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3.2.1 学院の歓待

 御堂らが皇女を連れて街を出て二日後。想定されていたよりも一日早く学院へ到着した。それにも関わらず、学院都市はしっかりと歓迎の準備がされていた。皇女らに先立って街を出ていた早馬が知らせていたからだ。


 学院都市の城門をくぐり馬車が入ると、道路の両脇には大勢の人だかり、人垣ができていた。皇女を一目見ようと、住民が集まって来ている。大した人気だと、馬車の後ろを進むネメスィの中、御堂は感嘆した。


 誰が用意したのか、花吹雪さえ舞う中を進む馬車の窓から、皇女が微笑んで手を振っている。列の先頭を進む金色のウクリェも、このパレードを盛り上げようと剣を抜いて、頭上に掲げた。


 それで更に沸き立つ群衆を見て、御堂はこの帝国における皇族の評価を知った。


(ラジュリィを連れてイセカー領を歩いたときもそうだったが、帝国というのは、支配者に恵まれている国だと思えるな)


 実際、この国で過ごしている間、皇帝や支配層に対する不満や不平と言った声を、御堂はあまり耳にしなかった。例え厳しく言論統制されていたとしても、人の口に戸を立てることはできない。それでも話を聞かないというのは、つまりそういうことだろう。


(あるいは、俺が関わった支配層が、そういった貴族ばかりなのかもしれないが……)


 それはそれで、幸運には違いない。御堂は教え子で貴族のトーラレルが、サービス精神を表すようにイルガ・ルゥで剣を抜いて掲げ、群衆を湧かせているのを見て、ネメスィにも一応、手を振らせるくらいはさせたのだった。


 ***


 普段通るよりも長く感じた街通りを抜けて、学院の正門が開く。こちらでも皇女歓迎の催しがあった。

 開いた門から中をうかがうと、学院にいる全学徒であろう、紅と紺のマントで左右に分けられた学徒らがずらりと整列していて、馬車と魔道鎧が通る道を作っていた。講師らも、また同じように並んで立っている。


 皇女の馬車が敷地に入ると、彼ら彼女らが一斉に腰の短杖を抜いて掲げる。衣擦れの音が小気味よく重なった。


 学院の城前、玄関には学院長のクラメットが出迎えていた。

 馬車が停車すると、従者が駆け寄ってきて、馬車から玄関までに深紅の絨毯を敷き詰めていく。その中に、知り合いであるローネとファルベスの姿があったので、まるでアニメか映画の中の世界だと見ていた御堂は、現実に引き戻された気になった。


 とかく、ウクリェとイルガ・ルゥが横に退いて、足下の人々と同じように整列したのを確認してから、御堂も自身に任せられた仕事をするために機体を動かした。


 白い機体が列から外れて、馬車の隣に膝を着く。その乗り手が魔無しだと知っている学徒らは、何が起きるのかと落ち着かないようになった。顔を見合わせる学徒の前で、御堂がネメスィから降りる。


 皇女が降りる準備が整うと、近衛騎士がウクリェの拡声器越しに、大声をあげた。


『帝国が皇女、パルーア・マトゥーラ・ファローレン皇女殿下、おなーりー!!』


 その宣言を聞くなり、御堂が馬車の扉を開けて、中から降りてきた皇女の手を取ったので、学徒らは一斉に、声量を抑えてざわついた。


 皇女の方もまるでお付きの騎士にするように、御堂に手を任せて、学院長の方へと優雅に歩いて行く。


 見れば、御堂の服装も、普段着ている迷彩服ではない。騎士が着ているような、この国の正装であった。動きもぎこちなさがない、自然な動作で皇女をエスコートしている。

 少なくとも見た目は良い御堂がそうしていると、本物の近衛騎士にすら見えてしまう。普段は彼を小馬鹿にしている学徒らも、思わずお似合いだと思えてしまった。


 二人が歩く中、講師らが静まるように注意しても、学徒らのざわめきは収まらなかった。自身を連れている御堂が、この学院でどういった扱いを受けているかがよくわかり、パルーアはくすりと笑いがこぼれるのを抑えきれなかった。


 これを誤魔化すために花のような微笑をつくって、学徒らの方に手を振ってみせる。魔無しの授け人を嫌がっている様子もない。自分たちが馬鹿にしていた存在が突然、遙か高みのものになってしまったような、そんな感情を抱く学徒が多数だった。


