3.2.3 意思確認
御堂の部屋に現れた皇女パルーアとラジュリィは、ベッドに座らされて揃って素直に「ごめんなさい」と頭を下げた。
身分が遙かに上である相手に謝罪を迫るなど、普通によろしくないことだろう。説教の途中で冷静になった御堂はそう思ったが、ここまでやってしまったら、もう最後まで突き通した方が良いと判断した。
話を終えて「以後、お気を付けください」と締め括った御堂は、ここに近衛騎士がいたら命が無かったかもしれなかっただろうことを考えて、こめかみに手をやって額に皺を作った。
「ふふふ、この歳で殿方から注意を促されるだなんて、思ってもみなかったわ。とても新鮮な気分ね」
「ミドールは誠実な方ですから、こちらに間違いがあれば、いつだって正してくれます。感謝もしなければなりませんね」
「……お二人とも、失礼を働いたことは深くお詫びします。なので今のやり取りは忘れていただけないでしょうか」
「駄目よ。この第一皇女が一介の騎士、それも異邦人に叱責されるなんて貴重な体験を、忘れられるわけがないじゃない。貴方との思い出にしておくわね?」
「み、ミドールとの思い出にするのは私です! パルーア殿下は犬に噛まれたと思って忘れるべきです!」
「……本当に勘弁してください、お願いします」
深く腰を折って許しを請う御堂に、少女たちはくすくすと笑った。皇族と貴族とは言っても、二人は年頃の乙女でもあったので、興味と好意のある殿方を、少し困らせてみたくなるものだ。
「して、殿下は何用があって、こんな夜更けに自分を訪ねて来られたのでしょうか」
気を取り直して、木製の椅子に尻を置いた御堂が問う。これにはラジュリィが先に答えた。
「どうしても、パルーア殿下がミドールと二人で話がしたいと仰るので、連れてきたのです」
「ラジュリィ、説明は有り難いけど、その接し方は禁止と言ったはずよ? 二人でいるときは昔と同じようにするって約束じゃない」
「……ここにはミドールがいますから」
「将来は貴女の身内になるんだから大丈夫よ。それにさっき、思い切り素で喋ってたでしょうに」
勝手に自身の将来を決めつけられたことに、御堂が抗議するか迷っている前で、ラジュリィは頭を振り、観念したように目を伏せた。
「わかりました……それでパルーア、ミドールとしたい話とはなんなのですか? 早く済ませてください」
「私、二人きりで話がしたいって言ったのだけれど、忘れちゃったのかしら」
「そんなこと、私が許すわけが無いでしょう。怒りますよ?」
隣に座るパルーアに顔を向けて、至近距離で鋭い眼光を飛ばすラジュリィ。皇女は一切気にした様子もなく、ころころと笑った。
「あらら、怖い怖い。でもどうしようかしら、私はこの素敵な騎士様と、ゆっくりじっくりお話がしたいのだけれど」
笑いながら挑発するので、ラジュリィの目がすっと細まった。交友があったと聞いていたはずなのに、度々と一触即発の雰囲気になる少女たちだった。これには御堂も流石に呆れて、話を促すために口を挟むことにした。
「殿下、お話がありましたら聞きます。ですが機密事でもないのなら、ラジュリィさんの同席をお許しいただけませんでしょうか」
「それはどうして? ラジュリィが貴方の主人だから?」
「話が進まないからです」
それを聞いて、パルーアは口元を抑え、腹を抱えるようにして、声を堪えるように笑った。しばらくすると落ち着き、じとっとした目で自身を見るラジュリィと、呆れが隠せない表情をしている御堂を交互に見て、「ごめんなさいね」と謝った。
「皇女を前にしてるというのに、本当に面白い方ね。授け人というのは皆、こうだったのかしら」
「して、話していただけますか?」
「そうね、仕方ないから、ラジュリィも一緒に聞いててちょうだいな」
言って、二人が姿勢を整えたのを確認してから、皇女は話し出した。
「授け人ミドール。宿や道中では聞かなかったことを、貴方に尋ねるわ。何の話かは、察しがついてるかしら」
「授け人について、でしょうか」
「そう、あのときにも私の目的を言ったけれど、実はもう一つ、私は皇帝陛下から頼まれていることがあるの……」
そこで、パルーアは顔を近づけるように前屈みになると、御堂の顔を真っ直ぐ見据えた。柔和で楽しげな笑みを浮かべた、宝石のような瞳が、男の視線を捕らえて離さない。
