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3.1.3 帝国

 地球上の国家における「帝国」というものには、二つの種類がある。周囲に属国を多数持ち、強い支配力を行使する国か、あるいは君主として皇帝をトップに置く、君主制国家の一つ。そのどちらかだ。この世界、ミルクス・ボルムウにおける帝国は、後者であった。


 前者が支配欲と武力による侵略で版図を広げる国家形態であるとすれば、この「帝国」は人間という種をまとめ上げて産まれた、内需によって栄える国だと言える。


 そのトップに君臨する皇帝がいるのは帝都が最奥、高くそびえる複数の塔で構成された巨大な建築物。学院都市以上に栄えた城塞都市を膝元に置くそこは、皇帝が責務を行う居城であった。


 その城が更に奥。豪華絢爛な家具や絵画、実用性皆無の飾り鎧に伝説とうたわれた武具。そんな虚飾が権威の象徴の一種として並べられた広い廊下を抜けると、玉座の間へと辿り着く。


 廊下も大層な幅と広さだったが、玉座の間はそれよりも大きいスケールで広々としていた。地球にあるもので例えると、学校の体育館並の広さと言える。左右には巨大な柱と家臣団が居並び、中央には赤い絨毯が敷かれている。これまた派手な両開きの扉を開けた入り口から見た終着点に、大きな玉座に腰を据えるファローレン皇帝がいた。


 白くなった髪を後ろに長し、口髭を蓄え、皺の浮かばせた顔をしている。もう五十代になろうかという皇帝は、しかし眼光だけは鋭い。内需によって広げた国の頂点という、一見すると大人しい印象を覚えるかもしれない位に君臨する男だが、その瞳の奥に内なる野心を抱いているのは明らかだった。


 その皇帝の前で、内政、内務を司る伯爵が跪いていた。皇帝はこの髪の薄い自分と同じ程度に歳を食った伯爵を重用している。その伯爵が口にした国家の近状報告を聞くと、その考えをより深めた。


 優れた部下というのは、上に立つ者よりも広い知見を持ち、知識を蓄え、強い忠誠心を持った者を指す。その姿勢を持っている伯爵の姿を、与えられた恩恵と課せられた責務の違いを理解していない、他の貴族にも見習わせなければならない。

 皇帝はいつもそんなことに考えを巡らせる。それほど、家臣を上手く運用することを重要視する男であった。


「なるほど、聖国がな」


「はっ、恐れ多くもかの隣国は、賊を我が領地へと放ち、何かを探っている様子。いち早くの対応が望まれるかと愚考します」


「昔からちょっかいがしつこいと思っていたが、いい加減、本腰を入れて対応せねばならんようだな」


 皇帝が手で促すと、壁際に控えていた別の若い家臣が前に出て、皇帝の前で頭を垂れた。


「其方が持つ防諜の者に伝えよ。なんとしても隣国が持つ真の目論見を暴くのだ。裁量は其方に任せる……行け」


「はっ!」


 家臣は光栄であることを顔と態度で表して、早足で玉座の間から退室した。


「まだ年若いですが、あれはできる側の人間ですな」


「そうだな、皆もあれだけ己が役割と責務に忠実であることを期待しよう」


 皇帝がちらりと家臣団を見ると、黙礼してそれに同意する者が数人、目線を反らさずとも気まずそうにする者が多数であった。伯爵共々、呆れの息を零さないように務めながら、声を張る。


「他の者にも、聖国の動向を抑えるように命ずる。だが、民に悟られるのはいかん。各々、己の義務を全うせよ」


 皇帝の言葉を受けて、残っていた家臣たちも続々と出て行く。自分に課せられた役目を果たさんと意気込んでいる者と、そうでない者の差は、その後ろ姿からも窺えた。皇帝は頷くと、この場に一人残った伯爵を見下ろす。


