2.3.6 魔道鎧の講義
次の日の昼前。御堂はだだっ広い格納庫に来ていた。中には布の被せられた魔道鎧が並んでいる。前日に学徒らが生成したものだ。格納庫の入り口は開け広げられ、外にある茶色い地面のグラウンドが中から見える。
今日行うのは、先日に剣術を教えたヴィリィクラスの面々に魔道鎧、人型機動兵器の扱い方をレクチャーする講義だった。これもまたボイコットされるのではないかと思われたが、幸いにもそうはならなかった。御堂はここに集まった学徒らの人数を数え終えると、安堵の笑みを浮かべた。
「今日は、全員集まっているな」
流石に、自分の生み出した魔道鎧の扱い方を教わらない学徒などいないだろう。その楽観的な考えもあったが、それだけでは足りないと思った御堂は、一つの策を講じていた。それが成ったようである。
「本当に魔無しが魔道鎧を……」
「しかも見たことがない型だ」
「もしかして、一等級?」
そんな会話が御堂の耳にも入ってくる。学徒らは揃って、御堂の背後にそびえる白い巨人。ネメスィを見て驚きを隠せない様子だった。明らかに既存の魔道鎧と異なるデザインに、特徴的な翼。ただの量産品ではないことは明らか。学徒らは、御堂がただの魔無しではないことを認めざるをえなかった。
実を言えば、御堂は前日にラジュリィへ一つの頼み事をしていた。それは「自分が専用の魔道鎧を持っているという話を、クラスでそれとなく話しておいてほしい」という内容だった。その意図をすぐに読み取ったラジュリィは快諾した。
そして御堂から頼まれた通り、ラジュリィは自身のクラスメイトにこのことを伝える。最初は信じられないと笑っていた学徒らだったが、彼女の見聞きしたことから来る具体的な話に、それが嘘だと断じることができなくなった。
仕上げに、彼女が「嘘だと思うのなら、実際にその目で確かめれば良いでしょう」と言ったことで、そこまで言うなら、御堂の講義に出て確かめてみようというかという風潮が、クラスの間で広まったのだ。
もちろん、前述したように、己の魔道鎧を操る術を得るためだけに来たという学徒も少なくない。だがそれでも、この講義をサボろうと考えていた学徒を引き留める効果は、充分に発揮されたのである。
こうして、協力者のおかげで出席率十割を達成した御堂は、微笑みを浮かべているラジュリィに向けて、小さく頭を下げて礼をした。彼女の方は、お気になさらずとでも言うように、手をひらひらさせる。
(あの娘から「これは一つの貸しですね」と言われたことだけはネックだが……費用対効果はあったと見て受け入れよう)
わざわざこのような策を講じるなど、熱の入れすぎだと講師主任から言われるかもしれない。だが、任されたからには手を抜かないのが、御堂なりの信条である。講師もきちんと務めるし、自身の目的も達成する。それが、彼にとってベストな選択だった。
「では、これより魔道鎧の操縦に関する講義を行う」
話し始めると、お喋りをしていた学徒たちは静かになり、御堂の方を向いた。その視線には、相変わらず奇異的なものが混ざっているが、敵意が薄れただけでもマシになった方だろう。
「とは言っても、俺が担当するのは実技だ。魔術に関しては明るくないからな、座学で基本的な動かし方については教わったと思うから、そこは省略させてもらう」
聞いて、失笑する学徒もちらほらといた。それらを一切気にせず、御堂は話を続ける。
「そこでだ。先に確認しておくことがある。君らの中で、魔道鎧を動かした経験があるのは何人いる? 挙手でいいから教えてくれ」
その質問に、何人かはおずおずと手を上げる。全体の半分くらいだった。残りは本当に動かしたことがないか、御堂の質問を無視しているかのどちらかだ。ラジュリィは魔道鎧の操縦経験がないので、手を前で重ねたままだ。
「では手を挙げてくれた君らは、どのくらい動かした?」
「……搭乗席に乗って、少し腕を上下させただけです」
「俺は剣を振ったぞ」
「そのくらい、俺だってやったさ。騎士と模擬戦をしたこともある」
「私だって――」
次々と動かした自慢を始めた学徒らを「よくわかった、ありがとう」と、手の動きで制する。再び静かになった彼ら彼女らの前、御堂は少し考える仕草を見せてから、うんと頷いた。今ので、大体の技量は予測できたのだ。
「君らの状態はわかった。基礎からやろう……ただその前に、魔道鎧の確認だな」
言って、御堂が手を挙げて、魔道鎧の側で待機していた下男や学徒の従者らに合図した。それを確認した彼らは、一斉に被せられていた大布を取り払った。
そこから現れたのは、色取り取り、細部も多少異なるが、よく見たウクリェベースの魔道鎧であった。ここまでは御堂の予想通りだった。ただ一体だけ、下男が複数人でなんとか布を剥がした、大型な異形の存在があった。
