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1.1.8 御堂という男

「して、先ほどラジュリィ様から、簡単な話は聞きました。ミドール殿は、ニホンという国の軍人なのですな?」


「そうだ。階級は三等陸尉。ここで言うなら……兵器を用いた数名の人数からなる部隊で、隊長をすることもある、という程度だと思ってくれれば良い」


 この世界の軍隊にも、流石に階級はあるだろうと思っての発言だった。それは正しかったようで、ブルーロは「なるほど」と、御堂の説明を上手く飲み込めたことを表した。


「こちらでは、徴兵された平民上がりがなれる最高階級ですな。失礼ですが、ミドール殿はどちらの生まれで?」


「平民か、貴族かということか」


 そこで、御堂は言い淀んだ。無謀にもこの世界の貴族主義を壊そうとして死んだという、過去の地球人のことが、頭に浮かんだのだ。数秒、御堂が悩むと、ブルーロは察したような声音になった。


「……古い文献には、授け人の世には、もはや貴族と平民の区別すらないとありました。それは、真のようですな?」


「察してくれて助かる……どう説明すれば、このミルクス・ボルウムの人間に、それを伝えられるか、悩んでしまった。ここの領主殿を、批判することにもなりかねない」


「ミドール殿は正直ですな。軍人としては少し脇が甘いですが、一人の男としては好印象が持てます」


 そんな世辞の言葉を言ってから、ブルーロは質問を続けた。


「ミドール殿個人の身分はわかりました。少し、私の個人的な関心からの問いなのですが、その軍隊、リクジョウジエイタイとは、どのような物なのですか?」


 聞かれ、御堂は目の前の男の瞳を観察する。その目は、知識を利用しようというよりも、学者が好奇心を抱いたものに近いと感じた。その上、この程度の知識を与えたから何かが起こるということもないだろう。そう判断したので、話すことにした。


「厳密には、自衛隊は軍じゃない。というと、矛盾しているように感じられるか?」


「そうですな。言葉遊びの一種、ですかな?」


「俺の国の政治家は、その言葉遊びが好きでな……現場の人間から言わせれば、軍隊で間違いない。ただし、他国の領土を攻撃することは、まずない。特別な事情がなければ、国から出ることもない。引きこもりの軍だ」


「はて、他国を攻めないための軍とは?」


「守ることに特化した軍隊、ということだ。国土と国是、国民を守護することが目的の軍隊なんだ。これを、俺の国では専守防衛と呼ぶ」


「しかし、それだけでは、いざ攻められた時には、いずれ力尽きてしまうのではないですかな?」


「ああ、そのために、強大な軍事力を持つ他国と同盟を組んでいる。有事の際には、そちらが矛をやり、こちらが盾をやる。ということだ」


「なんとも……ニホンという国は、したたかなようですな。それを実現させるには、軍事力とは違った強さが必要でしょうに」


「そういう国なんだ。島国であるからできるとも言える」


「島国……?」


 そこで、ブルーロは言葉の意味を探るような表情になった。これを見て、御堂は一つの推測を浮かべたので、答え合わせのつもりで聞いてみる。


「先ほど聞きそびれたのだが、この国の地理はどうなっているんだ?」


 もしかしたら、この世界には島と呼べる土地が存在しないのかもしれない。御堂はそう考えたのだ。質問の意味から、御堂の意図を素早く理解したブルーロは、すぐに答えた。


「広大な大陸があり。その中に三つの大国があります。我が領主が属する“帝国”。友好関係の“共和国”。両国と不可侵条約を結んでいる“聖国”。この他に小さい土地を、己の国と自称する者どもがいます」


「島、というものはないのか?」


「あることにはありますが、どれも精々、砦が一つ作れるかどうかという小島です。ミドール殿の言う島国というのは、そんなに小さい国なのですか?」


「いや、俺の国がある島は、その世界で見ても大きい部類に入る。国民が一億人いる島、と思ってもらえれば良い」


 それを聞いて、ブルーロは己の想像力をフルに働かせた。この授け人の言葉が誇張のない真実だとして、それだけ大きな島は、大陸と言っても変わりないのではと思った。スケールの測れない話に、己の頭を撫でた。


