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3.3.2 逢引

 ひとまず、御堂は倒れている男の服でナイフの血を拭った。生々しさが無くなったそれを、手早く腰の鞘にしまう。そこでようやく、自身のローブに若干の返り血がついていることに気付き、嫌悪感を感じて汚い物を扱うようにそれを脱いだ。流石に、こんな血生臭い布を持ったまま、表通りに戻るわけにはいかない。


「ミドール、その外套を貸してくれる?」


 学院の支給品を雑多に捨てるわけにもいかず、途方に暮れそうになったところで、パルーアに声をかけられた。その意図が掴めず一瞬迷うが、血が彼女の手に触れないように注意しつつ外套を手渡した。

 すると、彼女が何か念じるように目を瞑り、集中し始めた。御堂は何らかの魔術を使うのだろうかと、それをただ見ていた。


「警邏の兵に貴方を追いかけさせるわけには、いかないものね」


 そう言った彼女の手にあったローブの血痕が、見る見るうちに消え去る。物の数秒で、新品かと思うほど綺麗になった。


「……凄いですね。魔術というはそこまで便利なのですか」


「ちょっとした応用だけどね」


 パルーアはにこりと笑って答えると、はいとローブを手渡した。受け取ったそれを身に纏いながら、彼女の微笑は顔を強ばらせている自分を落ち着かせるためだと、御堂は気付いた。


「さて、まずはありがとうを言わせて、ミドール」


「いえ、先に謝罪をさせてください。護衛としての責務を果たせませんでした。せっかくのお役目を不意にするどころか、御身を危険に晒させたこと、申し訳ありませんでした」


 深く腰を折って頭を下げた。対し、パルーアは「やめてちょうだい」と言って、御堂の顔を掴んで強引に前を向かせる。御堂の顔を間近で見つめるその瞳に初めて、皇女よりも一人の人間の、一人の少女らしい感情が浮かんでいるように思えた。


「ここに誘い込まれたのは、私の失態。私にもう少し考える頭があれば、貴方なりあの二人を連れて来ることも考えられたわ。でも、私はそれをせず、挙げ句に窮地に立たされてしまった。これじゃ、権力者失格ね」


「……反省なされていると?」


「そうよ。だから……その他人行儀な話し方をやめて、ミドール。貴方が怒っているのは、よく理解しているつもりだから」


 そう言われ、御堂は腰を伸ばして姿勢を正す。先ほどよりも大きな、深い溜め息を吐く。そうしないと、身分の差を忘れた口調で、怒鳴ってしまいかねなかった。


 彼女がしたのは、それほどに迂闊な真似だった。ここで我慢しなければ、御堂はそれを咎めるために延々と説教をしてしまいそうだった。それがわかっているから、皇女はすまなそうな顔をして、御堂を見つめているのだ。


「本当に、このようなことはもうしないと、約束していただけますか?」


 皇族に対して約束を迫るとは、騎士階級の人間としてどうかと思われるかも知れない。だが、地球の日本人である御堂の心情には、その身分階級よりも前に、子供と大人という関係性が出た。付け加えれば、その目には叱りつけるような怒気よりも、庇護者を心配している憂いが感じられた。


 なので、パルーアも素直に応じることができた。


「ええ、ここにいる間は、ミドールに無断でこう言ったことをしないと誓うわ」


「わかった。だが、どういう理由で勝手に離れたのか、それは教えてほしい。今後にも差し支える」


「……そうね、ここにアレが現れたということは、貴方やラジュリィ、トーラレル……それに学院にいる学徒も無関係ではなくなってしまった。だから、伝えられることは話すわ」


 少し考えてから、パルーアは承諾した。その「アレ」というのが何なのか、それについても聞かせてもらえるのだろう。


(まぁ、十中八九、最近活発になっているという賊の関係だろうな)


 御堂の脳裏にはすでに事に関する推測が浮かんでいた。皇女が学院へ行幸にやってくることが中止になるほどの事件が、帝都の周辺で起きていることは、まず間違いない。


 問題は、そんな中でも無理矢理に皇女が学院へやってきたこと、そして今、その皇女が怪しい連中に襲われた事実。更に、皇女が口にした学徒が無関係ではなくなったという発言。この三つだ。この点と点は、簡単に線で結びつけられた。


(帝都で皇女や、貴族がこうして襲われる事件が起きていて、それから皇女を逃がすために学院へ送ったか……あるいは、無いとは思うが皇女自身が囮になりに来たか。後者はないだろうな)


