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2.3.7 講師と悩める少女

 数日後。御堂は学院の青い床が伸びる廊下を一人で歩いていた。


(なんとか、学徒の操縦も様になってきたが、まだまだ時間がいるな)


 あれからも、御堂は何度か魔道鎧の指南を行っていた。そして先ほどの講義でようやく、素人同然だった学徒も、まともに剣を振らせることができるまで到達したと判断できたのだ。

 これからまた苦労しそうだが、御堂が当初に考えていたよりも、訓練が順調であった。これは本人にとっても意外だった。


(思いの外、学徒らの聞き分けが良いのが、幸いしたな)


 そう、学徒らは存外素直に、御堂の指示を聞くようになったのだ。これは御堂が自身の機体を見せて、それを軽やかに動かして見せたことが大きく作用している。


 学徒たちは実際に見て理解したのだ。この講師は少なくとも“魔道鎧に関しては”相当な熟練者であり、その点だけは、自分たちが教わるに値する人物である。そう考えた者が多数派になっていた。


 それでも、御堂を魔無しだと侮り、むしろそれしか出来ないのだと罵る者もいた。だが、その馬鹿にした相手の指導が的確で、きちんと講義を受けた同期が着実に技術を向上させているのを見せられると、嫌でも認めざるをえない。


 そういった諸々の理由で、御堂は魔道鎧の分野においては、学徒から一目置かれる講師になったのだった。


 閑話休題。そんな御堂が今、足を速めて向かっているのは、この学院にある図書室である。

 その図書室には、以前にイセカー領のムカラドが言ったように、古い伝承などが記された書物が大量に貯蔵されている。それこそ、御堂がこの学院へやってきた本来の目的である。


 これまでに数回、講義の合間をぬって図書室に立ち寄っていたが、本格的に調べ事のために時間を作ったのは、今回が初めてだ。


 何故かと言えば思いの外、講師の仕事をするのに手間取ったせいである。そうでなくても、講師というのは忙しかった。講義を終えたら内容を報告するための書類を書き、提出し、場合によっては詰め所で話さなければならなかった。その上で、次の講義の準備もしなければならない。


「いい加減、一つでも有益な情報を得たいものだ」


 ちなみに、御堂はこの世界の言語を理解することができる。不思議なことに、文字列を見ただけでその言葉の意味が脳裏に浮かぶのだ。目に自動翻訳機でも埋め込まれたような気分であったが、それも慣れた。まだ文章を書くのは覚束ないが、時間をかければ、簡単な書類を作ることくらいはできる。


(これもまた、俺が授けられたものなのだろうな)


 このおかげで、ラジュリィやローネ、ファルベスを呼んで一緒に本を見てもらうという、成人男性として恥ずかしい事態にならなくて済んでいる(このことを聞いた一人の少女は、とても残念そうにしていたが)。


 ともかく、なんとか捻出した時間を活用して、御堂は情報収集を図りたかった。そう考えて角を曲がったときだった。階段の裏、物置のようになっている場所に人影を見つけて立ち止まる。印象的な金髪を、後ろで一本に括っている後ろ姿を確認する。


「……トーラレルか?」


 呼ばれた少女、トーラレルはぴくりと長い耳と肩を揺らした。振り向いた彼女の表情は、御堂が見たことのない、不安と焦燥感を感じさせるものであった。いつもの自信にあふれ、飄々としている彼女らしくない様子だった。


