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3.1.8 謁見の酒場

 女隊長が宿場の大きな両開き扉を開き、御堂とトーラレルへ中に入るよう促す。宿場だと思っていた店内は、広い間取りの酒屋になっていた。奥にはバーカウンターと酒らしき瓶が並ぶ棚が見える。天井にはシャンデリアがあることから、相当に高級な店舗なのだろうと、御堂は察した。


 しかし、そこには酒を嗜むであろう客も、接待をする店員もいなかった。その代わり、椅子と机を脇に退かして作られた空間がある。その中心に、豪華な造りに見える椅子に腰掛けた少女がいた。その脇には長剣を携えた男が二人、御堂とトーラレルに鋭い視線を向けて立っていた。


 その佇まいから彼女こそが、件の皇女殿下であることは、異邦人である御堂にもすぐにわかった。

 容姿から見るに年齢は十五、六といったところで、人形染みて整った顔の造形が、どこかラジュリィに近いように感じる。だが背はそれより少し低いだろう。その背丈に反して、女性的特徴が少女らしさよりも大人らしさを強く主張している。灯りを反射する赤紫色の髪が、妖艶さを強調していた。


「殿下、授け人とそのお連れをご案内しました」


「ありがとう。こちらへ」


 皇女の視線が二人に注がれる。来いと言われて、トーラレルが一歩前を行く。御堂はその後ろに続いた。先に行かせたのは、御堂はまだ正しい皇族との距離感を掴めていないからだ。知識はあっても、実践したことがない。そのことを、互いにわかっているからだった。


 皇女の前で足を止め、二人は膝をついて片手を胸にあてる。まず、トーラレルが口を開いた。


「共和国、イジン家が長女、トーラレル・アシカガ・イジンです。謁見の場を与えていただき、光栄でございます」


「イジン家の威光と貴女の優秀さは、帝国でも聞き及んでいます。まだ若いと言うのに、立派なことです。共和国も優秀な次世代を持って、今後も安泰と言えるでしょう」


「身に余るお言葉、ありがとうございます」


 普段のトーラレルがする口調とは違う、しっかりと礼儀を弁えた、貴族としての話し方だった。流石は貴族令嬢をしているだけはあるなと、御堂は関心してしまった。立ち振る舞い方の参考にもなる。


「して、そちらの殿方、授け人も名乗ってくださいませんか?」


 催促され、御堂は自己紹介のタイミングを外したかと一瞬、焦ったが、冷静に舌を回す。


「イセカー領の騎士、御堂 るいです。この世界ではただのミドールと呼ばれています。お目通しの機会をいただき、光栄に思います」


 イセカー領で教えられた通りに、短く挨拶を済ませる。その淀みない態度に、皇女は一瞬、意外そうに口を開いたが、すぐに微笑みに変えた。


「そう、噂に違わず、素敵な御仁ですね。貴方のイセカー領における活躍は、帝都にも知らされていますよ」


「恐縮です」


「私は帝国が第一皇女。パルーア・マトゥーラ・ファローレン。短い間ですが、よろしくお願い致しますね、ミドール」


 そう名乗ってから、パルーアが椅子を立った。脇にいた近衛が、打ち合わせにない突然の動きに、怪訝そうな顔で見合わせる。それを無視して、彼女は御堂の前まで来ると、自然な動作で左手の甲を差し出した。


「で、殿下! それは……!」


 入り口で控えていた隊長が声を上げるが、皇女は微笑むだけで無言だった。何事かと顔を上げた御堂は、目の前にある華奢な手に、何をするべきかを頭に想像させた。だが同時に、それが異世界でも通じる礼儀にあたるのか、判断にかなり迷った。


 まさか、皇族から手を差し出されることになるとは想定していなかったのだ。イセカー領にいたときも、ここまでの予習はしていない。そも、近衛騎士にはああ言ったが、本当に基礎しか教えられていないのが実際のところで、正しく想定外の出来事だった。


(トーラレル……!)


