1.1.6 文明把握
気付けば、外はもう暗くなっていた。
与えられた個室の窓からの景色を見て、御堂はこの世界の文化レベルが、思いの外高いことを知った。
分厚くいびつだが、窓ガラスがあるのもそうであるし、城下町には点々と明かりが見える。
(夜に、庶民が灯りをつけられるだけの照明器具があるということか)
この部屋へ御堂を案内した従者の少女が、その様子に怪訝そうに声をかけた。
「授け人様。よろしいでしょうか?」
年齢は十八ほどに見える、栗色の髪を後ろにまとめた、素朴な印象を受ける少女だった。服装は、如何にも中世のメイドと見える。
「ああ、申し訳ない。少し外が気になっていました」
「……授け人様も、戦士であるということだと、受け取っておきます」
どうやら、外の暗闇を警戒していたと思われたらしい。御堂もそれをあえて訂正しなかった。そんな彼に見せるように、彼女は側にあったカーテンを開いた。その中を見て、御堂は内心で少し驚いた。
「こちらが風呂となっております。使い方はおわかりですか?」
「……はい。見れば、大体のものはわかるつもりです」
従者にそう言って見せた御堂の言葉に嘘は無い。何故なら、そこにあったのは、地球にある物に極めて近い、浴槽。どちらかと言えば、西洋のバスタブだったのだ。
さらに、彼女は部屋にあった小部屋を開いて、中にあった便器と洗面台まで見せてくれた。どちらも、見るだけで使い方が理解できたので、説明を受けるのは遠慮した。
「何事かありましたら、何なりとお申し付けください」
「わかりました。ありがとうございます」
頭を下げる従者に、御堂は礼を言った。すると、従者の少女は小さく、嘆息とも溜息ともつかない息を吐いた。どこか、呆れを含んでいるようにも思える。
「……私から、失礼ながら一つ言わせていただいてもよろしいでしょうか」
「何か?」
「私たち従者に対し、そのような話し方はおやめください。あなた様は授け人であり、ムカラド様の大切な客人なのです。それに、兵の男たちから軽んじられる元になります。ここに長く滞在するのでしたら、お気をつけください」
それは彼女なりの気遣いの忠告らしい。御堂は頭を掻いた。先ほど、領主から言われたことを、また思い出した。ここの世界観では、無駄な礼儀を振りまくことは、決して礼儀正しいとは言えないのだ。
「ありがとう。では、普段の口調で話させてもらう。忠告、感謝する」
軽く頭を下げ、普通に接するように話した御堂の顔を見て、従者は顔を赤らめた。
「……そちらの方が、素敵ですわ」
「そうだろうか?」
「はい。それでは、失礼致します」
彼女は礼をしてからひるがえると、少し早足で、部屋から出て行った。
「……授け人、か」
御堂はとりあえずとして、置いてあった椅子に腰掛ける。木で作られた机に肘をついて、推測を始めた。
この世界の文明のレベルは、どうにもちぐはぐだ。人々や文化形式は、中世か近代のヨーロッパ、西洋的であるのに、上下水道がある。窓ガラスもある。風呂があるということは、衛生に関する概念もあると見て良いだろう。その原因は、間違いなく、自分の呼称である「授け人」である。
(過去に現れた授け人というのが、この歪な世界を作り出したのか?)
文字はわからないが「授け」が日本語で言う「授ける」という意味だったならば、授け人とは、授ける人という意味と取れる。そう呼ばれるようになったのは、文字通り、技術や知識を、この世界の住民に“授けた”からだろう。それが全員、同じ地球人なのかまではわからない。だが、トイレも風呂も、地球のものと差異は少ない。使い方も、地球でのものが伝わっていると見るべきだ。
(進んだ文明を与えれば、崇め称えられもするか)
だから、有り難いものとして、伝説になっている。そう考えれば、自分に対する領主やその娘であるラジュリィ、さっきの従者の態度にも納得が行く。
(なりたくもないものになってしまったな)
過去にこの世界へやってきた授け人たちは、考えなかったのだろうか? 分不相応のものを与えた結果が、何をもたらすかということや、その影響について……考慮していなかったのならば、御堂としては過去の地球人を褒める気にはなれなかった。
(そもそも、俺に何を授けろというんだ。現代の戦闘システムか? 軍事ドクトリンか? 戦術か?)
冗談ではない。そんなものを与えた結果がどうなるかなど、一端の兵隊でしかない御堂にも理解できる。
そう考えていると、部屋の扉がノックされた。同時に、男の声で「授け人殿、よろしいですか?」と訪ねてくる。
「はい、構いませんよ」
相手がどんな立場かわからないので、一応、御堂は口調に気をつけた。部屋主に許可されて入ってきたのは、背の高い、白衣のような外套をまとった禿頭の男だった。外套の中には、革鎧を着ている。
「お初にお目にかかります。自分はこの城に仕えるブルーロ・エグマグと申します。学士の真似事をさせてもらっています」
「自分は、御堂 るいです。ミドールとお呼びください」
「はい、ミドール殿……私にそのような畏まった話し方は不要です。どうか気楽にお話ください」
従者に続き、学士を名乗る男にまで、口調を改めろと言われてしまった。授け人と領主の客人という立場は、よほど位が高いらしい。
「……わかった。ブルーロ・エグマグさん」
「ただのブルーロで結構ですよ。そんな大した者でもありません」
「しかし、学士というのは高い地位ではないのか?」
自分の常識から、御堂はそう訪ねたが、ブルーロは苦笑して答えた。
「学士と大層に言っても、ただの頭でっかちですからな、武術や魔術も嗜んでおりますがね」
自身の髪の無い頭をはたいて、砕けた口調で言うブルーロに、御堂は警戒心を解いた。それを察したのか、ブルーロは話を始める。
「私が来ましたのは、是非、ミドール殿のいた世界についてお伺いしたいのと、私の口から、簡単にこの世界についてご説明をするためです」
それを聞いて、御堂は「来たか」と思った。授け人の持つ知識とやらを聞き出しに来たという意図だろうと考えた。慎重にならなければならない。
「……ああ、構わないが、俺が言えることなどそんなにはないし、それに」
「それに?」
「少し、対価をもらいたいと思った。何も金銭ではない。俺がこちらのことを話す前に、そちらのことを質問したいというだけだ。それが対価だ」
御堂の提案に、ブルーロはこくりと頷いて承諾の意を示した。
「わかりました。では私でよければ、ミドール殿の疑問にお答えしましょう」
「有り難い、早速だが、授け人とは、具体的に何なんだ?」
知りたいことは沢山あるが、まずは、自分が呼ばれているその存在について、確かな情報を得る必要があると判断した。
「授け人とは率直に言えば、異世界からやってくる、生きた情報源です。それ以上の価値は、その人それぞれにより異なります」
「本当に率直だな」
「ミドール殿は、変に誤魔化されることがお嫌いと思いましたのでね」
「確かにそうだ。続けてくれ」
「授け人が最初に現れたのは、神話の時代が終わりを告げてすぐのことだと言われています。まだ火すら上手く扱えなかった我々の始祖に、初めて文化を与えたと伝えられています」
その言い方から、神話の時代というのが具体的に何年前なのかというのは、学士にもわからないのだろうと御堂は理解した。
「それからも、早くて数十年、または百数年に一度、異世界から呼ばれた人間が現れるようになったのです。我々は、自分たちに文化を、知恵を、知識をもたらす彼らを、授ける者、授け人と呼ぶようになりました」
御堂の推測は的を得ていた。異世界、おそらくは地球から技術を伝える者が、授け人と呼ばれているのだ。