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3.3.4 備え始め

 その後、十数分だけ話をして店を出た御堂とパルーアを待っていたのは、揃って不満と不機嫌を顔に出して仁王立ちしている二人の少女だった。


 まだ待ち合わせの時間まで余裕があるのに、なぜここにいるのか、どうしてここがわかったのかと、御堂が声を引き攣らせないようにしながら聞く。答えたラジュリィいわく、偶然、パルーアを探している最中に店の前を通ったので見つけたのだと言う。


「店の奥にいたのに、よく私たちを見つけられたわね。そんなに良く観察するようなお店だったかしら」


 何かを察しているらしいパルーアが御堂に代わり訪ねると、二人は少し頬を赤らめた。店に入ってから客層を確認した御堂も、その理由がわかって、店選びを失敗したかもしれないと思った。


「私たちのことは良いでしょう。それより、人が凄く心配して探し回っていたというのに、当の本人は人の騎士と逢い引きをしていたなんて、少し酷いのではありませんか?」


「逢い引きだなんて、ちょっと二人きりでお茶をしていただけよ。ねぇ、ミドール?」


 問われた御堂も、実際それ以外に言い様がないし、会話の内容を彼女らに話す必要性も感じなかったので「ああ、その通りだ」と返す。

 そんな彼をじとりとした目付きでみていた少女たちだったが、先にトーラレルが「講師ミドールが言うなら、そうなんだろうね」と納得したように、半分諦めたように言った。


「トーラレルはやっぱり物分かりが良いわね。素直な子は好きよ」


「お褒めいただき光栄ですよ殿下」


「それで、私の大事な幼馴染みは、どうしても信じてくれないのかしら?」


「……騎士ミドールが言うことですから、彼は信じることにします」


「あら、私は信じてくれないの?」


「どうせ、貴女が彼を無理に誘ったのでしょうし、騎士ミドールに他意はなかったのは私にだってわかります。貴女がどう思って彼を誘ったかは、知りませんが」


 言って、つんとそっぽを向いたラジュリィに、パルーアは小さく笑った。彼女の言った意味がわかったのか、トーラレルは御堂の方を見て、彼が普段するように溜め息を吐いた。

 御堂だけが、三人の少女らが通じ合った内容について把握できていなかった。


「ひとまず、一度学院まで戻るぞ。ここでは人が多くて話せない」


「それは大事のようだね」


「学院で事情を説明してくれるということですね?」


「二人や他の学徒にも関係があることだ……よろしいですね?」


 自分の口から二人にも説明すると告げると、皇女はにこりと笑って「自由にしなさい」とそれを承諾する。

 御堂の口調が元に戻っていたことには、何も言わなかった。それが、お遊びの時間はここまでだと、皇女が理解している証拠だった。


 ***


 御堂らは人混みを警戒しながら予定よりも早い帰路についた。道中は特に何事もなく、学院まで戻ることができた。

 学院の門を潜ると同時に、パルーアが自身にかけていた魔術を解く。赤紫色に戻った髪色を軽く左右に振った。そこで、城内にいるはずの皇女が、門の外から現れたことに気付いた警邏の兵が、慌てた様子で駆け寄ってくる。


 御堂が簡単に事情を説明し、近衛騎士のペルーイを呼ぶように頼むと、兵は大急ぎで走り去っていった。

 それから数分して、軽装だが腰に剣を下げ武装をしている近衛騎士の隊長がやってきた。様相からして、皇女が学院を脱走していることは把握済みの様子だった。もしかしたら、これから捜索に出るつもりだったのかもしれない。


「……あまり、殿下のお戯れを助長させないで欲しいのだがな?」


 明らかに怒気がある声音と、鋭い目付きでペルーイは御堂を睨み付ける。剣を抜かれないだけまだマシか、とすら思う御堂は、素直に頭を下げて「本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げた。


「授け人、お前に皇女殿下を任せたのは、ある種の信用があったからだ。学院へ至るまでの道中で、お前の人柄や能力を表面上だけでも知り、殿下のことを一時でも頼める存在だと判断したから、世話役を一任した」


 そういう近衛騎士隊長は、頭を下げ続ける御堂の頭を見下ろして、なお言い責める。


「……ここまで聞けば、今、私が心中に浮かべている感情が察せられるな?」


「はい。謝罪して済むだけの話でないことは、重々承知しています。ですが自分には謝ることしかできません」


 対し、御堂は己の非を詫びて謝罪の姿勢を作るだけだった。言い訳の一言二言でもすると思っていたペルーイは、ほうと頬を吊り上げ、腰に下げた剣の柄に手をやった。


「では、私が近衛として直々にお前を罰すると言っても、素直に受け入れると言うのだな?」


 脅すように、かちゃりとわざと音を出して見せた。それでも、御堂は頭を下げたまま「それが必要であれば」と返事をした。まるで首を差し出すようになっている彼に、ペルーイは毒気が抜かれたと言う風に表情から険を抜いた。


