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2.4.11 講師の苦労

 騒動から少し経ち、ようやく学徒らが落ち着いたところで、他の講師たちが騒動を聞きつけて草原へとやってきた。

 講師陣に簡単な弁明をした御堂は、トルネーに「後始末はこちらでする」とだけ言われた後、問答無用で学院長室へと呼び出されていた。


「やれやれ、講師トルネーから其方のことは良く聞いておったが、また派手にやったものじゃの。何か申し開きはあるかね?」


 椅子に腰掛けた学院長、クラメットは顎髭を撫でながら、厳かな表情で御堂にそう訪ねる。

 聞かれた御堂はただただ、頭を下げて謝罪するだけだった。


「申し訳ありません。度が過ぎたことをました」


「そうさなぁ、実を言えば、模擬戦はわしも魔術を介して見ておったが、其方はちと暴れ過ぎじゃて、未熟な学徒のサルーベと言えど、あの数に大立ち回り。損傷したものも多い」


「力加減を見誤りました。自分の不手際です」


「わかっているならまだ良い、理性的じゃ。それで、其方に対する処分じゃが……」


 そこまで言ったところで、クラメットはちらりと顔を上げた御堂を見た。その表情から、言い訳も何もせず、ただ罰を受け入れるという姿勢が見受けられる。

 あまりにも生真面目な態度に関心すら覚えつつ、クラメットは厳かさを無くして、微笑みを浮かべた。悪戯っ子のような笑みだった。


「其方、講師ミドールには引き続きヴァリィ組の教育を続け、さらにムスペル組の魔道鎧に関する講義も行ってもらう。忙しくなるぞ?」


「は? いえ、それは処罰とは……」


「わしが罰だと言ったら罰なんじゃ、これまでよりずっと忙しくなり、其方は自分が知りたい情報を調べる時間を奪われる。これほど其方にぴったりな罰は他にあるまい」


 戸惑いを見せる御堂に、そう説明した学院長は、椅子を立ち背面のガラス窓から外を眺め始めた。その背中には、文句を言わせないという意思が見受けられた。


「……わかりました。その罰、謹んで受けさせてもらいます」


「よし、固っ苦しい話は以上じゃ」


 了承の言葉に満足げに頷いたクラメットが振り向く。


「だが講師ミドール、其方の腕前をわしは過小評価していたかもしれん。あのイルガ・ルゥを負かしてしまうのだからな」


「あれは機体、鎧の性能差です。技術自体では負けていたかもしれません」


「己の鎧に宿す力を最大限に引き出せる者こそが、真の強者じゃよ。その点では其方に軍配が上がっただけのことよ。見事なものよ」


「恐縮です」


 そこでふと、御堂は疑問を抱いた。なぜ、急にこんな風に自分を持ち上げるような話になったのだろうか。その答えは、次の学院長の言葉で理解させられた。


「おかげで、わしはこれから、共和国の馬鹿貴族どもが送ってくるであろう苦情を、一人で処理しなければならん。一人でじゃ。この苦労、其方なら想像できよう?」


「ああ……」


「やってくれたのう、とは言わんがな……エルフの伸びた鼻を叩き折るにしても、加減があるというのを知るべきじゃよ。いや、本当にな」


「ごもっともです。今回はやり過ぎでした。猛省します」


 再度、頭を下げた御堂に、クラメットはうんざりした口調で「顔をあげよ、いくら謝罪されても苦労は変わらん」と手を左右に振った。


「とにかく、あまり面倒を増やすでない。それで学徒が成長できるなら良いとも言えるが、周囲の親連中がうるさいのでな」


「何か、こちらに不都合が生じますか」


「そうさのう……自分の教育不足を棚に上げ、分不相応な実力主義を唱えて、気に入らなければ文句を言ってくる。そんな親の風上にもおけない、阿呆の相手をしてやらんといけないくらいかの」


「いえ、そういうのではなく、例えば、献金が減るだとか……」


 御堂の疑念を聞いても、クラメットは気にした風もなかった。


「面子で食ってる連中じゃ、自身の面子を損ねるような真似はできんよ。子供を負かされたから実際の行動に出て訴えるなど、周囲から舐められるからの。精々が文句を垂れるだけじゃ」


