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2.3.5 灯台下暗し

 エルフとの初講義を終えて、御堂は講師が集まっている詰め所へと戻ってきていた。そして目的の人物を探そうと首を巡らせる。


 その二人はすぐに見つかった。講師主任のトルネーと、女性講師でエルフのトイズである。

 ちょうど何か話していたらしく、二人は一緒だった。これは都合が良いと、御堂は詰め所内の喧噪を突っ切って声をかけた。


「講師トルネー、トイズ、少し良いか」


「なんだ講師ミドール。先の講義で何かあったか」


 自分に御堂が尋ねてくるのを予見していたのか、トルネーは鋭い視線をトイズから御堂に移した。目付きが厳しいが、特に不機嫌という様子はない。トイズも御堂に黙礼した。


「あったと言えばあった。エルフの学徒が、三分の一しか来なかったんだ。俺が侮られているのが原因だろうが……」


「なるほど、それで?」


「どうにかして、学徒に講義を受けさせることはできないだろうか。俺は講師などやったことのない男だ。良い考えが出ない」


 実際、御堂が人に教えるといった行為をしたのは、数ヶ月前にイセカー領でやった技術指南が初めてである。それより前、日本に居た頃はむしろ、まだ教わる立場だった。そんな人間が、講師の真似事をして、上手く行かないのは当然だというのが、御堂の主張だった。


 この意見を、元の世界についてをはぐらかしつつ二人に話すと、トルネーはふっと息を漏らして頬尻を上げた。


「何を言うかと思えば、お前はこちらが想定したより上手くやっているではないか」


「そうか? そのようには思えないが……いや、もしかして講義を見ていたのか?」


「ああ、良く見ていたぞ。言って聞かない馬鹿に力の差を示して上下関係を叩き込む。実に有効な手段だ。それをする実力もある。流石は、イセカー家の騎士というところだな」


 予想外の賛同に、御堂は「はぁ」と生返事をした。対し、トイズの方は眉を顰めて小さい声を出す。


「私は……少し乱暴な手段だと思いますが、相手はまだ若いのですから……少しは許容してあげないと……」


「だからお前は人間からもなめられるのだ、講師トイズ。この男を見習ったらどうだ。力はあるのだから」


「それはちょっと……」


「いやいや、問答をしていないで、今はこちらの悩みを聞いてくれ」


 話が逸れていったのを感じた御堂が、慌てて話を戻そうとする。だが、それに被せるようにトルネーが答えた。


「講師ミドール。お前は少し熱が入りすぎている。不慣れ故かもしれんがな」


「自身の役目を全うするのに熱が入るのが、悪いことか?」


「いいや、悪くない。悪くないが、熱の通らぬ素材にいくら熱を入れようとしても無駄なことだ」


「学徒はその素材だと?」


「大半はな、特にエルフはそうだ。あいつらは己を完成しきった存在だと信じて疑っていない。実際には半端物だというのにだ」


「その勘違いを正してやるのも、講師の仕事だろう」


「果たして本当にそうか? そこまでやってやる価値が、あいつらにあると思うのか、お前は」


「当然だ」


 その問いにしっかり肯定してみせた御堂に、トルネーは青い果実を見るように目を細め、トイズは羨望と哀憐が混ざった複雑な笑みを浮かべた。


「お前の志は立派だ。貫けるならの話だがな……そして、それは現実を知らぬから、まだ現実に押し潰されていないからこそ、吐ける台詞だ」


 その言葉には、トルネーの年相応に皺が入った表情に裏付けられる、経験から来る確かなものが感じられた。


「講師の現実か……」


「そうだ。お前が今直面している悩みが、その現実に他ならない」


「確かにそうだ。だが、それでも――」


「それでも、何か? お前は学徒を導く先導者にでもなるつもりか? それが目的でこの学院にやってきたのか? 違うだろう。お前にはお前の目的があったはずだ」


 言われ、御堂は言葉を詰まらせた。確かに、ここに御堂が訪れたのは、講師としてやっていくためではない。

 表向きはラジュリィの護衛。真の目的はこの学院にある過去の授け人の情報を得ることだ。だと言うのに、ここに来てから指導者になりきることばかり考えていた。自身の目的を見失いつつある。


