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2.4.8 模擬演習講義

 トーラレルが葛藤した夜から数日後。


「魔道鎧で合同講義? エルフと人間で?」


「そうだ、講師ミドール。お前の受け持っているヴィリィと、エルフがいるムスペルでだ」


「無茶じゃないか、それは」


 講師の詰め所で、主任であり講義を総括する役割を持つ男性、トルネーから話を聞いた御堂は、率直な感想を述べた。


「確かに、あの仲違いも著しい連中を、魔道鎧と言う強い力を持たせた状態で引き合わせて何かさせるなど、諍いの元にしかならんな」


「だったら」


「それでも、やらねばならんのだ。理由はいくつかある。一つ目は、これが毎年の恒例行事であること。二つ目は、学院に出資しているエルフの親どもから強い要望があること。三つ目は、双方に互いの力量を理解させる必要があること。細かい説明はいるか?」


 トルネーが御堂を見やる。その視線には「この程度、解説しなくても事情は理解できるな?」とでも言いたげなものを感じさせた。御堂は溜め息を吐いた。


「事情は承知した……して、内容は?」


「簡単なことだ。魔道鎧による模擬戦を行わせる」


「それはまた……不公平だな」


「であるな。私もそう思う」


 そこまでわかっていながら、この合同講義をやらざるを得ないのには、複雑な……いや、そう複雑でもない、至極単純明快な事情が絡んでいるな。と御堂は推測した。


 先ほどトルネーが言った理由。一つ目はわかる。二つ目も簡単だ。端的に言い換えれば「魔道鎧でエルフが人間を叩きのめす口実」が欲しいというだけだろう。それに付加価値をつけたのが三つ目。そういうところだろう。


 学徒が抱えている種族間の溝は、卒業生である親が生んでいるのではないだろうか。己の子供の代にまで干渉して、そんなものを持ち込む保護者が、どうしようもない性質だと思えた。阿呆らしくて、溜め息が零れる。


「魔道鎧の担当講師は、毎年こんなことをやらされるのか……」


「まぁ、そう難しく考える必要は無いぞ、講師ミドール。これに関しては毎回、何かしらの騒ぎが起こる。なので重傷者や死人さえ出なければ、そちらが何か責任を負わされたり処罰されることはない」


「それは安心できるな。指導に集中できる」


 皮肉気な笑みを浮かべて御堂がそう答えると、トルネーは鼻で笑う。ここまで話を聞いて、怖じ気つくこともない余裕さを感じたのが、面白く思えたからだ。


「ともかく、行うのは決定事項だ。詳しい説明は明日、詰め所で行うので、良く聞くように」


 ***


 瞬く間に、御堂にとって忙しい日々が過ぎ、合同講義の日がやってきた。


 青空広がる晴天の下。学園都市の外にある平原に、魔道鎧が数えて二桁に余裕で届くだけ並んでいた。上から俯瞰すると、それらは大まかに二つのグループに別れている。


 西側に綺麗な隊列を組んで並んでいるのは、エルフが好んで扱う魔道鎧、サルーベだ。乗り手も勿論、エルフの学徒である。


 逆側、東側で一応は並んでいる。これらはどちらかと言えば“隊列”ではなく“群れ”のようなのは、様々な色彩をしたウクリェであった。人間の学徒が操っている。

 その中に一機だけ、他のものよりも大柄で異質な鎧。ラジュリィのティーフィルグンが混ざっていて、統一感を損ねて存在感を醸し出していた。


(やはり、こういう所で経験と練度差は表れるな)


 これら学徒の魔道鎧を、先頭に立ったネメスィの中から眺めていた御堂は、そんな感想を抱いた。


 操縦慣れという面ではエルフに軍配が上がるのは間違いない。これは見るからにわかる。では、実際の技術面はどうかとなると、実を言えば、御堂はエルフの実力の全貌を把握できていない。


 上からの配慮か、それともまた別の思惑が絡んだか、御堂はエルフの学徒に魔道鎧に関する指南をする機会が与えられなかった。


 では、その間に彼らエルフが何をしていたかと言えば、街道で通りがかる荷馬車にちょっかいを出したり、遊びのようなチャンバラごっこをしたくらいである。そのくらいは噂で聞いていた。なので、


