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3.3.5 密約

 学徒たちからの熱い視線を浴びながら、三人はラジュリィの部屋へと向かった。人間とエルフの秀才に皇女という組み合わせは、彼ら彼女らに妄想を抱かせるには十分な材料であった。


「それでは、私はこれにて」


 ラジュリィとパルーアが部屋に入ったところでトーラレルが踵を返そうとした。


「あら、ちょっと待ってトーラレル。貴女も一緒にお話しない?」


「はい?」


「パルーア? 何を言っているのですか?」


 扉を閉めようとしたラジュリィを止めたパルーアの提案に、二人は困惑する。理由がわからないらしい二人に、彼女はいつもの悪戯好きな笑みを浮かべる


「ふふ、これから私にミドールの件で聞き出したいことがあるのでしょう、ラジュリィは……そんな大事な話をするときにトーラレルを除け者にするほど、私は人でなしではないのよ」


「ですが……」


 それでも、トーラレルは珍しく困り顔になって、家主であるラジュリィを見る。彼女は少し考えるようにしたが、諦めたように投げやりな口調で「私は構いません」とトーラレルの入室を許可した。


「どうせ、私が拒否してもパルーアがごねるだけですし、特別に許してさしあげます。お入りください」


「それじゃあ……お言葉に甘えて」


 投げやりな口調で言ってから、扉を開け放ち、さっさと入れと手で示すラジュリィ。それに応じるトーラレルも、どこかぎこちない様子で部屋に入った。

 そうして三人が部屋に消えると、周囲でそれを見守っていた学徒たちがざわざわと騒ぎ出した。


 学院内でも有名な程に犬猿の仲である二人が、皇女の指示(であるように見えた)で部屋に招かれ招き入れる。しかも、あの授け人講師について話があるという。


 これには色恋沙汰の予感を感じずにはいられない。そういった理由で、主に女子生徒が噂話を初め、盛大に尾ひれをつけたそれを広めることになるのだった。



 外ではそんなことになっているとまでは想像していない三人は、自然とそれぞれの位置に収まった。椅子には腰掛けず、扉に背を預けて立っているトーラレルと、一人で椅子に腰掛けたラジュリィ。そしてベッドに座ったパルーアは、互いに等間隔を保った状態になった。


 それが理由かは定かではないが、中々会話が始まらず、無言の沈黙が部屋を包む。丸一分ほど経ったところで、しかたなしにラジュリィが会話を切り出した。


「それで、騎士ミドールと二人きりで抜け出して、楽しそうに密会をしたことに関する弁明はあるのですか」


「声色がなんだか怖いわよラジュリィ。それにトーラレルも、そんな目で私を見ないでちょうだいな。貴女たちが私にそうする訳は、よくわかるつもりだから」


「では、やはり卑しい理由があったということですね?」


「卑しいだなんて、そんな会話はしてないわよ。ミドールも説明していたでしょう?」


「あれが本当に全てとは、とても思えないね。講師ミドールは、嘘は吐かないけれど隠し事はする人だ」


 余所行きの口調をやめたトーラレルの発言に、ラジュリィもこくりと頷いて同意する。パルーアはくすくすと笑った。同じ人間に恋をする辺り、種族は違えど似た者同士でもあると感じたのだ。


「わかったわ。それじゃあ何を話していたのか、正直に教えてあげる。だけど、ミドールには内緒よ? 私も彼に嫌われたくはないから」


 それから、パルーアはあの喫茶店での会話内容について、包み隠さず伝えた。賊に関する話以外にも、彼の本心を聞き出そうとしたことだとか、そう言ったことを話す。


「ということで、彼はまだ元の世界に帰りたいと、口では言っているのよ」


「……そういうことだったのですか」


 パルーアの話を聞いて、ラジュリィは俯いて唇を噛む。まだ彼をこの世界に繋ぎ止めておけるほど、自分という存在は重くはないのだと、再認識させられてしまった。


「ちょっと、それはどういうことなのかな」


 ここで、一番当惑したのはトーラレルだった。彼女はまだ、御堂が学院に来た真の目的までは聞けていない。何か理由があってやってきた、という程度しか知らないのだ。だから、邪魔者を排除しつつ、ゆっくりと彼との距離を縮めていこうと考えていた。


