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2.4.7 嫉妬心

 そうして昼食を取り始めた御堂たちを、城内から窓越しに見ている者がいた。トーラレルである。彼女は午前中に行われた講義でのことを口実に、御堂と昼食を取ろうと考えていた。それで彼を探していたのだが、嫌な形で見つけてしまった。


 仲睦まじい様子で、ラジュリィとその従者たちと食事を取る御堂。トーラレルはその姿を見ていると、胸の奥がじくじくと痛むように感じ、堪らず目を逸らした。


(身内、か……)


 校舎裏での一件で、ラジュリィから御堂は自分の身内だと言われ、そのときは「それがなんだ」と強がって見せた。

 だが、こうして、御堂を側に侍らせておける様を見せつけられると、心穏やかにはいられない。まるで心に鋭い棘が刺さったような、そんな不快感が走る。心がざわつく。

 ラジュリィに魔術で負けたとき以上の悔しさに、髪を掻き毟りたくなる衝動に襲われた。


「……イジン家の娘は、こんなことで怖じ気ついたりしないさ」


 そんな自身を諌めるために、安心感を得るために、口に出して呟く。だが、トーラレル自身はよくわかっている。これは負け惜しみだ。

 どうしても、彼女と彼の間に入り込むには、過ごした時間の差というハンデがある。それは凄く、理不尽だ。そう考えてしまう。


「どうして、と思わずにはいられないね……」


 どうして、御堂が、授け人が降り立ったのが、自分のいる共和国ではなく帝国なのか。この世界で初めて彼と出会えたのが、自分ではなくラジュリィなのか。


 これまでエルフの貴族、軍閥貴族の長女として真っ直ぐに育て上げられてきた少女は、産まれて初めて、他者に対して本気で「ずるい」と思った。


 普段のトーラレルならば、この手の感情は無価値なものだと切り捨てるか、決して表には出さず、薄い笑みの裏に隠し通しただろう。

 しかし、今の彼女にはそんな余裕は無かった。彼と食べようと思って用意していた食事の入ったかごは、いつの間にか床に落としていた。


 空いた手の親指の爪を、軽く噛む。行儀が悪いので、他者には、あのテンジャルにも見せたことのない悪癖だ。今のように、何か良くないことに直面すると出てしまう。


(もしも、彼に関する順序の全てが逆だったなら、あそこにいたのは、僕だったのに)


 内心に抱いたそれが、醜い嫉妬の感情であることはトーラレルも自覚はできている。けれども、それを押さえ込んで自制できるかどうかは、また別の話である。それをするには、少女はまだ若すぎる。


 普段、どれだけ聡明に見えても、余裕綽々な態度を取っていようとも、その実はまだ十六の子供なのである。


 どこからか剣を調達して、あの場に斬り込むなどと考えないだけ、まだ理性的だろう。少女の御堂に対する思いというのは、ここ数日でそこまで肥大化していた。


(……今は、いいさ。そう思うことにするよ、ラジュリィさん……)


 こちらの気も知らず、中庭の長椅子に腰掛け、御堂に笑顔を見せている恋敵の姿をもう一度確かめてから、トーラレルはその場を後にした。廊下には、拾われることのなかったかごが転がったままだった。


 ***


 その晩。トーラレルはベッドの上で膝を抱えて考えていた。否、あの後からずっと、考え事をし続けていた。その間に受けた講義の内容も、ほとんど頭に入っていない。

 隣の席にいたテンジャルに呼びかけられて、ようやく反応する。そんな有様なほど、上の空だった。


(これだけ時間を経て、やっと冷静になれるとはね……僕としたことが、情けない)


 自身があまりにも恋に盲目とも、恋に夢中とも言える状態に陥っていたことを、トーラレルは恥じた。軍閥貴族の娘として、どうかと思う。

 それでも、御堂のことを考えると、心がふわふわとした不思議な状態になる。同時に、彼の隣にいつもいる人間の少女のことを考えると、むかっ腹が立った。


(まずは戦略。戦略を定めてから、戦術で打ち勝つ。これが基本のはずだね)


 手元にあった枕を手に取って、トーラレルは考える。

 まずは、障害を如何にして取り除くかだ。ここで言うそれは勿論、恋敵であるラジュリィのことである。


(こういうとき、恋愛経験がないのは困るね……良い案が浮かばない)


