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3.1.5 出立

 御堂とトーラレルが学院を出立して、二日ほど経った。


 二人は周囲に森林地帯が広がる街道を、ゆっくりと進んでいた。いや、生身の人間から見れば、それは緩やかな速度ではない。八メートル前後の巨人が歩く速さは、人間のそれとは段違いである。


 トーラレルの乗る緑の魔道鎧、イルガ・ルゥの後ろを、白いAMW、ネメスィに乗った御堂がついていく。

 全力疾走した馬や駆竜に比べれば流石に遅いが、それでも普通に徒歩で行くよりずっと早く、二人は指定された街へと進んでいた。


「トーラレル、目的地までは後どれくらいかかる?」


『ん、そうだね……このままなら、あと一時も進めば見えてくるよ』


 それを聞いて、御堂は少しほっとした。この二日間、小休止を入れてはいるが、ほとんど機体に乗りっぱなしでいたのだ。お世辞にも広いとは言えない手狭なコクピットの中、身体が硬く凝ってしまうのを感じて、御堂は動かせる範囲で腕を回して、肩をほぐした。


「そこで皇女殿下を迎えて、帰りもこの往路を進むと……険しい道のりではないが、一日乗りっぱなしというのも、なんともな」


『おや、講師ミドールは慣れているものだと思っていたけれど、違うようだね』


「ああ、俺がいた軍では、あまり長時間機体に乗って行軍したりすることはないからな。どうにもこういった状況は不慣れだ」


『ふふ、講師ミドールにも、そんな弱点があったなんてね』


「情けないと思うか?」


『いいや、それこそ慣れの違いさ。講師ミドールもこちらに馴染めば、そんなに苦ではなくなるよ』


「それだと良いのだけどな」


 二体の巨人に歩を進めさせながら、たあいのない会話を続ける二人。なぜ、御堂とトーラレルが学院から離れて遠出をしているのかと言えば、先に御堂が言った理由がある。

 ではどうして、その役目をするのがこの二人なのかと言えば、それにも訳があった。


 ***


 二日前、学院の講師の詰め所。


「皇女様の出迎え?」


「そうだ、ミドール。お前にその役を任せたい。出発は明日の昼過ぎ。おおよそだが五日ほど、出向いてもらうことになる」


 講師主任であるトルネーに呼び出された御堂は、突然の指示に少し驚いた。


「無論、徒歩で行けとは言わぬ。貴様の魔道鎧に乗って、皇女殿下のご一行が指定した合流地点に向かえば良い。そこで、殿下に顔合わせさせていただき、そのまま学院まで戻ってくる。簡単なことだろう」


「皇女様には護衛がついているだろうに、それでも俺が出向かなければならない事情があるんだな?」


「はっ、流石にわかるか」


 鼻を鳴らしたトルネーは、簡単に事情を説明した。


 この皇女行幸は、賊の出没で治安が悪化していることなどから、元々は中止になる予定だった。しかし、政治的な判断か何かで、無理に行うことになったのだという。して、その危険な道中を行く皇女殿下を、帝都から出されている護衛だけに守らせたのでは、学院の面子が立たない。


 そこで、学院からも急遽、護衛となる者を用意して、出迎えに行かせるということだった。


 説明を聞いた御堂は首を傾げた。この学院の長である老人が、そんなことを気にする質だろうか。


「これは学院長からの指示なのか?」


「まぁ、そうだが……最初に発案したのは講師どもだ。あいつらは、自分たちの面子ばかりを気にする。学院長はむしろ、無駄な手間だと思っているようだ」


 それでも、あのクラメット老人が案を通したのならば、何か意味があるのだろう。御堂はそう判断して「わかった。引き受ける」と頷いた。


「どうせ皇女殿下の世話役もお前なのだ。それに、あの白い魔道鎧の力を持ってすれば、不測の事態にも対処できよう」


「何もない方が助かるけども、行って帰ってくるだけなら、それは楽なことだ……だが、俺一人で行くのか? 俺はこの国の地理に明るくない。地図をくれればなんとかなるかもしれないが」


「いや、もう一人、道案内と戦力として学徒を付ける。先ほど呼んだが――」


 トルネーが詰め所部屋の入り口を一瞥したとき、扉が音をたてて開いた。一礼してから入ってきたのは、美しい金髪を後ろで括り、長い笹耳を揺らすエルフの少女。トーラレルであったので、御堂はまさかと呻いた。


「講師、呼ばれた通りに来たのだけれど、講師ミドールに説明は?」


「ああ、今終えたところだ、イジン」


「ちょっと待ってくれ講師トルネー。連れていく学徒というのは……」


「そう、この私、トーラレル・アシカガ・イジンだよ、講師ミドール。授け人の言葉で言うならば、“大船に乗ったつもりで居て欲しい”だったかな。道案内は任せてほしいね」


 胸を張って得意げに日本のことわざで意義を表明したトーラレルから視線を外し、御堂はトルネーに「確認を取りたいのだが」と訪ねる。


「何か問題があるか? ミドールよ」


「学徒に講義を休ませて、遠出に付き合わせるというのもそうだが、彼女は共和国のエルフだろう、帝国の皇女を出迎えさせるのは、大丈夫なのか?」


「そのことなら問題ないよ、講師ミドール」


 トルネーに替わって、つかつかと二人の元まで歩いてきたトーラレルが答える。


「確かに、この学院でのエルフと人間は、個人での仲が良いとは言えない。けれど、国家間での間柄は同盟国さ、国民同士の、特に平民はそんなに仲が悪くないんだ。それに、学院にいるのは人間だけじゃない。だから、エルフからも代表者を用意して出迎えに行かないと、調和が取れないんだ」


