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3.1.7 近衛騎士

「殿下は何をお考えなのだ……!」


 帝国の皇族を守護する近衛騎士団。その所属を意味する、金色の塗装と装飾がなされたウクリェの中、搭乗席で歯噛みしている女性がいた。彼女は、今回の皇女行幸における護衛を皇帝より任された騎士で、部下七人を従える隊長格でもあった。


『ですが隊長、あの数が相手では……』


「臆するな! それでも役目を達成するのが近衛だろうが!」


 街へ向かってきているバルバドの群れを前に、弱気腰になっている部下を叱咤する。だが、部下のそれもしかたのないことだった。いくら自分たちが帝国の精鋭中の精鋭と言えども、バルバドの群れという災厄に近い存在を、これだけで止めろとなれば、それは死んで来いと言われたのと変わりない。


 ならば、少しでも皇女が逃げる時間を作るため、街の外へと打って出る方が良い。だが、皇女はそれを良しとしなかった。貴重な術士である近衛を無駄死にさせることを嫌ったのもあったのかもしれない。けれども、それよりも決定的な判断を下したと見たのは、ある報告を受けたときだった。


 見張り用の高台にいた近衛兵が、バルバドの接近より先に「森の方から街へ近づいてくる、風変わりな白い魔道鎧がいる」と報告していたのだ。

 これの直後、バルバドの出現も知らされた皇女は、少し考えるようにしてから、近衛隊長である彼女に一言こう告げた。


「街に入ってくるまで、バルバドの相手は無用です。その代わり、部下に命じて、急ぎ住民を避難させなさい。貴女は物見矢倉からでも、バルバドの動きを監視していればよいです」


 何を馬鹿なと反論しようと表情を険しくした隊長に、皇女は更に付け加えた。


「貴女をこんなところで無駄遣いしたくありませんし、何より、見物していたら面白いものが見れるかもしれませんよ?」


 そうして、皇女の真意も知れぬまま部屋を後にした隊長は、命令を半分破ることにした。隊の半数を避難誘導へ向かわせ、残り半分を引き連れて街の入り口付近へと来たのである。


 隊長は考える。皇女の反応を察するに、森からやってくるという白い魔道鎧。あれがバルバドをなんとかするということに思えた。しかし、相手は一体だけでも二等級の鎧が数体でかからなければならない、正真正銘の化け物である。それが群れているのでは、勝ち目があるようには思えない。


 逃げずに義憤に駆られて群れに突っ込めば自殺行為。恐れをなして逃げるのが関の山だろう。そう予想していた。その予想通りだったときのため、こうして待機しているのだ。


『隊長、例の白い鎧と、緑の鎧が森から出てきました……馬鹿な、群れに突っ込んでいきます!』


「なんだと?」


 部下の報告を疑い、隊長は望遠で群れの横方向を見やる。そこには確かに、群れへ向かって駆け出す二体の魔道鎧の姿があった。


「死ぬ気か? 援護に――」


 部下に突進を命じようとしたそのとき、隊長は唖然として言葉を失った。白い魔道鎧が背負っている翼を羽ばたかせた直後、信じられない速度で急加速したのだ。そして、群れの先頭にいたバルバドへと腕を振り切ったかと思うと、次の瞬間には怪物の頭が飛んでいた。


「今の速度はいったい」


『隊長、どうしますか? 加勢に……』


 部下が言い切るより先に、轟音が鳴り響いて、その場にいた全員が驚いて身を竦めた。辛うじて目を離さないでいた隊長は、白い鎧が翼から放った光が、数体のバルバドを薙ぎ払ったことだけわかった。


 そこからはもう、一方的な害獣処理であった。後から駆けつけた緑の鎧の働きもあって、自分たちが出て行く暇も与えられず、バルバドの群れという災厄は駆除されてしまった。


「あれが、殿下の言っていた面白いものだと言うのか」


 皇女がどこまで予見していたかはわからないが、自分たちが出て行って、あの二体の戦闘を邪魔することにしかならなかったかもしれない。結果だけ見れば、皇女がした采配は最良とも言える。それでも、


(あの鎧が出てきてくれなかったら、大変なことになっていた……殿下にはもう少し、想定外というものが存在することを、お考えいただくように言わなければな)


『どうしますか』


「……殿下と街をお守りした英雄だ。出迎えてやるのが筋だろう」


 辺りを見渡して残敵がいないことを確認したのか、街へ歩き始めた白と緑の魔道鎧を迎えるため、部下を引き連れてウクリェを動かし始めた。


 ***


 御堂とトーラレルの二人は、金色のウクリェ三体に案内されて、街中を歩く。最初に「ついてこい」と言ったきり、ウクリェの乗り手は無言であった。


(どうにも、歓迎されていない気がするのは、思い過ごしだろうか)