 しかし、今の話を聞く限りでは、そんな悠長にしている間に、愛しの彼は元の世界への執着を強めてしまっているではないか。慌てるトーラレルが、ラジュリィに思わず訪ねる。


「本当に、講師ミドールは帰りたいと願っているの?」


 対し、ラジュリィは口を噤んで沈黙した。代わりにパルーアが「本当よ」と、先日の夜にした会話のことも合わせて、自身の見聞きした御堂の意思を伝えた。


 トーラレルは絶望こそしないが、それでも状況はかなり悪いことを理解してしまい、考え込むように目を伏せた。どうにかして打開しなければならないが、聞く限り、御堂の意思はかなり硬いように思える。


「この件について前から知っているラジュリィはともかく。トーラレルも彼を奪い合い、お互いに牽制し合っている場合じゃないってことは、理解できたのではないかしら?」


「確かに、そうかもしれないけれど……」


「二人があんまり手をこまねいているなら、彼を引き抜いて私の近衛にしてしまおうかしら、それなら少なくとも、この世界には居てくれるし」


 そうパルーアが独り言のように呟く。すると部屋に涼しい、いや、刺すような寒さを感じる風が吹いた。ラジュリィが瞬間的に発した冷気を、トーラレルの周囲で渦巻いた風が巻き上げたのだ。それが、パルーアの頬を撫でる。


 二人の魔術師が発する明確な怒りを感じ取った皇女は、それでも頬に浮かべた笑みを消さない。


「あらあら、怖い怖い」


「パルーア、冗談だとしても、それは許しませんよ」


「そうだね。隣国でのことだとしても、僕も見過ごせないかな」


「帝国を統べる皇族に対して、こんな荒々しい直訴するなんて、余程に彼が大事……いいえ、欲しい、独占したい、手に入れたいって欲が強いということなのね」


 魔素の余波を浴びても、全く動じない彼女は、するりと手を上げて、ぱちりと指輪を打ち鳴らした。それだけで、冷気の風は瞬く間に暖められ、室内は常温へと戻った。


「でも、私は許すわ。大事な幼馴染みと、新しいお友達のお願いだから。むしろ、良い案があるから、それを教えてあげる」


「良い案……?」


 怪訝そうになるラジュリィとトーラレルに向けて、皇女はにこりと三日月のような笑みを作って、目を細めて提案した。


「彼を、“私たち”のものにしてしまわない?」


「私たち?」


「講師ミドールを、共有するってこと?」


「そうよ。一人だけでは彼をこの国に、いいえ、この世界に抑え込めない。それなら、三人がかりですれば良い。どんな手を使ってでも、彼を元の世界に戻れないくらいに堕としてしまうのよ」


「だ、だけど僕は共和国の貴族だ。殿下とラジュリィさんの二人でなら簡単かもしれないけれど、僕に利がないじゃないか」


「そんなこと簡単よ。彼を特使にでも据えてしまえば良いの。外交を司らせれば、イセカー領にも、帝都にも、イジン領にもある程度自由に行き来させられる」


「ですが、それを帝国が了承する保証は……」


「私はね、ここにミドールを見定めて、手に入れるために遣わされてきているの。だから、報告次第でいくらでも彼の居場所を用意できる。それに嘘は報告しない、彼の人柄と人の良さ、情に漬け込む巧さは、貴女たちだって知っているでしょう? 外向をするには少し脇が甘いけれど、友好のためなら、これほどぴったりの人材はいない」


 皇女が語る度に着々と、彼女の話術が少女らの心に染み込んで行く。それはどこか、狂気的な魅力を感じさせる案にも思えてきてしまう。自分たちが、目の前にいる同い年の少女に手のひらで転がされているのだと、気付けない。


「どうかしら、二人が了承してくれるなら、すぐにでもそうできるように手配するわ」


 最後に、ラジュリィとトーラレル本人から誘いに乗るように差し向ける。二人は思わず顔を見合わせる。その瞳は、迷いに迷う、感情の揺れを顕著に現していた。


 そして、しばし見つめ合った二人は口を揃えて、皇女の提案に返答した。

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