「それなら、良いのですが」


「というかじゃよ講師ミドール。其方、そこまで気に出来るなら、もう少し大人しくしようとは思わんのか?」


 学院長のじと目が御堂に突き刺さる。だが、それでも胸を張って、御堂は言ってのけた。


「少しでも真っ当な教育ができるなら、多少の無茶は承知の上であるべき……という、自分の教官が良く言っていた言葉に従っているだけですから」


 それを聞いて、クラメットはふっと小さく息を漏らして笑った。


「青い、青いが、それを聞いたら、其方をここに迎え入れたのも悪くなかったと思えた。これからも頼むぞ。講師ミドール」


「はい、お任せください」


「……まぁ、ムスペルの面々と講義をするのは、中々苦労しそうじゃがの」


 学院長がした最後の呟きを、御堂は「人間に対する差別だとか、跳ねっ返りから来る苦労か」と解釈した。


 だが、それとは違う苦労がこの先で待っていると知るのは、実際の講義のときであった。


 ***


 学院の通路を、細枝のような痩せた男が歩いている。講師のローブの下にある手が、怒りに震えていた。


「認めん、認めんぞ……魔無しの男が……エルフと協力して場を収めてみせただと?」


 典型的な学院の魔術講師であるゲヴィターは、未曾有の騒動に発展した魔導鎧合同講義を、御堂という異分子が実力で制してみせたという話を聞いて、苦虫を噛み潰す思いだった。

 

 しかも、自分が不和になるように細工をしたのに、エルフの学徒と力を合わせ、それを成したという。この事実が、彼の心中に影を落とすことに拍車をかけていた。


「魔無しが……いつか、いつかわからせてやるぞ……講師の立ち方というものをな……!」


 ぎょろりとした目を見開き、口を不気味に歪ませ、ゲヴィターはその場から歩き去っていった。


 ***


 数日後のこと。


「……それで、誰かこの状況について説明できるか?」


 いつもの講義を行うグラウンド。背後にネメスィを跪かせた御堂は、片手をこめかみにやって、呻くように訪ねた。それに答えられるのは、二人の少女だけだった。


 金髪を後ろで括った少女が、一歩前に出て答える。


「端的に言えば、講師ミドールのやり過ぎだね」


 銀髪の髪を揺らしながら、もう一人が更に付け加えた。


「皆、講師殿を恐れ、怖がっています」


 この場にいるのは講師である御堂と、トーラレル、テンジャルの三人だけであった。

 なぜこうなったかと言えば、二人が言う通りで、御堂を畏怖したムスペルの学徒らが一斉に講義をボイコットしたのだ。


 トーラレルに勝ったとは言え、人間の講師から学ぶことなどない。と主張する学徒も、まだ多数いた。

 そも、そのトーラレルが少し前から人間贔屓だと言われ、仲間内から外されていたのも関係していた。手加減したのでは無いかという疑惑を持たれているのである。

 さらに加えるならば、御堂にやられたのを根に持って嫌がらせのつもりでさぼった学徒もいる。


 そんなことを知らない御堂は、まさか二人しか講義に来なくなるとまでは思っていなかった。思わず、溜め息を漏らす。


「……なるほど、よくわかった」


「わかったかい? つまり、僕と貴方が二人きり……とは言わずとも、みっちり交流できるということを」


「……んん?」


「姉様?」


 トーラレルの言った意味を理解し損ねて、御堂とテンジャルは頭に疑問符を浮かべた。そんな二人の反応を無視して、少女は御堂に駆け寄り、腕を取って抱きしめるように両手で抱いた。


「なあっ?!」


 突然の事態に妹分が素っ頓狂な声をあげ、御堂が当惑して腕に引っ付いた少女を見下ろす。

 その視線に対し、はにかみ笑顔でトーラレルは答えた。


「これからは、もっと僕に歩み合って教えてよ、講師ミドール」


「それは、どういう……」


「もう、変なところで鈍いのかい貴方は? こういう意味さ」


 言うが早いか、トーラレルが御堂の腕を引いて顔を引き寄せ、目を瞑り、口元を彼へ近づけた。そこで、


「ね、姉様! 早くその汚らわしい雄からお離れになって! 穢れてしまいます!」


 ようやく再起動したテンジャルが駆けて来てインターセプト。御堂とトーラレルを強引に引き剥がした。


「おっと……テンジャル、何をするの」


「姉様こそ、今何をしようとしたのですか?!」


「見てわからなかったかい? 今のは――」


「あーあーあー聞きたくありません! 言わないでくださいまし! 姉様がそんな、そんな?!」


 自分をほったらかしにして騒ぎ出した二人の少女を前に、御堂は深い深い溜め息を吐いた。


 教え子からこういう類の好意を向けられてしまったことも、異種族との付き合い方の難しさも、更に言えば、いつまで経っても情報収集ができない現状にも、強い疲労感を覚えてしまう。


(どうしてこう、教育者というのは難しいのですか、教官……)


 この世界にはいない自分の教官のことをふと思い出して、御堂は後頭部を掻く。

 異世界だろうが地球だろうが、子供にものを教える大変さが、身に染みたのだった。


 〈第二章 学び舎の機士 了〉


挿絵(By みてみん)

これにて第二章完結となります。

少しでも楽しんでもいただけましたら是非、評価の方をよろしくお願い致します。

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