「これは……すごいな」
率直な感想が口から漏れた。その怪物の表面は水色を基調にし、所々に琥珀色が入っている。四本脚で大質量を支えているそれは、明らかに他の魔道鎧とは一線を画す代物に見えた。これが一等級の魔道鎧というものなのだろう。そうとしか思えなかった。
そして、学徒の中でそんなものを生み出せるの人間を、御堂は一人しか知らない。
(まさかとは思うが……)
思わず、ラジュリィの方を見やる。彼女は少し得意げな風に笑みを変えて、御堂の方へと一歩前に出た。そして、恭しく自己紹介をするように、怪物の名前を告げた。
「これが私の鎧、名を“ティーフィルグン”と呼びます」
「それは、ラジュリィが考えたのか?」
「いいえ、この子が自分から名乗ってくれたのです。貴方と同じ、授け人からの送り物なんです。どうですか、講師ミドール、凄いでしょう?」
自慢の子を見せたように笑みを浮かべるラジュリィ。対し、御堂はその名前から一つ、嫌な予感を感じていた。偶然、何かで聞き知った地球での伝承と繋がりを覚えたのだ。
(……語源はこちらの世界の妖刀、ティルフィングじゃないだろうな)
それは持ち主を必ず破滅に導く、北欧関係の武器の名である。授け人繋がりであるとすれば、何らかの関連性があると見ても良いかも知れない。だとすれば、それは相当に不吉な名だ。
(いや、考えすぎか)
しかし、御堂はそれ以上深く推測することをやめた。今は関係の無い話であるし、そういったことは後で時間を掛けて調べても良いだろうと思った。
「ああ、凄い鎧だな。流石はラジュリィだ」
「ふふ、よろしいです」
「さておき……すまないが、ラジュリィだけ別のことをしてもらっても構わないか? ウクリェと構造が違い過ぎて、俺が考えてきたもので十分に訓練できそうにない」
「それはわかりました。仕方のないことです」
本人の承諾を得ると、御堂はラジュリィの後ろの学徒らの方へ向いた。これから行う講義、訓練の内容を告げる。
「まずは鎧に慣れることからだ。搭乗して広場まで出てくるように、それが最初の訓練だ」
学徒らは返事も適当に、己の魔道鎧の元へと走っていった。下男や従者の手を借りて、それぞれの魔道鎧に乗り込んでいく。その様子を見送ってから、御堂もネメスィから垂らしたワイヤータラップを掴む。そして登りながら呟いた。
「さて、出てくるまで何分必要かな」
***
結論から言うと、全員の学徒が魔道鎧でグラウンドに出てくるまで、十分もかかった。
出入口でつっかえたり、立ち上がるのに手間取ったりと、理由は色々とある。とりあえず言えるのは「ほぼ全員がずぶの素人程度の腕前」ということだ。御堂は、大体が自分の推測通りだったことに、喜んで良いのか悲しんで良いのかわからなかった。
複雑な感情がこもった溜め息を飲み込んで、外部スピーカーで次の指示を出す。
「さて、それでは次の訓練は駆け足だ。俺が先導するので、各位は走るなり歩くなりしてついてくるように」
その指示を受けて、学徒らのウクリェは顔を見合わせるように首を巡らせた。自分たちを馬鹿にしているのか? とでも言いたそうな仕草だった。それには答えず、御堂はさっさとネメスィをグラウンドの外周に当たるところまで歩かせる。
「ラジュリィは、申し訳ないが広場の中央を適当に歩いてみてくれ、慣らし運転だ」
『わかりました、講師ミドール』
「それじゃあ行くぞ」
御堂が合図をして、ランニングがスタートした。後に続くウクリェたちは楽勝ムードで足を動かし始める。が、一周もしない内に、事は起きた。
『あ、あ、あれ?』
まず、先頭にいた一体が器用にも自分の足と足を絡ませて転んだ。後ろにいたもう一体は、咄嗟に反応してジャンプで避けようとして、前転する。
『うわああ?!』『きゃあああ!』
悲鳴をあげて地面に転がったニ体を、一応は列を組んで動いていた後続が回避できるわけもなく。
『あ、おい馬鹿!』
『避けろ避けろ!』
『おおお?!』
次々とぶつかり合い、地面に倒れ、ひっくり返る。阿鼻叫喚の地獄絵図となってしまった。これは流石の御堂にとっても想定外であった。操縦音痴、いや、魔道鎧音痴でも揃っているのかこのクラスは、と呆れと疑問符を浮かべつつ、駆け足で団子状になった学徒らの元へ戻る。
「君ら、遊んでるわけじゃないだろうな」
その質問に対して素直に答えられる学徒は、一人もいなかった。多少の油断はあったとしても、少し歩かせただけで、この様なのだから。
(これは……苦労しそうだ)
頭の中で組んでいたカリキュラムを、大幅に修正しなければならないようだ。御堂は我慢できず、溜め息を吐いたのだった。




