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3.1.6 間一髪

(ああ言ってしまったが、あの娘に対して親しくし過ぎているのではないか、俺は)


 ここに至るまでの流れを思い返して、御堂は頭を振った。


『講師ミドール、私の話を聞いてた?』


「……すまない、少し考え事をしていた」


『思慮深いって言えば利点かもしれないけれど、淑女と二人きりで話をしているのにそれは、少し失礼だと思うよ』


「すまない」


 これには素直に謝る。会話の途中で物思いに耽ってしまうのは、自分の悪い癖であると、御堂は己を恥じた。対し、エルフの少女は口調を小さく尖らせて言った。


『しかも、ラジュリィさんのことじゃないのかい? 考えていたのは』


「いや、そういうわけじゃない……トーラレルのことも考えていたさ」


 実際、ここに来るまでの経緯について考えていたので、嘘でもない。恋敵のことを考えていたのでは、と疑っていたトーラレルの声音が少し緩くなる。


『へぇ……まぁ、それなら許してあげようかな』


「ありがとう。そうしてくれると助かる」


『でも、今は私といるのだから、こちらを優先してほしいのが、素直な心情といったところだね』


 イルガ・ルゥが首を曲げて、ネメスィの方へと頭部を半分ほど向ける。機体越しに、トーラレルから視線が送られてきた。魔道鎧でも、その双眼センサーに何かねっとりとした感情がこもっているように思えて、御堂の思考と連動した白い頭が、首を左右に振った。


「これはお遊びでも、ましてや逢い引きでもないんだ。真面目にやらないとだな」


『何もない旅の道中を、大真面目に黙ってこなせるのかい? 私にはできそうにないね』


「……軍人の娘が、そんなことでいいのか?」


『共に行動しているのが、私にとってどうでもいい相手ならそうできたさ。だけど、一緒にいるのが貴方だから、我慢できないんだ。もっと話がしたい、二人きりのこの時間を、有効に活用したいんだよ』


「困ったものだ……」


 御堂はぼやいて考える。何故に、自分はこの少女にここまで懐かれてしまったのだろう。ラジュリィもそうだが、この年頃の少女というのは、恋に恋をして、それに夢中になりがちな傾向がある。たまたま、その対象が自分というだけなのだから、こちら側から真摯に内密な関係を作る必要性はないはずだ。


 そも、元の世界へ帰るために動こうとしているのに、この世界で親密な相手を作ること自体がおかしいのだ。だというのに、自分の周囲には親しい関係性を持った者が増えてきている。今の環境と自身の目的とが酷く矛盾していると自覚して、御堂は頭痛がしたように感じた。


「……そろそろ目的の街が見えてくるんじゃないのか、木々も途切れてきた」


『もう、講師ミドールはつれないね。照れ隠しかな』


 話を強引に切り替えた御堂に、トーラレルは不満を口にするでもなく、むしろそれが可愛らしいかのように言って、魔道鎧の頭部を巡らせた。


『見えた。このまま真っ直ぐ行けば――』


 《警告 大型の動態反応を複数感知 十一時方向 距離一〇〇〇》


 イルガ・ルゥが前方を指でさしたのとほぼ同時、AIがネメスィのセンサーに感があったことを知らせた。この場合における「大型」とは、AMWと同程度のサイズを意味している。御堂はすぐに反応して、ヘッドマウントディスプレイに映る計器に目をやった。数は八つ。


「トーラレル。この近辺には、魔道鎧と同じ大きさの生物がいるのか、それも群生して」


『いや、そんなものはいないはず……!』


 御堂が何を察知したのか、トーラレルはそれだけで理解した。ゆっくりと歩行していた緑の魔道鎧が、腰の長剣に手をやりながら駆け出す。慌てたような動きが、御堂の問いに対する答えとなった。


「出力を巡航から戦闘へ、全火器のロック解除」


 《了解 出力上昇》


 御堂もネメスィを戦闘状態へと移行させ、それに続く。全速力で駆ける緑の魔道鎧は、同じ兵器群らと比べて凄まじいスピードであったが、ネメスィも負けないくらいの速さで、森林を駆け抜ける。


 木々がなくなり、開けた草原に出たところで、全容が見えた。

 城壁もない、木造建築が多く並ぶ街並みが遠くにあった。ちょうど御堂たちから見て真横から、巨大な爬虫類型、更に正確な呼び方をするならば、恐竜のような生物が咆哮をあげ、その無防備に見える街へと向かっていた。


