2.4.9 鎮圧
ムスペルクラスの面々の並びから少し離れたところに、一等級“イルガ・ルゥ”と二等級のサルーベの改良型、二体の魔道鎧が佇んでいた。その操縦席に座るトーラレルは、静かに模擬戦を観察している。
隣の魔道鎧に搭乗しているテンジャルは先ほどから「嘆かわしい」だとか小声で騒いでいるが、トーラレルは同期たちが人間に負け続けている様子を見ても、不思議とおかしくないと思えていた。
(きちんとした師から指南を受けたら、人間とは言え、このくらいはできるだろうさ)
彼女は人間の技術向上よりも、それを成した御堂の方を評価していた。同時に、遊んでばかりで何の努力も鍛錬も積まなかった同胞たちが情けなく思えて、薄らと悲しい気分すら沸いた。
『だから、ちゃんと訓練をしろと言ったのに……本当に情けないですわ』
「まったくだ、口だけ達者だと恥を掻くという良い見本だね」
他のエルフとは違い、この二人は互いを練習相手にして訓練を続けてきていた。特にトーラレルは学院に入る前からイルガ・ルゥを与えられ、両親自ら厳しく指導されている。
だから、他に比べて頭一つか二つ抜けて、この少女は優れている。そんな彼女の目には、どちらの学徒の腕前も、どんぐりの背比べにしか写らない。ただほんの少し、人間側が優れているだけだ。
そのほんの少し、という差を埋めて見せたのが、あの講師である。元々は歩くことすらままならないと聞いていた人間に、あそこまでの技量を授けてみせたのは、素直に賞賛できた。
(やっぱり、良い講師だね。彼は)
そんな良き人間に、自分だって負けていないことを早く知らしめたい。そして褒めてもらいたい。自身の中に子供染みた感情が湧き出るのを、トーラレルは自嘲した。
『ここまでこちらの勝ちはほとんど無しなんて……姉様を馬鹿にしていたときの威勢はどこへいったのやら……』
「仕方ないさ。さて、そろそろ出番かな――」
トーラレルは自身の企てを実践に移すときを考えて、頬を吊り上げた。この模擬演習は、御堂に実力を認めてもらい、自己アピールをする絶好の機会である。少しばかり無茶かもしれないが、やる価値はあると、彼女は考えていた。
(上手く行けば、彼との再戦も叶うかもしれない)
そのとき、攻撃魔術による爆発音が鳴り響いた。濛々と土煙が上がり、そこから丸っこい装甲をした腕部が宙を舞ったのを、二人は目撃した。
***
『人間風情が舐めた真似を!』
今し方、ウクリェと戦っていたサルーベが模擬刀を失い、御堂が試合終了を告げようとしたところだった。
武器を失ったサルーベがそう叫んだと思うと、右腕を相手のウクリェに向けたのだ。御堂がまずいと止めに入ろうとしたときには、もう攻撃魔術が放たれていた。
生身で放つのとは桁違いの大きさの火球が無防備なウクリェ目掛けて飛ぶ。咄嗟に乗り手が胴体を左腕で庇えたのは、訓練の賜である。それでも、直撃を受けた衝撃を殺しきれなかった魔道鎧は地面に転がり、腕が宙を舞った。
その腕部が地面に落下すると、動きを止めていた全員の時間が動き出した。エルフ側からは喝采が、人間側からは怒りの声が挙がった。
「双方落ち着け!」
御堂が声をあげるが、どちらも制止を聞かない。ヴァリィ側の学徒たちは殺気立って模擬刀を構えた。今すぐにも突撃を仕掛けそうになる。慌てて両者の間にネメスィを滑り込ませ「どちらも動くな!」と発してから、御堂は魔術を使ったエルフを叱責した。
「魔術の使用は厳禁だと言ったはずだ! 厳罰ものだぞ!」
『黙れ魔無し!』
『元々、魔道鎧で魔術を使わないなんて言うのがおかしかったんだ!』
『調子に乗った報いを受けさせてやる!』
言うが早いか、居並ぶムスペルクラスのサルーベの半数が、腕を掲げて魔術を発動しようとする。避けたら後ろにいるヴァリィの学徒たちに被害が及ぶ。あまりにも酷い状況に、御堂は舌打ちをした。
「機体出力を待機から最大に、フォトンシールド――」
『砕け散れ!』
先頭に立った一体が魔術を放つと、それに続いて一斉に炎、氷、雷が飛び、構えを取ったネメスィに直撃した。
『やった!』
『粉々だぜ!』
生意気な講師の鎧を倒したと、またしても喝采を挙げるエルフたち。だが、実際にはそう見えただけだった。