「いやはや、ニホンという国の全貌は、私のような者では想像できかねますな。土地に恵まれた国、ということは理解しました」


「それだけわかれば、大体は合っているさ。すまない、質問を止めてしまった。続けてくれ」


 御堂が手で促すと、ブルーロは「はい」と返事して、再度質問した。


「軍隊のこと、国のことはわかりました。しかし、もう少し詳しくお聞きしたいですな」


「詳しく、というと?」


「例えば、ミドール殿本人のことです」


「俺か? まぁ、道理か」


 ここまで、御堂は自分の属する組織と国の話ばかりをしていて、己のことをほとんど説明していないことに気付いた。


「何から話せば良い?」


「そうですな。では、軍に入られて、どれくらいになりますかな?」


「俺が自衛隊に入ったのは、十九の時だ。先月、二十五になったので、丸六年と言ったところか」


「ほう、その経歴で小隊長格に抜擢されるとは、ミドール殿は評価されていたのですな」


「いや、俺の国の制度だとそうなっているだけだ。俺など、殻の取れていない新米さ。隊を任されたのも、ここに来る直前の戦いが初めてだったしな」


 そこで、御堂はあの状況下で、味方に連絡を取ろうとしなかった自分に気付いた。即席で組まされたチームとは言え、あのような不明の状況では、一番に安否確認をし、また頼るべきだっただろう。

 まだまだ、自分も未熟だ。と内心で己を恥じた。


「その新米が、不届き者の魔道鎧を瞬く間に倒してみせたと、謙遜が過ぎるのではないですか? ミドール殿」


「いいや、事実、俺はあの時、一番に確認すべきこと、部下の安否を確かめず、自分の周辺を確認することばかりしていた。これが未熟でなくて、なんという」


「なるほど……確かにそれは、指揮官としては少し抜けていますな」


「俺が新米という証でもある。信じられたか?」


「信じましょう。ミドール殿は、誠実でありますからな」


 この短いやり取りで、このブルーロという男は、御堂を随分と信用するつもりになったらしい。少し、不用心すぎるとも思う。これがこの世界の標準なのか、さもなければ、信じているという体をしているだけなのだろう。相手に絆されないように、御堂は注意することにした。


「その見習いの指揮官が、魔道鎧をほぼ無傷で倒せた要因を、お聞かせ願ってもよいですかな? 無論、話せる範囲で結構です」


「ふむ……」


 この話題は、迂闊に全て話すのは危険かもしれないと、御堂は警戒した。なので核心には触れず、ぼんやりとした説明に努めることにした。


「そうだな。単純に、兵器としての完成度が違いすぎる。ということだろうな……この国は、争いというものを何年体験している?」


 御堂の急な話題の振り方に、ブルーロは話を逸らされたと感じたが、それでも解説する。


「そうですな。帝国が興されてから五百年、と言ったところでしょうかな。それより前は、戦と言えば農具や出来損ないの武器、魔道を使っての争いだったと聞きます」


「そうか……俺の国はな、もう千五百年近く昔から、国として、人と人が争いあってきた歴史がある。それだけ、人殺しに慣れている国なんだ」


 これは誇張が入っていた。御堂は、歴史に関してそこまで詳しいわけではない。故に、自分が昔に学んだ日本史を思い出せる範囲で言ったのだ。

 聞いたブルーロは、冗談だろうと言いたげに苦笑したが、御堂の表情は真剣そのものだった。なので、段々とその顔が畏怖を抱いたそれになった。


「それだけ長く争って、よく国が……あ、島国と恵まれた土地というのは、そういうことですか」


 先ほどの説明と、今の話が結びついたらしく、ブルーロは納得した。


「長く争い続ければ、武器、兵器もどんどん発達する。その結果として生まれたのが、俺が乗ってきた機体だ。こちらでは鎧だとか、魔道鎧と言うらしいが、正式名称は違う。アーマー・ムーヴメント・ウェポン、略してAMW。そう呼ばれている」


「む、知らない言語ですな……エー、エム、ダブルーですか」


 英語という言語が通じないことに、御堂は言っておいて当然だと思った。


「まぁ、この世界にある兵器と大きさや役割は変わりないだろうから、魔道鎧と言っても良いと思う」


「さようで、いやはや、しかしミドール殿もやはり授け人なのですな。お話される内容が、私程度の者では把握しきれませぬ」


 少し疲れた様子のブルーロに、御堂は会話の終わりのタイミングを察した。


「一度に説明し過ぎた。許してくれ」


「いえいえ、教えてくれと請うたのは私です」


 二人は同時に頭を下げて、苦笑する。


「では、夜も更けてまいりましたので、私はこれにて失礼致します。ありがとうございました。ミドール殿」


「いや、俺も口慰めができた」


 扉を開けたブルーロは、あっと思い出した様子で、振り向いて御堂に告げた。


「これは一つ忠告ですがな……女と言えど、従者を口説くのは、関心しませんぞ。帰りたいと思っているなら、余計に」


 どうやら、先ほどの従者の少女を見て、そう判断したらしい。御堂は心外だと声を荒げた。


「誰も口説いてなどいない!」


 初めて感情らしいものを露わにした御堂に、ブルーロは快活な笑い声をあげて、今度こそ部屋から去って行った。

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