 そもそも、生まれて初めて恋をしたのだから、経験もへったくれもない。相談できる相手もいない。というより、自分の知り合いで恋愛経験がある人間がいなかった。テンジャルは男嫌いだし、他の友人と言える相手も似たようなものだ。両親は、夫婦仲は良いが政略結婚した間柄である。


 こうなってしまうと、この少女は自分の知る知識。軍事的なことだとか、戦いにおける常識でしかものを考えられなくなってしまう。

 まず最初に、賢しい手段を用いて、御堂の周囲からラジュリィを排除することを思いつくが、それはすぐに却下した。


(あまり卑劣な手は使えない。露見したときが怖い)


 戦においては卑怯も何もない。不公平こそが公平であり、勝てなければ全ては無意味。そう考えるトーラレルだが、これが恋愛になるとそうはいかないのは理解できていた。

 人もエルフも、恋愛とは感情でするものだ。その感情に反する行為をして、果たして思い人が振り向いてくれるだろうか。答えは否である。相手があの御堂だということを考慮すると、なおさらそう思えた。


「だったら、速度で勝負するのは……?」


 呟いて、それは妙案だと一瞬思ったが、同時にデメリットも即座にわかってしまい、これもできないと却下した。

 デメリットとは、スピード勝負に出て先に告白しても、付き合いを断られてしまったら、そこで敗北になってしまうことだった。


 これは何としても避けたいことだった。それに、告白するにはまだ時期早々だ。まだ御堂に自分を好きになってもらっていないし、御堂に思いを告げる勇気もない。


(この僕が、勇気がわかないだなんて、父上に知られたら叱責されるだろうな)


 イジン家のエルフは、戦のときはいつだって先頭に立ち、恐れを知らぬ猛者でなければならない。それが先祖である授け人から言い伝えられている、家の掟であった。

 だと言うのに、トーラレルは手強い恋敵を前に、嫉妬心を抱くことしか出来ず、打開策を講じることもできずにいる。


 教育面で厳しい父親や母親がこのことを知ったら、我が娘がなんと情けないと天を仰ぐだろう。


 けれども、トーラレルは少女の本能で理解していた。恋愛において功を焦ることは、必敗の元に繋がる。同時に、尻込みしていたら恋敵に横から掻っ攫われてしまう。戦とは異なる戦い方が必要になるのだ。


(突撃するだけが戦ではない。父上はそう言っていた。だけれど、守るだけでは勝てないと、母上は言っていた。ならば、どうするか……)


 ここでの思慮は、今後の勝敗に直結する気がした。甘い戦略で挑めば、彼の強敵、ラジュリィ・ケントシィ・イセカーには勝てない。だからと戦略を練るのに苦慮していたら、その間に勝ち目がない程に差をつけられてしまうだろう。


「どうする、トーラレル・アシカガ・イジン……」


 思考を巡らせ、手にしていた枕を胸元に抱える。幾多もの案が浮かんでは消えて行く。その最中、トーラレルは自分が失敗して、敗北した状況を思い浮かべた。恋敵が敗者となった自分を嘲笑う様が見えて、少女は瞳に強い戦意の炎を宿した。


 負けてなるものか――恋する乙女は必至に考える。そして、思い至る。


(そうか、相手にない僕の価値を活かせば……講師ミドールにそれを評して貰えれば、それは好意を持たれることに繋がるんじゃないかな?)


 我ながら、それは妙案に思えた。相手を貶める手は使えない。物理的に排除することもできない。ならばと思いついた策であった。

 それからは具体的にトーラレルができることを考え、それでどうアピールするかを考え上げる。一度方針が決まってしまえば、決めるのは早かった。凄まじい勢いで、頭の中に策が組み上がっていく。


「ふふ……それにしても、ここまで僕に思わせるなんて、罪な人だよ。ミドールは……」


 呟いて、少女は枕を抱えたまま横になり、すぐに寝息を立て初めた。夜も耽り、思考を全力で回していた彼女は、眠気が限界まで来ていた。


 地球では、こういった状態で物事を考えてしまうことを「深夜テンション」と呼ぶのだが、異世界人であるトーラレルが知るはずもなかった。

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