「ミドール、貴方。この帝国に骨を埋める気はない?」
「……それはつまり、元の世界に帰るなということですか」
「そうとも言えるわ。この世界に……いいえ、この国で、一生を過ごさないかって聞いているのよ」
単刀直入な問いに、御堂は少し返答に迷った。自身の中にある答えは決まっているが、それを正直に口に出すべきかどうか、思案した。
それを御堂が迷っているのだと受け取った皇女は、背を戻して目を細めるように笑みを強める。
「ミドール、貴方自身が思っているよりずっと、授け人は……というよりも貴方自身は、貴重な存在なのよ。更に言えば、貴方の主人であるラジュリィが考えているよりも、皇帝陛下は貴方の力を重く見ているわ」
この国のトップにまで、自分のことを知られていることに、御堂の心中は驚きが半分あった。残り半分は、そうだろうなという落ち着きだ。技術力や知識を持ったわけでもない若者に、大きな興味関心を抱くとは思っていなかった。もし、そうではなかったとしても、決して好意的なものではない。御堂はそう推測していた。
「そこまでなのですか? 皇帝陛下が授け人であるミドールに、そんな期待を抱いているなんて、知りませんでした」
疑問符も浮かべない御堂に代わって、ラジュリィが疑問の声をあげた。
「それはそうね。だって、陛下はミドールに期待してるわけじゃないもの」
「では、どういう……?」
「簡単な話よ。危険な猛獣が他国に飼い慣らされてしまう前に、自分で捕まえて檻に入れておいた方が、危険がないでしょ」
「……は?」
これに声を漏らしたのは、御堂ではなくラジュリィであった。自分の耳を疑うように、親友の言葉が信じられないかのように、困惑したように、瞬きを数回した。
対し、御堂は予感が当たったと冷静であったし、パルーアは言い放った言葉とは裏腹に、笑顔のままだった。
「パルーア、それは貴女自身の考えなのですか?」
「私の考え、というよりは、皇族としての考えよ。私個人が考えているという風にも、聞こえたかもしれないけど」
「……それで、ミドールを篭絡しようと?」
「ふふ、どうかしらね」
ここに来て白を切るパルーアの態度を見て、不味いと思った御堂が動くのは早かった。おかげで、皇女に向けて手を振り上げていたラジュリィの腕を掴むことができた。
「っ! ミドール!」
「それはいけません。貴族であるならば、暴力に訴え出ることの愚かしさは、お分かりのはずでしょう」
諭すように告げた御堂を見上げる彼女の目尻には、強い怒りと悲しみを表すように涙が浮かんでいた。掴んでいた腕から手を離し、屈んで視線を合わせる。
「自分は大丈夫ですから、怒りを抑えてください。それに、この話はまだ確信に触れていないと感じました」
「本当に察しが良いのね、本当に檻へ入れて、私のものにしちゃおうかしら」
「殿下も、あまりラジュリィさんを刺激しないでください。話がまた進まなくなります」
「ふふ、それはごめんなさい。ラジュリィも、悪い冗談を言ってしまってことは謝るわ。許してくれない?」
「……次はありませんからね」
なんとか場が収まったのでほっと一息を漏らすと、御堂は椅子に座り直した。改めて、パルーアが話を戻すように、御堂に再度尋ねた。
「ミドール、答えを聞いても良いかしら」
「自分の目的は、あくまで元の世界へ帰還することです。この世界で一生を過ごすつもりはありません」
はっきりと、御堂は答えを言い切った。それを聞いて、わかっていたことでも辛いのか、ラジュリィは唇を噛んで視線を反らす。対し、パルーアは「ふーん」と、どうでも良さそうだと感じられるような反応をした。本気だと思っていないのか、できると思っていないのか、そんな風だった。
「それが貴方の意思、ということかしら」
確かめるように言う皇女に、御堂は頷いて答えた。例えどちらだろうと、御堂は考えを変えるつもりはない。そう表明するように、皇女の目を見返す。見れば、パルーアの目が一人の少女のそれから、皇族にして絶対権力者のそれに変化したように錯覚した。
年齢不相応な冷酷さが宿っているように思えて、御堂は手のひらに汗をかいた。初めて、目の前の少女が皇女であることを正しく認識できたからか、嫌でも緊張する。喉が乾いた気もした。
そんな御堂の内心を見透かしたかのように、パルーアは口元に柔らかい笑みを作った。捕食者のする表情だった。