「頭を上げろ、授け人。どうせ、殿下に無理矢理なことを言われて、仕方なく連れ出したのだろう。それくらいわかっている」


「しかし……」


 顔を上げて姿勢を正し、それでも申し訳なさそうにしている御堂の胸元を、ペルーイは「わからんのか」と小突いた。


「今のは気苦労をかけさせられた私の八つ当たりだ。もっとも、お前がここでたらたらとくだらん言い訳をする輩だったら、本気で剣を抜いていたかもしれんがな」


「心配をかけたこと、本当にすみませんでした」


「だから、良いと言っている。それより、先に伝達の兵に話した内容の詳細を聞きたい。話してくれるな?」


 真剣な表情になった近衛隊長に、御堂は街であった出来事と、パルーアから詳しい話を聞いたことを報告した。話を聞きながら、ペルーイは整った顔を歪め、額に皺を寄せた。


「――以上が、先にあった件についてです」


「そうだったか……いや、呼び出された際に話を聞いた時点で、そんな予感はしていた。だが、状況は最悪に近いな」


 ペルーイはこめかみに手をやって、考え込む。この後にどうするべきか、悩んでいるように見えた。十秒ほど無言の二人だったが、彼女は方針を固めたらしく、御堂の方を見て告げる。


「まずは私から学院長へこの件を伝える。お前は引き続き、殿下の周辺に気をやっていて欲しい。学院内であれば、護衛の騎士もいるが、殿下がまた気紛れを起こす可能性もあるからな」


「殿下が戯れをしないように、見ていれば良いのですね?」


「そうだ。私たちよりもお前から言った方が、殿下もまだ話を聞いてくださるだろうからな」


「わかりました。自分だけでは監視仕切れませんので、学徒のラジュリィ・ケントシィ・イセカーとできるだけ共にいてもらうよう、殿下にお願いしようと考えていますが、よろしいでしょうか」


「イセカー……ああ、殿下の文通相手だな、その方が良いだろうな。お前が世話役を手伝わせる予定だった学徒にも、協力してもらえたら心強い。とにかく、殿下から目を離さないようにしてくれ」


「はい。それともう一つ、今回の件、自分から講師主任に事を伝えたいと思います。ペルーイさんより、同じ講師の自分から説明した方が、手間が少ないでしょう」


「助かる。では、その段取りで行こう。明日の行事をどうするかは、私と学院長で話し合うことにする」


 簡単に打ち合わせをして、「任せたぞ」と御堂の肩を叩いたペルーイは、早足で城へと入って行った。


(さて、後は)


 御堂は振り返って、離れたところで待たせていた少女らの元へと向かう。


「随分と長話をしていたわね、ペルーイに何か意地悪でもされてたの?」


「いえ、今後の警護について話していただけです」


 そう言ってから、ラジュリィとトーラレルに、路地裏で何があったのか、なぜそうなったのかを説明した。話を聞いた二人の反応は、片や呆れたと口を開けて、片やはやれやれと肩をすくめた。


 更に、ラジュリィには明日の行事までは、できる限り皇女と共にいて欲しいことを伝え、皇女にも了承するようにお願いする。


「そうとなっては、しかたがありません。パルーアには私の部屋に居てもらいましょう」


「ふふ、ちょうど良いから、ラジュリィとも親睦を深めておくことにするわね」


 すっかり調子が戻ったのか、ふざけた口調の皇女をラジュリィが睨む。


「それで講師ミドール。僕はどうすれば良い?」


「トーラレルもラジュリィと一緒に、というのが良いかもしれないが、流石に三人で一部屋に寝泊まりするのは、大変だろう。三人で学院内に戻ってからは、普段通りにしていて欲しい」


「それは、私だけ仲間外れということかい?」


 エルフの少女は、そう言いながらも口元は小さく笑みを浮かべていた。御堂の考えを察して、その上で訪ねている様子だった。


「わかっているだろう、必要以上に警戒を強めると、相手が何をしてくるかわからない。だから、平然を装っていて欲しい。ただ、杖は常に携帯して、何事かあったらすぐ動けるように気構えだけはしておいてくれ」


「わかった。万が一という時は頼ってよ」


「頼りにしてるさ」


 そうして一通りの話がまとまったところで、パルーアがラジュリィの腕を取った。


「それじゃあ早速だけれど、部屋に戻ることにするわ。少し疲れたし」


「ちょ、ちょっとパルーア、何を急に」


 抗議するラジュリィだったが、パルーアは引っ張られる側の言葉を無視して、さっさと城内へ向かってしまった。トーラレルが困ったものだと苦笑しながらその後に続く。一人残った御堂は、三人が正面入り口から城内に入ったのを確認してから、講師棟へ向けて足を進めたのだった。

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