 その中には、皇女の幼馴染みにして、御堂の主人であるラジュリィもいた。

 彼女はパルーアが人の騎士を出迎えに使った上に、御堂をまるで自分のものだと言う風に連れ歩いているのが、何よりも気に入らないのだ。


 わなわなと震えている彼女の怒りっぷりは、怒気が形になったように周囲の魔素を反応させている。ラジュリィが立っている場所だけ、真冬のように温度が下がっていた。


「ら、ラジュリィさん落ち着いて……」


 隣にいる女生徒が小声で嗜めるように言うが、ラジュリィは作り物のような、ある意味では美しい表情を浮かべたまま黙っている。代わりに、冷気がさらに強くなった。周りの学徒は半泣きで、整列をできる限り崩さないように距離を取る。これ以上この人が怒れば、自分たちは氷漬けにされてしまうのではないかという恐怖があった。


 そんな状態のラジュリィが目立たないわけもなく、パルーアもそちらに気付く。すると、何を考えているのか、皇女はより一層の笑顔になって、御堂の手を握り返して小さく上げる。誰がどう見ても、それは挑発であった。


「ひっ……」


 隣にいた女生徒が、怯えて声をもらした。見れば、ラジュリィの顔から表情が抜け落ちて、能面のようになっているのだ。思わず後退った学徒の足に何かが当たる。恐る恐る足下を見れば、鋭い氷柱が生えていた。


 流石にまずいとラジュリィを注意しようとした講師もいたが、怒りの矛先が自身に向くのを恐わくなってしまう。そして、触らぬ神に祟りなしとでも言うように、目を逸らして無視することにした。


 学徒らの一部でそんな修羅場が発生している中、皇女と御堂は学院長の前に着く。御堂が手を離して後ろに一歩下がって膝を着く。それを待って、クラメットがまず礼をした。


「相変わらず、お戯れが過ぎますな、パルーア殿下」


「素敵な騎士に出会えたので、相応の役割を与えただけですよ、学院長殿」


「やれやれ……彼の者がここではどういう立場か、殿下ならばご想像できますでしょうにのう」


「だから、面白くなるようにしたのですよ」


「……本当に、殿下はお変わりないですな」


 とんがり帽子の下で呆れ顔になったクラメットに、パルーアはくすくすと微笑で返す。後ろでその会話を聞いていた御堂は、深い溜め息が出そうになって、抑えるのに苦労した。


 これをまた、ラジュリィとは別の意味で複雑な心境で眺めている少女がいた。イルガ・ルゥに乗っているトーラレルである。


(どうなるかと思ったけど、案の定と言ったところかな……)


 学徒らの動揺を見下ろして、トーラレルはこの後に御堂が被害を被るであろう騒動を想像して、かわいそうにと同情した。そして、彼女はここに向かう道中の二日間、皇女のパルーアが近衛騎士の制止を無視して、御堂にしつこく付きまとっていたのを思い出す。


 今、下で起きている出来事の発端はその道中での出来事だった。途中の湖で休息を取っていた際、水浴びをしていた御堂をこっそり覗き見した(この時、それを聞いたトーラレルが激怒しなかったのは、軍人として育てられた理性のおかげである)というパルーアが言い出したのだ。


 どういう思考からそうなったかは誰にもわからないが、御堂を自身の従者のように立ち振る舞わせたいと、無茶な要求をし出した。


 これには近衛騎士も、御堂本人も、トーラレルも反対した。それでも皇女殿下はそうしたいと言って譲らない。それから数時間の口論の末、誰も彼女を説得することができなかった。御堂が折れて、「わかりました」と口に出してしまったからだ。そして、彼に体格が近い近衛の制服を着させて、皇女の手を取らせるということになったのだ。


 それを見て、学徒の列中で激怒しているラジュリィを見ていると、トーラレルは逆に冷静になれた。それでも、面白くない状況だと内心では不平不満を募らせている。だが、相手が一国の皇族では文句など言えようもなく、こうして座視するしかなかった。それがなおさら、彼女の神経を逆撫でした。


「まったく……ミドールも罪な男だね」


 トーラレルは、皇女にすら気に入られる容姿と実力を持った思い人に対し、ちょっとは己の魅力を抑えられないのかと、催しが終わり次第に理不尽な不満をぶつけることにしたのだった。

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