉に、良くないと思いながらも、周囲の皆は同意して頷いてしまった。世間知らずにも見える、変わり者の騎士。けれども不思議と、彼のやることを手伝っていて悪い気はしない。それが、ここにいる下男と従者たちが浮かべる率直な人物像だった。


 ***


 講師棟の廊下を歩いていると、曲がり角から知った顔の講師が現れた。向こうも御堂に気付き、頭を下げて挨拶をした。


「こんにちは……講師ミドール」


「こんにちは、トイズ。なんだか久しぶりに顔を合わせるな」


「お互い、色々と忙しかったですから……皇女殿下のお相手は、大変ですか?」


「ああ、無礼を承知で言えば、反抗的な学徒を相手する方が、よほど楽に思える」


 まったく無礼だと思っていない口調で御堂が言うので、トイズは小さく笑みをこぼした。


「講師ミドールは、倉庫に何か用事が?」


「少しばかり、武器庫に用があった。トイズは?」


「私は、隣の資料室に……」


「なら一緒に行くか、トイズに訪ねたいこともあった」


 言って、御堂が歩き出した。トイズは一瞬呆けてから、置いて行かれないように急いでその隣につく。隣の異性の顔が見れず、視線は足下に向いている。男性と一緒に歩くというだけでも、奥手の女性からすれば勇気がいることなのだ。

 しかも、その相手が御堂となっては、トイズの顔も自然と赤くなる。


「そ、それで講師ミドール……聞きたいこととは?」


 少し、ほんの少しだけ淡い期待をして聞く。御堂はトイズの方は見ず、前を向いたまま答えた。


「明日の警備についてだ。先ほど、講師トルネーと警備について話し合いをしていたんだが、気になることができたんだ」


「警備、ですか……私にお答えできることなら」


 少し、ほんの少しだけ残念に思いながら、トイズは逆に安心してしまった。自身が考えていたような内容の質問だったら、頭が破裂してしまうところであった。

 対して、御堂はそんな初心なエルフである彼女の様子には気付かない。「ありがたい」と短く礼を言って、本題に入った。


「トイズは明日の催しでの警備などについて、いや、賊が現れていることは聞いているか?」


「それは、聞いています……帝都などでも暗躍している賊が、この学院都市に入り込んでいる可能性があるから、警戒を厳にするようにと、講師トルネーから指示されています」


「その賊について、詳細に聞いていたりは?」


「いいえ、あまり詳しくは聞いていません……ただ、私のような攻撃魔術以外を専攻にする講師も、必ず杖を携帯し、有事に備えるようにと、強く言い含められています」


「そうか……」


 それで、御堂は自分以外の講師が詳細を知っているわけではないと知った。それでも、事前に敵襲があると予期していることは、トイズのような非戦闘員にも周知されている。


(講師トイズから聞き出せるかもと考えたが、諦めた方が良さそうだな)


「お聞きになりたいことは……それだけですか?」


 どうしてだか、残念そうにも聞こえる声音のトイズに、御堂は「ああ、いや」と不審がられないように話題を続けようと努めた。


「トイズは明日の催しで警備にまわるのか?」


「いえ、私は怪我人が出たときの救護を担当します……それが本来の仕事ですし」


「なるほど、それは賊が現れなくても必要な役割だな」


「講師ミドールは、やはり皇女殿下のお側に?」


「予定ではそうなっているよ。その警護のために少し武器を調達しておこうと思ったから、足を運んでいる」


「そうでしたか……講師ミドールは名誉な役割に浮かれず、仕事を真面目にこなそうとしている……それはとても偉いことだと思います」


「褒めても何も出ないぞ――」


 この時、御堂の脳裏に一人の講師の名前が浮かんだ。自分がこうして仕事をしている時に、嫌みを言ってくる先輩講師。その姿をここしばらく、一度も見ていないのだ。


 まさか、という考えた頭を過る。思い過ごしだとも思う。しかし、御堂は確認せずにはいられなかった。


「トイズ、講師ゲヴィターを最近見ていないが、何かあったのか?」


「彼なら、少し前に体調を崩したとのことで休養を取っていますが……それが何か?」


「いや……なんでもない」


 突然の問いに顔を上げると、御堂の浮かべる表情が薄らと強ばっていることに、トイズは気付いた。


「何か……心配事でもあるのですか」


「……人手が欲しいときに、講師が一人でも欠けているというのは案外困るなと、そう思っただけだ」


 答えた御堂の横顔を、トイズはじっと見つめた。何か、嫌な予感がしているような、そんな顔をしている。彼女は御堂とゲヴィターの仲を思い出す。それだけで抽象的にだが、御堂が何を心配しているのかを感じ取った。


「……大丈夫です」


 そう言って、トイズは足を止めた。少し進んでから「トイズ?」と同じく立ち止まり、こちらに振り返った御堂に微笑む。


「確かに、講師ゲヴィターは魔術至上主義者で、頑固で、考え方も少し古いです……けれど」


 御堂はその笑みの中に、彼女の持つ同僚への厚い信頼を感じ取った。


「貴族として、講師として、教育者としての矜持は、しっかりと持っている方です……だから、講師ミドールが心配しているようなことは……ないと思います」


 言い切ると、トイズは自分の顔をまじまじと見つめる御堂に気付いた。己の勝手な想像から、御堂に変な話をしてしまったと強い羞恥心を感じ、顔を真っ赤にして俯く。


「あの……その……すいません……講師ミドールが何か、講師ゲヴィターのことで考え込んでいたようでしたので……」


 彼女の話を聞いて、御堂は後頭部を掻いて「ありがとう、トイズ」と小さく頭を下げた。


「助かった。彼もまた、学院長が選んだ講師の一人であるということを、思い出せたよ」


 改めて礼を告げると、俯いて手をもじもじとさせているトイズに「さぁ、早く行こう」と促し、御堂は歩き出す。さっきまでしていた最悪の予想は、自分の考えすぎに違いない。そう思うことにしたのだ。


 ――だが、それでも、しこりのように残った嫌な予感は、完全に消え去ってはくれないのだった。

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