1.1.7 歴史
説明を受けて、御堂は自分の考えが合っていたことに少し安堵した。推測するのは御堂の癖であるが、その精度は鈍っていないらしい。
「それが語源か……それで、俺もまたその一人であると?」
「さようです。それを、ミドール殿はご自身で証明されておりますし、中庭にある魔道鎧。失礼ながら少し拝見しましたが、この世界の理によって産み出されたものとは思えませんでした。勝手なことをしました。申し訳ありません」
言ってから、少し申し訳なさそうな表情をするブルーロだった。だが、御堂は、勝手に機体を見られたことを咎めようとは思わなかった。自分が相手の立場でも、必ずそうするだろうと思ったからだ。
「いや、それは正しい判断だろう。怒りはしないさ」
「ミドール殿なら、そう仰ると思いました。ですが、ラジュリィ様にはご内密にお願いします」
「ん、何故だ?」
「ラジュリィ様が、自身の騎士になるお方に失礼を働いた者がいると知ったら、何をされるかわかりませんので」
「俺が、彼女の騎士に? 冗談だろう」
あの謁見の場で、御堂が元の世界に帰りたがっていることは、ラジュリィも承知のはずだ。今、こうして城に滞在しているのは、その手段を探す間だけのつもりである。そのことをブルーロに伝えると、彼はなるほどと頷いた。
「あの場でこの城に留まることを決意なされたのは、ラジュリィ様の騎士になるためではなく、あくまで帰るためだと、そういうことなのですな」
「ああ、俺には帰らなければならない理由がある……答えの続きを聞いて良いか?」
元の話から大きく話題が逸れてしまったので、御堂は軌道修正を促した。ブルーロは少し残念そうにしてから、話を続けた。
「して、異世界よりやってきた授け人は様々な功績をあげました。英知と呼べる技術をもたらした者、武神とも呼べる戦働きをした者、様々です。また、同時に禁術とも呼べる技術を広く伝えようとして、闇に葬られた者もいた。と聞いています」
「やはり、そういう者もいたか」
「はい。我々も経済という概念で交流し、国を富ませる文化を持ちます。それを大きく乱そうとした者がいました。恐れ多くも、帝国という体制と身分階級を破壊しようとした者までいたそうです」
「それはまた……」
馬鹿だな。とまでは口に出さなかった。それらをしようとした授け人、地球人は、きっと現代人だ。前者は通貨の概念を革命しようとでもして、商人を敵に回したのだろう。後者は考えが甘すぎる。深く思慮もせずに民主主義でも唱えて、貴族に消されたというのが、御堂の予想だった。
「授け人とは、最初にも言いましたが情報源です。それが有益に働くか、無益なのか、有害なのかは、その者次第です」
「俺には、有益になってもらった方が、この城の者としては都合が良いということだな?」
「そうです。ミドール殿にとっても、それは同じはずです」
「……理解できるよ」
要するに、御堂を城に置いておくだけの利用価値を持てと言っているのだ。これもまた当然の考えだろう。伝説の存在というだけで、ただ飯喰らいを手元に置くのは、人材コレクターか、頭の中がお花畑な奴だ。
「ですが、まぁ、すぐにとは言われないでしょう。ミドール殿は、望まれてこの世界にやってきた訳ではない。つまり、すべき使命なども持ち合わせていない、ということでしょう。帰るという目的以外のことが定まるまで、時間が必要なはずです。違いますかな?」
「いや、その通りだ。俺はここで成すべきことがあるとは思っていない……だが」
最後に否定を入れた御堂に、ブルーロは疑問符を浮かべた。そんな彼の目をしっかりと見据えた。
「俺は機士だ。機士にはどこであろうと、成さなければならない使命がある。その点だけは、誤解しないでもらいたいな」
「それは、よろしければお聞かせ願いますかな?」
「俺は、俺たち機士は“民を助け、人を助け、弱きを守る”。俺の恩師から言われた、機士の使命だ」
言ってから、御堂は我ながら青臭いと感じ、羞恥心を覚えた。目の前の男に、自分が使命感もない腑抜けだとは思われたくなかったのである。それが見透かされたのではないかと懸念した。
しかし、その言葉を聞いたブルーロは、目を丸くして驚いていた。そして、深く頭を下げた。
「……失礼しました。私はミドール殿のことを見誤り、侮っていました。謝罪させてください。異世界の軍人であるとは、ラジュリィ様から伺っていましたが、それは大層、立派な戦士の集まりなのでしょうな」
「いや、謝られることじゃない、俺が何も知らない上に役割も持っていない人間なのは事実だ。それに、俺のいた軍というものは、そんなに大した組織じゃないよ」
そこまで立派な防衛組織であったならば、御堂は自分の両親を失わないで済んだはずだ。そんな思いが浮かんだが、今は関係ないことだと胸の内にしまう。
「授け人についてはわかった。あとは、この世界での暮らしについて教えてほしい」
「わかりました。ではそうですな、食文化から、ご説明しましょう。ミドール殿も気になっていると思いますしな」
「頼む」
御堂は、一番の懸念事項だったことを言い当てられたことに、内心で関心していた。このブルーロという男は、異邦の人間がまず知りたいと思うことを、よく理解している。
「庶民の食事は、パンや麦粥が主食です。野菜や、捕れれば肉類も食せます。塩も、多くはないですが、一般的な家庭ならば食事に用いれますな」
「塩が流通しているのか?」
「はい。これもまた、授け人による知恵の恩恵ですな。流石に、胡椒に手は出さなかったようですが」
「香辛料の類いは、やはり希少なのか?」
「はい。この地では、遠方から取り寄せねばなりませんから、城での祝い事でもない限りは出すことはありません。香草なら使いますが」
「なるほどな……」
御堂はこのとき、手元にメモがないことが辛かった。こういう大事な知識は、紙に書き残しておかないと不安になるのだ。だが、ない物をねだってもしかたがない。
「食事についても、わかった。あとはそうだな……怪我をした際などの処置はどうしている?」
「ミドール殿もやはり、戦士ですな。それが気になるとは」
「変な怪我や病で死にたくないからな」
「わかります。この世には、微少な、目に見えないほどに小さな悪魔がいると言われ、それを消し去るための儀式があります。湯を沸かして、物を茹でたり、効能を持つ薬草を塗りつけるのです。また、手を磨くこと、歯を磨くこと、身体を清潔に保つことも重要だと言われ、世界で守られる規律となっております」
「……それも、授け人由来のものか?」
「そうです。これを授けた者は、その優れた知識と共に、恐ろしい流行病を根絶したとして、この世界では神に等しい偉業を成された一人とも言われています」
中世の世界に、殺菌消毒の概念を伝え、疫病を無くしたとなれば、それは神格視されるだろう。御堂は初めて、過去の授け人に感謝した。これが、傷口に糞尿をすり込むというレベルの衛生概念だったら、どうしようかと思っていた。
「それらの概念は、俺にもわかる。俺の世界では、その小さい悪魔の正体が判明していて、区分、分類が成されている。それを駆除するための薬も作られているからな」
「なんと、授け人のいる世界は、神の国とも劣らないと伝説にありましたが、真のようですな」
「……そんな良いことばかりの世界じゃないさ。多少技術が優れているだけで、この世界と大差ない。酷いとも言える」
その最後の呟きに、ブルーロは何かを感じたようで、それ以上は聞かなかった。軍人をしていれば、辛いこともあっただろうと思慮したのだ。
「……すまない、夢を壊すようなことを言った。ひとまず、俺が聞きたいことは聞けた。対価だ、答えられる範囲で答えよう」