「其方から、各領地の辺境伯へ知らせを飛ばせ。より一層の防護、防衛に務めるようにとな」


「はっ……それのことで一つ、ご報告が……」


 周囲には自分と皇帝のみがいることを確認した伯爵は、脇に抱えていた書類を見ながら報告する。


「イセカー領、ムカラド領主の元に、授け人を名乗る男が保護されたという報告を、先ほど受けました」


「……ほう、それは真か?」


「過去の伝承と照らし合わせても、間違いないとのことです。武芸に長け、我々では解明できない造りをした魔道鎧を所持。並の鎧では太刀打ちできない猛者だそうです」


「……今代の授け人は、そういった性質だったか」


 話を聞いて、皇帝は少しがっかりした様子で肩を落とした。為政者としては、武を持つ者よりも技術を持つ者の方が喜べる。今は隣国である聖国が怪しい動きをしているが、戦争状態ではないし、異常に発達した技術を授けられ、国を繁栄させられた方がメリットがあるからだ。


 しかし、だからと言って授け人を蔑ろにできるわけではない。個とは言え、常軌を逸した武力を持つ相手を敵に回して良いことなど、一つもないからだ。皇帝はむしろ、慎重に対応する必要があると伯爵に告げた。


「私も、彼の者を害するのはよろしくないかと愚考します。その者はなんと、賊の魔道鎧を単独で六体破壊できるだけの力を持ち、更には一等級魔術師の放った魔術を無力化したとのことです」


「それは……凄まじいな」


 皇帝は数字の上でしか魔道鎧の強さを理解していないが、だからこそ報告を聞いて呻いた。六体、それも賊――推定では聖国のものと思われる強力な魔道鎧を一人で打ち倒せる。これは個人の存在を戦略として組み込めるほどの強さである。


「尚更、敵には回せん。我が帝都に呼び出すことも考えなければなるまい、今もイセカー領にいるのか」


「いえ、現在は学院にて教鞭を振るっているとのことです」


「そうか……ムカラドめ、我がその授け人を己から取り上げると判断してのことだな」


「恐れ多くも、学院への干渉は共和国から良しとされないでしょうからな……陛下への貢献を第一としないとは、嘆かわしいことです」


「まぁ、それが奴の美点でもある。だからこそ、我は彼奴が辺境に領地を持つことを許したのだからな……」


 ムカラドの名を出す度、皇帝はどこか懐かしむような、そんな表情を薄らと出した。件の辺境伯がどのような考えを持って、報告を遅らせ情報を遮断したか、皇帝には手を取るようにわかった。故に、それを理由に罰するという発言は一切話題に出ない。


 具申するべき立場である伯爵も、旧知の仲であるムカラドと己が仕える皇帝の関係を知っているので、あえて言及しなかった。


「だが、学院にいるからというだけで、授け人の人となりを調べないでいるのは、あまりにも間の抜けた話であるな?」


「はっ、早急に手を打ちます。必要であれば、無理やりにでも彼の授け人を処分することも考えなくてはいけません。その際には、手痛い反撃を食らわぬようにしなければなりませぬが」


「伝説と言えど、我らに仇成すのであればな……が、やはり、あまり敵に回したいとは思えない。できる限りこちらに引き込めるように務めよ。手段も其方の裁量が及ぶ範囲で好きにして良い」


 伯爵の好きにして良い、ということは、どんな手を使っても構わないということである。女、金、名誉。あるいはその個人が持つ信条さえ利用して、授け人こと御堂を手に入れろということだ。

 その意味を悟った伯爵は、頭を更に深く下げた。その顔には、人の悪そうな笑みが張り付いている。何か、悪いことを企んでいるような、そんな表情であった。これだけで、この伯爵が普段から、こう言った仕事を得意としていることが窺い知れる。


「はっ、そのように……ですがそれを成し得たとき、ムカラドは我らに不義を覚えるかもしれませぬな。それだけが心残りであります」


 言っている内容とは裏腹に、まったく気にしていないような伯爵の口調に、皇帝は鼻を鳴らした。


「あの計算高い男が、たかが人間一人を天秤にかけて動くものか。それより、策は講じられるのだろうな」


「はい、まずは授け人がどのような考え、志、動機を持っているかを調べ上げます。そのためにまず、学院へ送り込む人員を用意しなければなりませぬが……」


 そこで初めて、伯爵の表情が少し陰った。学院は帝国、共和国共にできる限りの不可侵が約束されている土地。要望を伝えたり、国に関する行事を執り行うのは自由であるが、権力を用いて直接「講師の授け人について調べさせろ」と言ったら、学院長に突っぱねられるのは確実である。


 さて、それではどうするか、と伯爵が頭を回そうとしたとき、軽い足取りの軽快な足音が、二人の耳に入ってきた。

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