 そう考え出して固まった御堂。それを見たパルーアは、さっさと彼の腕を取り、引っ張るようにして表通りに向かって歩き出した。


 引かれた方も、逆らわずに連れて行かれる。まずは、当事者に成り得るラジュリィとトーラレルも交えて、事のあらましを話すということなのだろう。御堂は思った。


「二人とは次の鐘が鳴るまでの半時後に、飲食店で合流となっているから、そこへ向かおう」


 なのでそう提案した。しかし、


「確かに、ゆっくりお話をすることになるし、こんな血生臭い場所で長話をするわけにはいかないわね」


「それはまぁそうだろう、ラジュリィたちを連れてくるわけにもいかない」


「そうじゃなくて、二人きりでお茶をしましょうって言っているのよ。相変わらず鈍いのね?」


 自身の考えていた、この後の動きを全否定された。なぜそうなるのか、態々二人きりになるのか、何を持って自分が鈍いと言われているのか、御堂はわからなかった。だが、それらを全て屈服させる「パルーアだから」という論理的ではない理由が、脳裏に浮かぶ。その上で、訪ねた。


「……どうしてか聞いても?」


「私がそうしたいからよ!」


 言って、小走りになりながら自身の腕を引く皇族が、本当に先の約束を理解しているのだろうかと、御堂は不安になってしまった。


 それでも、彼が少女に腕を引かれ、為すがままにされているのは、その腕から伝わる小さな震えから、彼女の感情に気付いているからだった。


 ***


 人混みに溢れる表通りに出た二人は、まず近くに居た警邏の兵に簡単な事情を話した。訝しげな兵に、御堂は自身のローブを証明に身分を明かす。それで相手が騎士であることを理解した兵は、慌てて礼をした。物腰が柔らかくなった彼に、路地裏で少女が襲われていたのを発見し、賊らしき男を始末したことを伝える。


 無論、襲われていた少女が皇女であることは知らせない。現場までの簡単な道順と、連れている被害者の少女は学徒であるので、学院で保護するという旨を話すと、兵はすぐに納得して、駐在所へと駆けて行った。


 その背中がすぐ雑踏に消えるのを見送って、御堂とパルーアは道の端へと寄る。人混みの中に怪しい人物がいないか警戒している御堂の横顔を見上げて、少女はくすりと笑う。


「やっぱり、口を回すのが得意なのね、ミドールは」


「……自分ではそういうつもりはないが、周りからも時折そう言われる。それで、本当に二人とは合流しないのか?」


「別に合流しないとは言ってないわ。その前に少し、ミドールと一緒にお茶がしたいだけよ」


 戯けた口調で言う彼女は、すっかりいつもの調子に戻った様子に見えた。お転婆な皇女の、ささやかな、小さいわがまま。ただそれだけに感じられもするが、彼女はずっと、御堂のローブの裾を掴んで離さない。それが、少女の本音をよく表していた。


 それを無碍にするほど、御堂も薄情ではない。後で二人から文句を言われることを覚悟した上で、提案する。


「……わかった。では、そこの店で少し話したら、すぐに待ち合わせ場所に行く。それで良いか?」


 御堂が視線で指した先には、お祭り騒ぎの中でも、ぽつりと静かな空気をまとっているように見える喫茶店があった。人でごった返しているよりは、警護がしやすいし、一般人に話を聞かれる心配も少なくて済みそうだという理由で選んだ。


 パルーアの方も、その店を見るなり「あら、ミドールも良い感性をしているわね」と、気に入ったように目を細めた。

 このとき、周囲に気を配るばかりで御堂は気付いていなかったのだが、窓から覗く店内には、二人組の男女で構成された客しかいなかった。

 その点が良かったのか、少女は上機嫌で御堂の腕を抱いて、そう言った仲であるかのようなポーズを取る。


「逢い引きには物足りないけれど、最初にしては上出来の案ね。流石は深海の真珠と共和国のエルフを落とした色男」


「その言われ方は、あまり嬉しくないぞ」


 まるで女誑しだと言われているような気がして、御堂は眉間に皺を寄せた。


「誇っていいのよ? 私が本心から人を褒めるなんて、そうはないのだから」


「褒め言葉だったのか……?」


 そんな会話をしながら先を歩いた御堂は、喫茶店の扉を開けると、パルーアを店内に招き入れる。エスコートされる形になった少女は、それがまた面白いらしく「様になってるわよ」と言って中へ入る。


 扉の上についていたドアベルが、金属の衝突音を鳴らして、珍客を歓迎した。

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