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3.3.3 確かめたいこと

 喫茶店の内装は、全体的にシックで落ち着いたものだった。使い古された道具や机、椅子だが、清掃が行き届いている。老舗の店特有の雰囲気と居心地の良さがあり、御堂はこう言った店が好きだった。


 客人の数があまり多くなく、また外の喧噪が何らかの方法でシャットアウトされているのか、店内にはほとんど響かないのも、御堂個人がここを気に入る要因になった。


 店をよく観察しながら、奥まった場所にある対面席までパルーアを案内する。そこに腰掛けると、これまた年季の入ったエプロンをつけた初老の男性、おそらくは店主が二枚のメニュー表を持って「いらっしゃいませ」と挨拶してきた。


 少なくはない品目が書かれた薄い木の板を受け取ったパルーアは、それを吟味し始める。御堂もそれに習ってメニュー表を一瞥するが、聞いたこともない品ばかりで、どれが何なのかわからなかった。


「良い店ね、中が整っているのも良いし、きちんと窓硝子に防護の魔術をかけてある。貴方、元は貴族?」


 小さく呻いている御堂を置いて、パルーアが訪ねる。店主はにこりと皺のある頬に笑みを作って、それに首肯した。


「はい、私は貴族の三男坊でしたので、学院で学んだことを活かそうと、ここに店を構えたのです。貴方方、講師や学徒の皆様には、ご贔屓にしていただいております」


「良いことね。得意だったのは防護の類なのかしら?」


「いえ、そのような大層な術は使えません。簡単な火の魔術に関する扱いと調合を少々がやっとです。窓の防護は、友人がしてくれました」


「凄い友人がいたものね、交友関係の大切さが良くわかるわ。それじゃあ注文なのだけれど、ミドールは何にする?」


 話題を切って訪ねたパルーアの視線の先、御堂はまだ表を見て悩んでいた。えっと少女と店主の顔を見て、言葉を詰まらせていた。仕方が無いので、パルーアは勝手に甘い茶の料理を二人分注文してしまう。


「かしこまりました、少々お待ちください。これは余計な一言かも知れませんが、若者が嗜む物を知るのも、講師として大事な仕事だと思いますよ?」


「……そうだな、次に来るまでには知見を広げておくよ」


 素直に小さく頭を下げた御堂に、店主はまた微笑むと、バーカウンターの向こうへと戻っていった。

 今のやり取りが面白かったのか、パルーアはくすくす笑った。


「授け人の講師も大変ね」


「知識不足が身に染みるよ。それで、先ほどの話の続きを聞きたいのだが」


「まぁまぁ、それはお茶が来てからにしましょう? せっかく二人きりになれたのだから、この短い一時を楽しまないと損よ」


「……では、ご無礼ながらも先のお説教の続きをしてもよろしいですか、殿下?」


 丁寧な、パルーアの言う他人行儀な口調に戻してそう言う。パルーアは「ミドールも案外、冗談が言えるのね」と、また微笑む。


「いえ、冗談ではありません。何故あのような愚考に走ったのか、理由をお聞かせ願えないのであれば、自分の考える推測を元に、具申させていただく次第です」


「どうしても皇族に説教がしたいの? 貴方は目上に対してそうやって、悦を得る人とは思えないけれど、頭がお堅いだけ?」


「それもまた、忠臣の役目であると、自分がいた国では古来より言われていましたので」


「それはまた、忠臣は気苦労が絶えない生き方をしている国なのね。それが当たり前の世界なのかもしれないけれど」


 呆れたように、肘をついて頬に手をやったパルーアは考える。この授け人が変なところで頑固なのは、お国柄というものなのかしら。元の世界で暮らしていたであろう御堂を思い浮かべる。


「それでも、貴方みたいな人は苦労してそうね」


 優秀な部下というのは、往々にして上司の無茶な指示や命令に振り回される。それはきっと、世界が違っても変わりないだろう。

 この世界における、上司という立場で言えば頂点に近い位置にいる皇女は、自分を棚に上げてそんなことを思った。


 なんだか、哀れみの視線を受けている気がして、怪訝そうな顔になった御堂の前に、横から茶色い液体が入ったカップが置かれた。いつの間に席まで来たのか、先ほどの店主が「お待たせしました」とパルーアの前にも同様の物を置く。


(これは、コーヒーのようなものなのだろうか)