 魔獣、バルバドだった。御堂は数ヶ月前、イセカー領の城を襲った怪物との戦いと、その恐ろしさを語った知人、オーラン・アルベンの言葉を思い出して、冷や汗をかいた。数体で小さな街や村が滅ぶと言われているそれが、群れて街を襲おうとしている。


『バルバド?! こんなところにどうして……』


「元々生息地でないなら、明らかに人為的なものだ。狙いは街か……いや!」


 二人は思い出す、あそこには合流予定の皇女殿下がいるはずだ。であれば、バルバドを放った者の目的は明確だった。


「トーラレル、仕掛けるぞ!」


『わかった!』


 御堂のかけ声で、二体の巨人が突進した。ネメスィの背中に生えている翼が大きく羽ばたく。瞬時に白い機体が加速し、緑の鎧を追い抜いていく。中にいる御堂は衝撃に堪えるように呻き、念じる。


(まず……一体!)


 横合いから群れに飛び込む。先頭を走っていたバルバドの首に、光分子カッターが突き刺さった。勢いを殺さず、刺した場所を軸にしてAMWが回転する。その白い機影が反対側へと走り抜けたときには、恐竜は鮮血を撒き散らし、首を地面に落としていた。


 視界の外から突然に襲われた怪物の群れは、生物の本能に従い、足を止めて襲撃者を探そうと首を巡らせる。そして残りの七体が一斉にネメスィを知覚し、怒りを露わに敵対者に向けて走り出そうとした。その速さは並大抵の魔道鎧よりもずっと速い。例えるなら、AMWと同サイズの大型ダンプが、大量に突っ込んでくるような迫力すらあった。


「食いついた!」


 が、御堂は後ろから感じる圧を物ともしない。街から自分へとバルバドの攻撃対象が移ったことを確認すると、更に念じて機体を制御する。

 空中に小さく跳ねたネメスィが、器用にも翼を振った慣性を利用し、機体の向きを真反対へと変えて、両手も振って姿勢を整える。


 高速で振り向いたネメスィが足下の草地を抉り着地する。翼の矛先二つは、すでに向かってくるバルバドに向けられ、射撃体勢に入っている。


 瞬時の判断で、射線上にイルガ・ルゥがいないことを確認した御堂は、躊躇わずにトリガーを引いた。直後、轟音が鳴り響く。薄緑色に輝く軌跡を残しながら、二発のフォトンバレットが飛んだ。


 知能も薄い本能そのままで動いている魔獣に、これを避ける術はなかった。音速の弾丸は一体の太い胴体を丸く消し飛ばし、もう一発は縦に並んでいた二体の頭部を吹っ飛ばした。


 たったの十数秒で、並の魔道鎧では一体を抑えるのも厳しいとされる魔獣が、四体も倒された。これを群れの背後から見せつけられたトーラレルは、改めて御堂の技量と、彼が操る機体の強さを知った。


(やはり、とんでもないね。彼の魔道鎧は)


 轟音に驚き戸惑い、足を止めた群れの後方。ようやく追いついたイルガ・ルゥが長剣を振るった。疾風のような動きで舞い、完全な奇襲を成した緑の鎧が舞う度に、バルバドの鱗状の体表が切り裂かれる。もはや戦闘でもなく、一方的な駆除となった。


 御堂が戻ってくるよりも先に、最後の一体が首を切り飛ばされ、絶命して倒れた。


「見事な腕だな、トーラレル。魔獣の相手も手慣れているとは」


『そっちこそ、何度見ても震えるほどの凄まじさだね』


 魔獣の死骸と血液で散らかっている平原の中、御堂とトーラレルが街の方を見やる。ちょうど、派手な装飾が施されたウクリェタイプの魔道鎧が数体、武器を構えて平原へと出てきたところだった。


「あれが、皇女殿下の護衛と言ったところか」


『だろうね。出てくるのが遅すぎる……と言っても、あの数のバルバドがいたら、ウクリェがあれだけじゃ止められなかっただろうね』


 正に間一髪、というところかな――トーラレルの小さな呟きに、御堂は首肯で同意した。それから、魔獣の姿が見えなくなったことに戸惑っているウクリェらに事情と状況を説明するため、ネメスィとイルガ・ルゥは街へ向けて歩き出したのだった。

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