「うむ、これが講義であったなら、貴様に満点をやるところだ」


「講師主任にそう言ってもらえるとは、学徒としては光栄だね」


「なるほど、話はわかった……トーラレルが講義を抜けることで、何か彼女に負担がかかったりすることはないんだな?」


 更に確認するように訪ねると、トルネーは「当然だ」と即答した。


「そも、この娘は貴様が心配するほど学業に手を抜いているような輩ではない。数日講義を抜けた程度なら、何も問題なかろう……それに、補修が必要であれば、魔術以外は貴様が担当すれば良い」


「それは凄く良い案だね講師」


 にっこりとした笑顔で御堂を見上げるトーラレル。御堂は何か、外堀を埋められているような気配を察知して、小さく冷や汗を浮かべた。


「……まぁ、いい。出発までに準備を整えたい。トーラレル、今から時間をくれるか――」


「お待ちください!」


 と、話がまとまりかけた時だった。閉じていた扉が大きな音をたてて開き、小柄な人影が部屋へと入ってきた。ずんずんと足音を立てて踏み込んできたのは、瑠璃色の髪を揺らし、顔には静かな怒気を表現している少女。ラジュリィであった。


「……上手く撒いたと思ったのだけれどね」


「あの程度の術で私を誤魔化そうとしても無駄です」


「イセカー、貴様を呼んだ覚えはないのだがな。部外者は退出しろ」


「そうはいきません、講師トルネー!」


 講師主任の眼光に一切怯まず、それを上回る怒りを持ってして、ラジュリィは三人の元に詰め寄る。


「どうして、皇女殿下をお出迎えする大役を、講師ミドールはともかく、このエルフに与えるのですか?! お任せしていただければ、この私がミドールと共に役目を果たすと言うのに!」


 殺気すら漏れ出すような視線でトルネーを見上げるラジュリィ。対し、主任は怯むことなく、淡々とした口調で答えた。


「まず一つ。どうせ聞き寄せで話を聞いていただろうが、人間とエルフの二人で行かせることに意義がある。二つ、貴様の魔道鎧では目立って仕方が無いので護衛には不向きということ。三つ、私情を挟む馬鹿者に任せられない」


「ううっ……!」


 わかってはいたものの、面と向かって説明されると反論が浮かばない。たじろいだラジュリィは、それでも口を回そうとする。


「わ、私は私情など……」


「それで、本音はどうなんだ。ラジュリィ」


「騎士ミドールとこの女を二人きりで行かせるなんて許せません!!」


 御堂に訪ねられると、あっさりと本当のことを喋ってしまった。はっと口元を手で抑えても遅い。トルネーはじろりと原因である御堂を睨み、その御堂は深い溜め息を吐き、トーラレルは勝ち誇ったように微笑を浮かべていた。


「……ラジュリィ、これも講師としての仕事だ。わかってくれないか」


「で、ですがミドール! 私は貴方のことを思って――」


 口をまくし立てようとしたラジュリィだったが、それは叶わなかった。なぜなら、御堂が少女の小柄な身体を抱きしめるように腕を回し、頭を撫でるようにしたからだ。

 それをされた方は最初、自分の身に何が起きたのかを認識しきれず硬直した。数秒して現実を理解すると、少女はぼっと顔を赤くした。


「み、み、ミドール? なにを……」


「すまない。主人を一人で置いて行くのは、騎士としてどうかというのもあるだろう。不義理かもしれない。だが、任されてしまったからには仕方のないことで、ここにいる間は、君だけの騎士というわけにもいかないんだ。だから、待っていてくれないか」


 耳元でそんなことを囁かれてしまえば、恋する乙女は思考回路が熱暴走して停止してしまう。何も考えられないほどに茹で上がったラジュリィの脳は、条件反射的に「はい、ミドールがそう言うのでしたら」と返事をさせるだけで手一杯になってしまった。


「……話はまとまったか?」


 つまらない茶番を見せられているような不機嫌顔でトルネーが聞いた。隣のトーラレルは、先ほどとは一転して強い不満を表している。


「すまない、待たせた。トーラレル、場所を移そうか」


 ラジュリィをさっと離して部屋から出て行こうとする御堂に、トーラレルが早足でついていく。その二人を見送ったトルネーは、放心状態の小娘をどうするかを考え、先ほどの御堂と同じくらい大きな溜め息を吐いた。


「あいつめ……女を惑わす手管にも詳しいのではないか?」


 こうして、二人は皇女殿下を出迎えるため、翌日には学院から出発したのだった。

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