次の瞬間、雑多に放たれた魔術によって生じた煙の中から、無傷の白い機体が飛び出した。その腕部からは、刃渡り二メートルの薄緑に輝く刃を露出させている。
エルフの一人があっと気付くのと同時、先頭にいたサルーベの両腕が切り飛ばされて、地面に落ちた。
『は、え?!』
瞬く間に両腕を失った魔道鎧が、戸惑って周囲を見る。その視界の向こうで、魔術を発動しようとした別のサルーベが、またも腕を飛ばされていた。
「こちらに実力行使をさせるな! 差は歴然だろう!」
三体目から戦闘能力を奪った御堂が、外部スピーカーで告げる。だがそれはエルフからすれば煽りにしか聞こえなかった。逆に怒って、ムスペルの面々が、御堂を取り囲むように動いた。
『じょ、冗談じゃ済まなくなったぞ、魔無し講師!』
『少し腕が立つ程度で!』
『囲んで潰せ! 車輪掛かりの陣だ!』
激昂したサルーベが三体。御堂の周囲を囲うように動き、背面から一列になって突撃を仕掛けた。彼らなりの連携攻撃だった。だが、
「させるなと言ったろうが!」
身を翻したネメスィの動きはそれを圧倒している。白い機体が回転した。
一体目が剣による斬撃を放つ、その前に右の刃で切り飛ばし、二体目の刺突を下に潜り抜けて左の刃を使い切り払う。三体目が突進してきたが、それは頭部に上段蹴りを受けて地を転がった。
蹴り上げた白い足の裏から生えた杭、姿勢固定用のアンカーが、抉り取ったサルーベの頭部をぶら下げている。ネメスィはそれを足の一振りで放り飛ばす。
『ば、化け物……』
一瞬で三体のサルーベを倒した白い鎧に、他の魔道鎧はたじろぐ。喧嘩を売った相手が悪すぎたことに、今になってようやく気付いた様子だ。
「これでもまだやるか!」
講師と自分たちとの間に圧倒的な力量差を感じ取ったのか、エルフらは身動き一つ取らない。静寂が場を支配する。
だが、それでもエルフたちは敵意を隠さず、ネメスィを包囲し続けた。何か切っ掛けがあれば、すぐにでも仕掛けてくるように見え、御堂も警戒を解けない。
(流石に、全員を黙らせるのは手間だぞ)
しかし、口で言っても聞きそうにない。どうするかと思考しているとき、双方に声がかかった。
『講師ミドール!』
包囲するサルーベを退けて現れたのは、これまで場を静観していたトーラレルの魔道鎧だった。スリムな女性型をしている鎧が、模擬刀を手に更に前に出る。
静かな乱入にエルフたちも、少し離れた位置に逃げていたヴァリィの学徒も何事かと思考を固めた。
その中で二人だけ、違う反応を見せた。一人は同級生たちを守るように壁となって立っていたティーフィルグンの乗り手。ラジュリィは眉を顰めて、今にも行使しようとしていた魔術の発動を止めた。
もう少し乱闘が続くようなら、この魔道鎧が持つ力の一つを開放して、御堂を助けようと思っていた。けれども、トーラレルが前に出てきて場の流れが読めなくなった。
(何をするつもりなのでしょう……)
ひとまず、今のタイミングで魔術を放つのは、場を掻き乱すだけの悪手だと考える。歯痒いが、何かが起きたときに備えて待つだけにした。
もう一人は、騒ぎの当事者である御堂である。彼は何故、ここで彼女が出てきたのかをいち早く察していた。その上で訪ねる。
「何のつもりだ。トーラレル」
『僕たちムスペル組の中で、一番魔道鎧の扱いが上手いのは僕だ。だから、貴方との決闘を申し出たい』
「その意味は?」
『単純な話だよ。一番強い僕が負けたら、同胞たちも黙って講師ミドールを認めざるを得ないはずさ』
御堂が察した通り、トーラレルは自身が戦うことで、この騒ぎを治めようという腹積もりのようだった。ならば乗るべきだと思いつつも、御堂は建前半分、本音半分で聞いた。
「君に利がないじゃないか。目的はなんだ?」
『それも、至極単純さ……」
言いながら、トーラレルの魔道鎧。薄緑色の装甲に細いボディラインをした、女甲冑のようなデザインをしたイルガ・ルゥは、模擬刀を半身で構える。左腕を遊ばせ、右腕のみで剣を持つ姿は、以前に生身で戦ったときを思い出させた。
対し、御堂は無言で、ネメスィの足下に転がる物の位置を横目で確認する。相手の双眼がこちらを見据えている今、目の前の相手から視線を外す余裕はない。
「――僕はこの間にした勝負の、再戦がしたいんだ!』
直後、緑の魔道鎧は突風となって白い機体に襲いかかった。