 もしかすると、武功を立てる機会をこちらが奪ってしまったので、気を悪くしているのかもしれない。こういうときはトーラレルに相談して、今後の対応を定めておきたいと考えてしまう。だが、通信機ではなく拡声器でしか会話ができないのでは、その機嫌が悪いように見える相手に、相談内容が筒抜けになってしまう。


 通信装置がないために、内緒話ができないというのも、中々に不便だな。と、御堂はヘッドマウントディスプレイを外した後頭部を軽く掻いた。モニターに映る、前方を行く金色と緑の魔道鎧を見比べて、どうにもやりにくいと感じてしまう。


 なお、並んで歩く魔道鎧とAMWの一団を見上げる住民たちは、ウクリェとは対照的に御堂らへ歓待の意を示すように手を振ったり、歓声をあげたりしていた。

 そんな賑やかな中を歩く途中、トーラレルが突然に訪ねた。


『貴方たちは帝国の近衛騎士だとお見受けするけど、なら、ここに皇女殿下がいるということだね?』


『その通りだ、学院の学徒。少し手狭ではあるが、皇女殿下には宿で休みを取っていただいている。そこへお前たちを案内するよう、殿下から言われている』


『ちなみに、さっきの戦いで加勢しなかったのは、何か理由があるのかい?』


『……殿下からのご命令だ。そうでなければ、お前たちの手を煩わせることもなかった』


『なるほどね』


 突然、トーラレルとウクリェの乗り手、帝国の近衛を名乗った女性が剣呑な会話を始めたので、御堂は少し焦った。流石に無神経が過ぎると口を出そうとしたが、その前にイルガ・ルゥが振り向く。


『ああ、大丈夫だよ講師ミドール。相手も大して気にしていないさ』


「……本当か?」


 外部音声をオンにした御堂が聞くと、代わりに近衛の女性が答えた。


『少し優れた鎧を授けられただけの学徒が言うことだ。こんなことで目くじらを立てたりしない』


 その言い草が、どうも気にしているようにしか思えず、御堂は冷や汗をかきそうになった。ひとまず、このままでは互いのためにならないので、弁明を入れることにする。


「申し訳ない。自分の教え子が失礼をしました。許してください」


『ほう、お前は講師だったのか。実を言えば、お前に関して我々は多く聞いていない。だからてっきり、学院に雇われた護衛なのかと思った』


 御堂が下手に出たからか、隊長は口調から刺々しさを取り払うと、そんなことを言った。御堂の方も、確かに自分の能力的には、講師などよりそちらの方が向いていそうだ。と思った。


「一時的にですが、そういうことをしています」


『授け人が我々に教えることも、過去にはあったようだし、そう珍しいわけでもない。それよりは、お前の腕で学院などに収まっている方が意外だ。なんなら、我が近衛に推薦してやりたいと思えた』


『……講師ミドールは、講師としても素晴らしい人だよ。帝国なんかに引っ張られて行くよりも、ずっと良いはずさ』


「トーラレル……冗談にあまり噛み付くんじゃない。失礼だろう」


『いいや、冗談などではない。割と本気だ。最近は人手不足でな、身元がはっきりしていて腕が立つなら、大歓迎だ』


 これには返答を窮した。本気で引き抜きなどかけられていたとしたら、対応に困る。御堂がどう返事をするべきか考えていると、金色のウクリェが足を止めた。


 見れば、街の大通りに面するように、周囲の民家の倍近い大きさの建物があった。宿場か、酒屋のような佇まいをしている。御堂はその造りからして、かなりの高級店であると判断した。


(皇族を迎えるなら、当然と言えば当然か)


 まず、会話をしていた女性の脇にいたもう二体のウクリェが建物の前で跪き、降車姿勢をとった。それに習って、イルガ・ルゥが同様に膝をつく。御堂も続こうと建物に近づいたとき、立ったままのウクリェが聞いてきた。


『一応、念のために聞いておくが、授け人は皇族を前にしたときの礼儀作法を身につけているか?』


 少し意地悪なニュアンスが含まれた問いだった。御堂は小さく溜め息を吐いて、機体に降車姿勢を取らせながら返答した。


「この世界に来て、いの一番に身につけなければならないとやり出したのが、礼節についてでしたよ」


『結構、安心したぞ授け人。久々に私の剣が血を吸わなくて済んだ。殿下に無礼を働いた者を斬るなどという雑務、近衛騎士としては避けたいからな』


 ウクリェの丸っこい頭部の向こうで、女性がにやりと笑みを浮かべたのを、御堂は感じ取っていた。

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