「どうせ、学院長にでも何か吹き込まれたのだろう。まだまだ青いな、講師ミドール」


「講師トルネーの言う通りだ……俺は未熟者だな」


「だが、真面目な講師が増えるのは私にとって悪いことではない。だから、一つ良いことを教えてやろう」


 言って、トルネーは御堂の耳元に顔を近づける。淡い期待を抱いた御堂だったが、


「――諦めが肝心だということだ。覚えておけ」


 その一言で、肩をがくりと落とした。その様子に、ふんと鼻を鳴らしたトルネーは「次の講義がある。私は行くぞ」と、早足で詰め所から出て行ってしまった。

 その場に残された御堂は、落ち込んだ様子で肩を落とした。その肩をトイズが気まずそうに軽く叩き、なんとか励まそうとする。


「き、気を落とさないで……実際、エルフの私が言うのもなんだけど……その、独自の世界観と判断基準を持った人が多いから……全員に言うことを聞かせるのは、凄く難しいと思います」


「……そうか、いや、しかし」


「ここは子供の面倒を見る場所じゃない……あくまで、魔術や戦う術を教える場所。そのことを、忘れないで」


 そこまで話した時、学院の鐘が予鈴を鳴らした。トイズが「あっ!」と声をあげる。


「わ、私も次の講義があるんだった……頑張ってください、講師ミドール。応援してます」


 励ましの言葉を言い残して、トイズも駆け足で去って行った。まだ残っていた他の講師たちも、受け持ちの場所へ向かって移動を始める。すぐに、そこに残っているのは御堂一人になった。


(地球……いや、日本とは教育に対する考え方が、根本から違うのだろうな。当然と言えば、当然だ)


 この会話から、御堂はそれを良く思い知った。そして、トルネーに言われたことで、自分の目的を見失いつつあったことを自覚して、溜め息を吐いた。


(段々と、この世界に思い入れが出来つつあるということか? 危険だな)


 本当にこの異世界に対する愛着が湧いてしまったら、いざ元の世界へ帰れるとなったとき、迷ってしまうかも知れない。それは大変に危険なことだと思った。


「迷うな、御堂 るい。元の世界に帰るために、ここに来たんだろうが」


 独り言で己に言い聞かせて、御堂も部屋から出ようとした。そこにちょうど、一人の男性講師が入ってきた。その人物は御堂の姿を見つけると、小馬鹿にした笑みを浮かべて、御堂に近づいて来る。ゲヴィターだ。


「どうも、講師ゲヴィター」


「ああ、どうにも苦労しているようだな? 魔無し」


「その呼び名が、俺の脚を盛大に引っ張っているよ」


「だろうな」


 どうやら、ゲヴィターは御堂の講義に学徒が来ないことを笑いに来たらしい。嫌らしい男だ。と御堂は思いつつも、ふと思い立って、質問してみることにした。


「ところでだ、先輩講師。貴方なら、俺のような状況に陥ったとき、どうする?」


「なぜ、それを私に聞く?」


「良いじゃないか、後輩が困っているんだ。知恵を貸してくれ」


 言って、朗らかな笑みを浮かべた御堂。ゲヴィターは薄ら気味悪いという風に表情を歪めたが、次には「はっ」と鼻で笑った。


「簡単だ。実力を見せてやれば良い。それも武術などでは駄目だ。きちんとした魔術だとか、学徒が共感できるものではないとな」


「……それは、そうだな」


 共感、という点に御堂は着目し、考えるように顎に手を当てる。もう少しで、何か浮かびそうだ。そんな様子に気付かないゲヴィターは、半笑いで続ける。


「もっとも、お前のような魔無しにそういう手は使えないだろうがな、精々、あの特異な魔道鎧で曲芸でもしてみせればどうだ? 良い見世物になる」


(学徒が共感できる力で、魔術以外のこと……そうだ、魔道鎧。あれなら――)


 どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのか、御堂は自分の視野の狭さに苛立ちそうになった。だがそれよりも、まずはこの発想を試してみなければならない。


「講師ゲヴィター。ありがとう、解決策が見つかりそうだ」


「何?」


「用意することが出来たので、先に失礼する」


 当惑する講師を置いて、御堂は詰め所を後にした。向かうのは、己の主人であり、唯一学徒の中で協力してくれそうなラジュリィの元である。

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