(俺が指南した学徒たちと遊んでいたエルフを、実際に競わせてみたらどうなるのか、興味深いところではある)


 そんなことを思っていた。自身が指南した生徒がどこまでやれるか、などと考えている辺り、すっかり思考が講師だとか師だとか、そういうものに染まっているが、本人にその自覚はない。


「では、双方、事前に告知を受けていると思うが、改めて説明するぞ」


 外部スピーカーをオンにして、御堂が説明を始める。その場にいた全ての魔道鎧がこちらに傾注する様は、中々に壮観であった。


「今回の合同講義で行う模擬戦の主目的は、互いに互いの技量を知り、把握することにある。決して優劣をつけるとか、そういうことではない。これを前提に据えておけ」


 どちらからも返事はない。ただ黙って、御堂の話を聞く。聞いている彼らも、内心ではこれが建前であることを良くわかっているからだろう。


「では決めごとを伝える。形式は一対一で試合を行う。呼ばれた学徒は前に出て、礼をしてから試合を始める。片方が戦意を喪失するか、行動不能になったら、そこで終わり。不要な追撃は厳禁だ」


 特に最後のことは良く言い含めておく。これを徹底しておかないと、怪我人が出る恐れがある。


「また、使う武器は用意された模擬刀のみ。魔術の行使も厳禁とする。あくまで魔道鎧操縦技術に関する講義だからだ」


 これも同様。人間とエルフでは使える魔術の差がありすぎる。縛りをつけておかないと、一方的な蹂躙になって講義にならない。


「以上だが、質問は……ないな。それでは早速、合同講義を始める。呼ばれた者は前へ――」


 御堂がネメスィのコクピット内に持ち込んでいた名簿を読み上げ、学徒が一人ずつ群れから出てくる。


 サルーベはどこか余裕を感じさせる動きで、ウクリェは緊張を表すようにぎこちなく。そうして互いに、対戦相手の前へ出て礼をした。


「では……はじめっ!」


 御堂の合図で、試合が始まった。


 ***


 模擬戦が始まって数分。ここで、双方にとって予想外の出来事が発生していた。それは何かと言うと、


「そこまで! 勝者、アルケノーのウクリェ!」


 学徒同士の剣劇を見ていた御堂が、勝敗がついた試合の結果を告げる。


『ば、馬鹿な……』


『勝った? わ、私が勝てたの?!』


 地面に転がされたサルーベが、信じられないと己が弾き飛ばされた模擬刀を見ていた。片や、見事に相手から一本取ったウクリェが、こちらも信じられないとばかりに自分の剣と周囲を見渡す。


 予想外のこと、それは人間側、ヴィリィクラスの学徒が勝ち越していることだった。


 最初こそ、負けた学徒に向けて「油断しすぎだ」「手抜きが過ぎるぞ」などと半笑いで言っていたムスペルの面々だったが、次第にざわつきが強くなった。


 明らかに、相手の技量が自分たちの想定を超えているのだ。数ヶ月、下手をすれば数年は遅れて魔道鎧を与えられている劣等種族が、自分たちエルフを上回っているなど、彼らには予想できなかった。


 後期生には「人間を小突いて遊ぶだけだ」と言われていたのに、話が違うと、こんなことはあり得ないという動揺が広がる。


 そのざわめきを見て、御堂は内心でほくそ笑んでいた。自分の教え方が正しかったことが証明されれば、大なり小なり嬉しく思えてしまうものである。


(全く鍛えていないのと、鍛えたのでは、やはり差が出るか)


 これらの原因は、御堂による指導にあった。


 彼は自身の持つ人型機動兵器運用のノウハウを応用して、ヴィリィの学徒を徹底的に基礎から鍛えた。その上で、さらに自身の知る剣術を、生身と魔道鎧の両方で叩き込んだ。

 その結果、学徒らは即席で粗はあるが、例年とは比べものにならないほどの技術を獲得している。


 一方で、ただ魔道鎧に乗って遊んでいただけのムスペルクラスの学徒は、見下している人間を相手に、てんで歯が立たない試合すらあることに、焦りを覚えた。


 故に、事が起きてしまった。

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