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2.4.6 従騎士と従者

 その日の昼食時。


「ファルベスとローネに顔を合わせるのも、久しぶりな気がするな」


 待ち合わせ場所である学院城内の中庭。そこに設置されている長椅子に腰掛けた御堂は、先に座って待っていた主の従者と従騎士の二人を見て言った。


「ミドール殿は忙しそうだと聞いていたし、邪魔にならないように気をつけていたのよ」


「私たちも仕事がありましたので、こうして会う機会がなかったのもあります」


「お互い、仕事があるものな……しかし、ファルベスのその服装は、従者の真似事なのか?」


 しげしげとファルベスの様相を改めて観察する。よく見るまでもなく、いつもの皮鎧ではなく、ローネと同じ従者用の作業着、端的に言うところのメイド服を着ていた。


「ここにいる間は、従者としての仕事もしないといけないから、用意してもらったの……変かしら」


「いや、多少服装がかわった程度でおかしくなることはない。変な言い方かも知れないが、それを着ていても、ファルベスは年頃の少女らしいと思えるよ」


 とにかく褒められていることは伝わったので、ファルベスは頬を赤らめる。御堂の方も、変に褒めようとした結果、不自然になってしまった自分の言葉に「何を言っているんだ俺は」と、後頭部を掻いた。


 そんな二人を見ていたローネが咳払いをして、御堂の方にずいと上半身を寄せた。


「……ミドール様、私はどうでしょうか?」


「ん?」


「私の服装は、おかしくありませんか?」


「おかしいも何も……」


 思わず「普段と変わらない」と言いかけた。が幸いなことに、御堂は彼女の意図を理解できた。なので、口を止めてから言い直した。


「ローネもいつもと同じく、よく働く良い女性の鑑のようだ。だからその服も良く似合っている」


「あら、ミドール様はお上手ですね」


 それで満足したのか、ローネは椅子に座り直して、口元に手をやり微笑む。

 御堂は「俺は何を言わされているんだ……」と溜め息を吐きそうになったが、我慢した。


「ところで、ラジュリィ様は一緒ではなかったのですね」


「彼女は少し所用があるとかで、遅れてくることになっている」


「聞いてるわよミドール殿。いつもラジュ姉様とくっついてるから、男子からやっかみを受けてるって、大丈夫なの?」


 どこでそんな話を聞いたのか、ファルベスがじとっとした視線を向けてくる。


「まぁ、要らない騒ぎになることもあったが、最近は静かなものだ」


「それならいいけど」


「こういった噂話は、従者の間では盛んですから、ミドール様も良く話題に上がるのですよ」


「なんだ、魔無しの講師が何かしただとか、そういう噂か?」


「まさか! むしろ従者たちからしたら、ミドール殿は羨望の眼差しを向けられているのよ」


「そうなのか?」


 従者からそんな評価を受けているとは知らなかったので、意外だと御堂は首を傾げた。てっきり、学徒や講師と同様に、自分を見下していると思っていたからだ。


「従者は魔術が使えない者が多いの。それで同じ立場なのに講師をして、問題を起こす学徒を大人しくさせてるんだから、そりゃあ憧れの存在よね」


「そいういうことか……」


 確かに、思い返せば講義の用意を手伝ってくれる下男や従者たちは、快く御堂の言うことを聞いてくれていた。そういう理由があったからだと考えれば、彼らの態度も納得が行く。


「おかげさまで、私たちも不自由なく仕事ができています……時々、ミドール様のことを話して欲しいとせがまれるのは、困りますが」


「それにしても、ミドール殿から指南してもらってる学徒が羨ましいわね……」


「ファルベスも頃合いの歳になったら、学院に通うのではないのか?」


「貴族の産まれか、余程優れた者じゃないと学院には入れないのよ。魔術について学んでみたいし、ミドール殿に手解きしてほしいって、思わなくもないけどね」


 御堂は、自分にそう説明した彼女の表情が、どこか寂しげになったのを感じ取る。


(……しまったな、無知だった)