 微かに香るのは、日本でも時折飲んでいたそれに近い匂いだった。教官の一人が好物にしていたので、日本に居た頃は良く嗅いだ、慣れ親しんだものに近かった。


「それでは、ごゆっくり」


 推測している内に店主がその場から離れる。御堂は周囲を見渡して、近くの席に他の客がいないことを確認した。

 そして、早速その飲み物を飲み始めた少女に視線で話を促す。数口、コーヒーらしき液体を口にした彼女は、せっかちねと言いたげに御堂を見てから、カップを置いて話し始めた。


「まずどこから話そうかしら……と、勿体振るほどのことでもないのだけれど」


 それから、パルーアは異邦人である御堂にも伝わるように説明した。

 帝国の中枢である帝都近辺では、貴族の子息子女を狙った拉致事件が起きていた。だが、敵の正体が掴めずにいる。その状況打開のため、皇族である自分が囮となり、帝都から出ることで、相手の出方を探ろうとしていた。そして、その拉致犯の姿に酷似した人影を追って、ああなってしまった。


 これらを簡単に説明されて、御堂は後頭部を掻いた。本人か、誰が発案したのかは知らないが、あまりにも軽率で迂闊な作戦だとしか思えなかった。

 今は話されなかったが、これらがただ、パルーアがラジュリィらに会いに行くための口実として考えたのだと知ったら、更に呆れたことだろう。


「あら、その顔は何か言いたそうね」


「こんな作戦だったのだと聞かされたら、言いたいことはかなり出る……」


 御堂は内心で、自身が思い浮かべていた推測の内、あり得ないだろうと考えていた方が的中していたことに、嘆きこそしないが、なんとも言えない疲労感を感じた。この護衛対象がそこまで生粋のお転婆娘だったとは、それを御する苦労を考えると、思いたくもなかったのである。


 とりあえず、それに関する小言を口にしようとしたが、それを遮るように、少女は小さく、御堂の耳に辛うじて聞こえるくらいの声量で呟いた。


「そう、ミドールでも、授け人でも、そう考えてくれるのね」


 その言い方に、御堂は小さく眉を顰めた。まるで、自分が彼女を心配することが、不自然なことだと言っているように感じたのだ。そんな彼に、皇女はまた一口、茶を飲んで喉を湿らす。


「今回の件、ラジュリィを救った件、トーラレルを助けた件。貴方はこの世界に来てから、色々な人のために動いてきているわね」


 突然の話題転換に、御堂は開きかけた口を閉じて疑問符を浮かべるが、構わず、パルーアは続ける。


「先日の夜にした会話でも感じたけれど、貴方はこの世界に根付かないようにしているのか、それとも逆に馴染もうとしているのか、どちらなのかはっきりしないのね」


 それは、ある種で御堂の急所、図星を突く言葉だった。閉じた口元が強ばる。その緊張した面持ちを見て、パルーアはころころと笑う。


「自分は、あくまで元の世界へ帰ることを最優先に考えて行動しています。それが今は遠回りに見られるだけです」


 思わず、元の口調に戻った御堂に、皇女はそれを指摘しない。笑みを崩さず諭すように、言い聞かせるような話し方で告げる。


「でもきっと、それは無駄なことよ、授け人。貴方は選ばれてしまったのだから、逃げる術なんてない。運命とでも言うのかしら、あるいは、神の悪戯。それに抗うなんて、伝説の存在とは言えど、所詮は一人の人間でしかない貴方に、できるはずがあって?」


「……ですが、運命は自ら切り開くものであると、自分は考えています。諦めるわけにはいきません」


 ぞくりとした感覚が背に落ちたのを感じながらも、御堂は強がるように言ってみせた。その様子の何が面白かったのか、パルーアは笑みを強めて、目を細めた。


「結局、ミドールはどうして私を助けに来てくれたの? あの二人を助けたの?」


「それは、それが自分の役目だったからです」


「役目に対する義務感? 使命感? それとも若者に対する哀れみ? 子守のつもりだったとか?」


 言い詰める彼女に、御堂は視線を泳がせてから、何かを決意したように、大きく溜め息を吐いた。それから、少女の目を見据えて、正直な想いを伝えた。


「貴女たちが、貴女が心配で仕方なかったからに決まっているでしょう」


 そう口にしてから、少しだけ顔を赤くして、御堂は羞恥を露わにした。貴族と言えども少女を相手に、何を口走っているのか。だが、


「……そう、やっぱり、ミドールは良い人ね」


 皇女はその言葉だけで、何かに満足した様子だった。それから飲むように勧められた茶色い液体は、どこか懐かしい味と、暖みの抜けたぬるさを御堂に感じさせたのだった。

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