 こういうときこそ、この世界の貴族であるトーラレルに確認を取りたい。けれども、彼女は前を向いて俯いたままだ。状況は把握しているが、だからと言って、許しもなく振り向いたりはできない、そういうことだろう。

 どうするべきか、御堂は三秒弱固まって、意を決した。


(ええい、ままよ!)


 皇女の差し出した手を恭しく迎え、その甲に軽く口づけをする。地球で言うところの、中世の騎士が女性に対して、忠誠や尊敬を表すための作法だ。

 どうだ、と御堂は思わず、上目遣いで皇女の表情を窺う。その仕草が面白いのかどう思ったのか、パルーアは小さく笑った。


「ふふ、結構です。この世界に馴染んでおられですね、授け人は」


「……ありがとうございます」


 皇女が御堂の返しに、満足そうな笑みを浮かべた。手を戻し、椅子へ座り直したのを見送り、御堂は内心で胸を撫で下ろした。地球でのマナーがそのまま通じて、命拾いした気すらした。だが、今のやり取りに間違いはなかったというのに、御堂の背中に痛いほど殺意が突き刺さっていた。


(余所者が皇族に手の甲を許される、というのは、近衛からすれば許せないことか)


 すぐにそうだと察せられるだけ、御堂も理解が早い。正にその通りで、近衛騎士は授け人の武功は認めていても、それだけで皇女のお近づきになるということまでは、認めていない。そうしようとする不敬の輩をこれまで排除してきたのが彼女だったのもある。


「さて、改めて、バルバドの群れという厄災から私を、この街を救ってくれたこと、感謝致します。貴方たちがいなければ、ここにいた全員、無事では済まなかったでしょう。授け人が私の思った通りのお人であったこと、喜ばしく思います」


 その物言いから、彼女は御堂がバルバドの群れへと立ち向かうことを、事前に予見したように聞こえた。


 御堂がやってきたのと襲撃が重なったのは偶然のことだろうに、授け人たる御堂を無条件に信用していたのか、何か確信めいたものを持っていたか。どちらかと言われれば、後者が正しいように御堂は思えた。


 でなければ、プラス思考が過ぎる、ただの楽観主義だ。御堂はこの世界で過ごし、貴族と接する内に、そうした愚かしい人物と、そうではない聡明な人物の違いが、なんとなくわかるようになっていた。この皇族は間違いなく、頭が働く側の人間だった。


「お二人に何か褒美を、と言いたいですが、学院への行幸に向かう身ではお渡しできるものもありません。なので、帝都に戻った暁には皇帝陛下へその献身の程を伝えておきましょう」


「ありがとうございます」


 トーラレルが答えて、御堂は黙礼するに留まった。変に返答をすると、後ろにいる虎の尾を踏んでしまうかもしれないと思った。


「それでは、この宿場に部屋を取ってありますから、お二人は戦いの疲れを癒やしてください。明日にはここを立たねばなりませんから……ペルーイ、案内を」


「はっ、かしこまりました」


 ペルーイと呼ばれた女隊長が、御堂とトーラレルの脇に来て「ご両人、こちらへ」と先だって、階段の方へと歩き出す。


(……学院で聞いていた印象とは、丸きり違うように見えるな)


 とても騒動屋、トラブルメイカーのお転婆娘とは思えない。絵に描いた皇族とも言えるべき人物像が、御堂がパルーアに感じた第一印象だった。


 そう考えている間に、トーラレルが静かに立ち上がり、すぐにペルーイの背を追う。置いて行かれそうになって、少し急いで御堂も立つと、ついていこうと足を動かす。そのとき、ふと皇女の顔が視界に映った。


 そこには、先までのように皇女らしい淑女の笑みとは違った、悪戯っ子がするような薄笑いがあった。


「……まさかな」


 嫌な予感が脳裏を横切って、御堂は否定するように口の中で呟いた。

 だが、階段を上がって行く御堂を見るパルーアの口元には、面白い玩具を見つけたときの子供がするのと同様の笑みがあったのだった。

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