 本当はこういう場で学びたいのに、身分や立場からそれができない。それはとても悔しいことだろう。そうとは知らずに話題を振ってしまったのは自身の失態である。なので、御堂はフォローを入れなければなるまいと口を回す。


「……そうだな、ファルベスさえ良ければだが、また俺が指南しようか。そのための時間も作るように努力する」


「本当?!」


 それを聞いた彼女は、御堂の方に大きく身を乗り出した。思った以上にファルベスが食いついたのに驚きつつ、肯定する。


「魔術に関しては何も教えてやれないが、護身術の類や、俺程度の腕で良ければ、剣術も教えられるかもしれない。それでも良いか?」


「良いわ! ありがとう、ミドール殿!」


 余程に嬉しかったのか、御堂の手を取ってぶんぶんと上下に振るファルベス。後ろにいたローネは、その喜びように呆れつつも、彼女の肩に髪に手をやって、軽く撫でた。


「良かったわね、ファル。これでミドール様とお近づきになれるじゃない」


「ろ、ローネ姉様! 私はそんなつもりで言ったのでは……!」


「あら、それではどういうつもりで、お忙しい騎士ミドールに指南の約束を押し付けたのですか、ファル?」


 あっと三人が振り返ると、長椅子の後ろに自分たちの主人であるラジュリィが立っていた。柔らかい笑みを浮かべているが、その目線、ファルベスを見る目がなんだか冷たい。


「あ、いえ、ラジュ姉様……これはその……」


「……なんて、怒りませんよ、ファル。騎士ミドールが働き過ぎにならないか、心配ですが、本人から言い出したのなら、問題ないでしょう」


「ラジュリィ様、どこから聞いていたので?」


「ファルベスが勝手に自分は学院で学べないと決めつけを言い出した辺りからです。私が調理場を借りて昼食を作っている間に、何の話をしていると思えば」


「……勝手に? 決めつけ?」


 ファルベスが疑問符を浮かべて、主人の言った言葉の意味を理解しようと首を捻る。そんな妹分に物わかりが悪いですね、と言わんばかりにラジュリィが肩を竦めた。


「ファルベスは将来、学院に入ることが決まっているのですよ? 知らなかったのですか?」


「……ええ?!」


「私も初耳なのですが、ラジュリィ様。それはいつ決まったのですか?」


「我が領を出立する前日です。ブルーロは知っていたはずですが、何も言っていなかったのですか?」


 話を聞いていた御堂は、ファルベスの上司であり騎士である男、ブルーロがとぼけた顔でしらばっくれている図が頭に浮かんだ。


「あの禿げ頭め……」


 何か理由があって話さなかったのか、ただ単に言い忘れたのか、御堂には判断がつかなかった。そんな御堂の呟きには気付かず、ファルベスとラジュリィの会話は続く。


「で、ですが私のような者が学院に入るなんて……」


「いいですがファル。貴女は騎士ミドールが来てから自分を過小評価し過ぎています。その歳で従騎士になる才能がある時点で、ここに来る資格は充分にあります」


 これには、御堂もローネも頷いた。この歳の人間で使える魔術の平均回数を上回り、魔道鎧の技術に関しても、御堂の指導を受け初めてからは優れた才覚を発揮してきているのだ。まだまだ未熟ではあるが、将来性は高い。周囲はそう見ていたのだ。


「それまでに、騎士くらいにはならないといけないでしょうが、ファルなら大丈夫でしょう」


「ら、ラジュ姉様……本当に良いのですか?」


「このことは、私の父である領主ムカラドも、ついでに騎士であるブルーロも認めていることなのですよ。それでも自信がないと言うのですか?」


 ここまで言われれば、ファルベスに何か反論する言葉はなかった。ただ俯いて、嬉し涙を浮かべるだけであった。


「今は、この学院の空気を従者という立場で知り、騎士ミドールに教えを請うて力を得なさいな。よろしいですね?」


「はい……ラジュ姉様……ありがとうございます!」


 感極まって主人に抱きついた従騎士と、その頭を優しく撫でる主人。それを柔らかく嗜める従者。これには御堂も微笑ましく思い、微笑をたたえて女子三人を見守ったのだった。

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