「講師殿……?」


 だが、それもすぐに引っ込み、いつも彼女が見せる薄い笑みに変わった。階段裏から出てきて、御堂の前まで来ると、すっかりいつもの調子だと見えるように務めていた。


「いけないな、講師殿。乙女が一人でいるときは、他者に放っておいて欲しいときでもあるんだよ?」


「そうか、それは失敬した……だが」


 目の前の少女の瞳を真っ直ぐ見据え、御堂は言う。黒い真珠のような眼差しは、相手によっては頬を染めさせていたかもしれない。


「学徒が困っていたり、悩んでいるとき、手を差し伸べるのが講師の役目だと俺は思っている。今は、正にそのときじゃないかと思ったんだ」


「それはまた、大層なことを言ってのけるね。講師殿は」


「そうか? 俺のいた国では、講師はこのようであれと、良く言われているのだけどな」


「随分と理想的なことが言える国じゃないか、羨ましいくらいだ」


「理想かもしれないが、理想だからこそ、目指すことでもある。俺はそう考えている」


 話の趣旨が問答によって段々とずれてきていることに気付いた御堂が、咳払いをした。


「……つまり、講師殿は僕に何が言いたいのかな?」


 そんな御堂を、試すような笑みで見つめるトーラレル。対し、御堂は「単純なことだ」とそれを告げた。


「何か困っているなら、俺に相談しろ。力になれるかもしれない」


「……講師殿が? 僕の力になると?」


「そうだ。だから、話だけでも聞かせてくれないか」


 真面目な顔でそう言う御堂に対し、トーラレルはそれが何かおかしいかったのか、くすくすと笑った。


「……何か変なことを言ったか?」


「ああ、いや、失礼した……いやね、僕が知る講師というのは、魔術などを教えるだけで、それ以外のことは一切してくれないし、しようともしないのさ。己には関係のないことだと言ってね」


「どうも、そうらしいな」


 そのことは、トルネーらからの話から、御堂も良くわかっていた。だが、だからと周囲に迎合して自身もそうするつもりは無かった。だから声をかけたのだ。それがどうも、彼女の知る一般的な講師の考えとは違いすぎるらしかった。


「そんな講師の一人が、学徒の相談にのると言うのは、変わり者にも程があると思ったのさ」


「俺も授け人と呼ばれる身だ。変わり者には違いないだろう」


「ああ、そうだね……確かに授け人は古来より変わり者が多かったと聞くよ」


 小さい笑い声を収めて、再び微笑みを浮かべたトーラレルは、御堂の目を見返して言った。


「それで、その余所者の変わり者に心配されるほど、僕が落ちぶれていると思うかい、講師殿?」


 トーラレルは笑みを浮かべたままだが、目元だけが笑っていない。鋭い光を放っているようだ。それは十六の娘とは思えない凄みすら感じさせた。だが、


(なるほど、これは、少女なりにあるプライドに触れたか)


 御堂は怯みもしなかった。子供の強がりだと断じて、言葉を作る。


「落ちぶれたも何も、多感な時期の少女が何かしらで悩むのは当然のことだろう。それを心配するのは、年配者として当然のことでもある。違うか?」


 さも、それが当たり前のことだと言う風に言われ、エルフの秀才と言われた少女は、はぁと嘆息を吐く。知らず内に込めていた肩の力を抜いて、力なく首を横に振る。


「まいった、降参だ。正直に言えば、確かに僕は悩んでいるし、誰かに相談できればとも思っていたよ。その相手が、まさか講師殿になるとは思わなかったけどね」


「最初からそういえば良いだろうに」


「意地というものがあるのさ、エルフにはね……だが、悩み相談をするにしても、廊下でするのは無粋というか、不用心だね。他の誰かに聞かれて良いことでもないし」


 確かにと首肯した御堂は、今し方に向かおうとしていた場所の状況を想像して、トーラレルに提案する。


「それなら、図書室で話さないか? どうもあそこは人が頻繁に来る場所ではないらしいからな、最適だろう」


「図書室は私語厳禁と言われているけれど?」


「あそこは何か、静寂という魔術がかけられている空間だと聞いた。大声で話さなければ、周囲に声が漏れることもないと説明されている。相談事にはうってつけだと思う」


「……意外と良く魔術を勉強しているじゃないか、講師殿」


「説明を聞いただけさ、きちんとした勉学はできていない。だから学徒から認められないのかもしれないが」


 話ながら先導するように前を歩き出した御堂の背中を見て、トーラレルは肩を竦めてから後に続いた。そして小さく呟く。


「――魔術ができる講師よりも、余程頼りに見えるよ。今の講師殿は」


「ん、何か言ったか?」


「いいや、何も」


 振り向いたが、誤魔化すようなはにかみ笑顔を見せるトーラレル。御堂は疑問符を浮かべたが、それ以上は何も聞かなかった。それよりも、


(また、情報収集の時間を削らなければならなくなったな……)


 つくづく、自分は他者に甘い。御堂は自身の悪癖故に作ってしまった状況に、溜め息を吐きたくなった。それを、後ろの少女に悟られないようにするのに必至であった。

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