2.3.4 魔道鎧、生成
学徒らは工房の中にずらりと設置された台の上に、一人ずつ上がった。補助についた雑用の講師らと共に、自分が手にした魔道書に記されている魔法陣を画いていく。
白いチョークで書かれた魔法陣の大きさは、どれも直径五メートル前後。この作業を素手で行ったら重労働だったかもしれない。だが、補助についている講師は学徒と違いちゃんとした魔術師である。魔素を受けたチョークは独りでに動いて、勝手に陣を作り上げていく。
そして、陣の前に立った一人の学徒が、両手を掲げ、自身の内向魔素と周囲の外向魔素を練り上げる。それを、習った手順通りに魔法陣へと送り込んで行く。
すると、魔法陣の中に巨人の足首が生成された。続いてそこから脛が生え、腰で繋がり、胴体ができあがり、両腕が伸びていく。最後に頭部が出現して、完成した。
他の台座の上でも、同じ様な行程を得て、魔道鎧ができあがっていく。それはまるで立体型プリンタで機器を生産する工場のようだった。
それらが並ぶ隅で、ラジュリィは一人の講師と共に魔法陣の形成に苦労していた。
「この陣、ちと大きすぎるな……上手く書けるだろうか」
「講師にも難しいのですか?」
「私の専門ではないからな、助っ人に呼ばれただけだし……他の魔道書にしない? 陣が大きいということは、それだけ必要な魔素も多くて難しいわけだしさ」
「それはちょっと……私、これが良いと決めたんです」
「しかしなぁ」
そんな風に話してしていると、滞っているのが見えたのか、講師ケムルが駆け寄ってきた。また息を荒くしたのを深呼吸して整える。
「どうかしたかね」
「ああ、講師ケムル。この学徒が持ってきた魔道書の陣、少し私では手に余るものでして」
「なるほど、それでは私自らが書こうじゃないか」
「え、講師ケムル直々にですか? ですがこの陣、相当に変わり種ですよ」
「だが学徒はそれが良いと言ったのだろう? ならばできる限り叶えてやるのが講師の役目だ。ささ、二人は下がって、魔道書を貸したまえ」
そういうなら、と補助の講師が魔道書をケムルに渡す。中身をぱらぱらと捲って確認した講師は「むむむ」と唸り声をあげた。彼はここにある魔道書の全てを把握している。けれども、この奇怪なものを選ぶ学徒が現れるとは思っていなかったのである。
「なるほど、これを選ぶとは、流石はイセカー家というところだな」
「できますか? 講師ケムル」
「何をおっしゃるお嬢さん。私は専門家だぞ」
言いながら、講師ケムルは片手を振り上げた。すると、台座の上に転がっていた五本のチョークが一斉に起立し、宙へと浮いた。
「ふんっ!」
そして気合の声を入れると、チョークたちは動き出した。統制の取れた規則立った動きで、それらは台座の上に魔法陣を画いて行く。その大きさは、一辺十メートルの台座ぎりぎり、つまり直径十メートルの円形だった。
「ぬぬぬぬ!」
講師が唸る。円の中に複雑な文字列、記号が凄まじい速度で書き込まれて行く。このサイズにこのクオリティの魔法陣は、並大抵の術士では書けない。その証拠に、講師は汗を垂らし、苦心するように声を漏らす。それでも、講師ケムルは己のプライドにかけて、全力を尽くして書き続けた。
そうして書き始めてから五分が経過。ラジュリィと補助講師が見守る前で、ケムルは腕を降ろした。もう五分の一くらいの長さまで削れたチョークが、台座から退く。
「完成だ。こんなに大規模な陣を書いたのは、講師になって初めてだ」
「ありがとうございます。講師ケムル」
頭を下げたラジュリィに、ケムルは「礼は無用だ」と手を振る。
「学徒が選んだ愛機を手に入れられるように尽くすのが、私の役目だ。何度も言っているがね」
「立派な考えだと思います」
「褒めても何も出んさ。さぁ、あとは君の仕事だ。これだけの陣だ、心してかかりたまえ」
講師に促され、ラジュリィは台に上がる。そこにあったのは、圧巻とも言うべきスケールの巨大な魔法陣であった。それに圧倒されることもなく、少女は両手を掲げ、魔素を練り上げ始めた。
周囲のマナが膨大な魔素の影響を受けて輝き初め、ラジュリィの周囲へと集りだす。それは光の渦のようだった。周囲で作業をしていた学徒らも、思わず見物しにやってきて、彼女の素質に息を呑んだ。
「すごい魔素の量だ」
「俺にはこんなの、操れないぜ……」
「ラジュリィさん、すごい」
そんな呟きを溜め息を共に漏らす学徒たち。その前で、マントをはためかせながら、ラジュリィは魔法陣に魔素を注入し始める。
しかしいくら魔素を注ぎ込んでも、何も生成されない。魔道鎧の足首すら出てこなかった。
「まさか、失敗?」
「馬鹿な、私が書いた陣だぞ。それに魔術自体はちゃんと作用している。これは、とんでもない大物が出てくるかもしれん」
講師ケムルの言う通り、魔法陣はしっかりと機能していた。ただ、出力しようとしている魔道鎧に必要なマナの量が、桁外れなのだ。
「……っ!」
頬に汗をかいたラジュリィが更に力を込めた。こうなれば意地である。何が何でも、この魔法陣から、御堂と同じ世界の力が授けられた鎧を生み出してみせる。そういう気概があった。その結果、
「あ、あれ?」
「なんだ……?」
周囲でまだ魔道鎧を生成していた学徒らが、戸惑いの声をあげた。魔道鎧の生成速度が、がくっと落ちたからだ。理由は単純、周囲に満ち溢れていた魔素が、ラジュリィの元に強引にかき集められて、周囲の外向魔素が薄くなっているのだ。
「す、凄まじい……!」
講師らは彼女の操るマナの量に驚愕した。どれだけ力が強くても、他の術者の魔術に影響を与えるほどの量を吸い上げるなど、常識では考えられない。
それでも、まだ魔道鎧は姿を現さない。とてつもないマナを要求する鎧だ。
「ら、ラジュリィ嬢、これ以上は危険だ! 一旦生成を止めて――」
「いいえ、もう少し、もう少しなんです!」
補助講師が止めようと声をあげたが、ラジュリィはやめようとしない。両腕を広げ、天を仰ぐように魔素を込め続ける。
「ええい、こうなれば自棄だ。私が責任を持つ! 続けたまえ!」
「こ、講師ケムル、何を」
「こんな大規模な魔術、そうは見られんのだぞ! 学徒諸君、目に焼き付けておくんだ! 奇跡が見られるかもしれんぞ!」
騒ぐ学徒や講師らの外野を無視して、少女は更に集中して魔素を練り上げ、注ぎ込み、念じる。
(神ケントシィよ、私に力を……!)
その祈りが届いたのか、もしくは彼女の力に魔道鎧が応えたのか、それは突然に姿を現した。なんの前触れもなく、目映い光が魔法陣から逆流したように放たれる。それを見ていたラジュリィ以外の全員が、その眩しさに思わず目を覆った。
そんな中、一人だけ瞬きもせずにそれが出現する瞬間を目撃した少女は、脳裏に声を聞いた。
『汝、授けられし者よ。我は授け人。この力が、続く授け人への救いとなることを、我は望む』
「授け人……?」
『そして、忌むべき授けられし世界への鉄槌となることを、強く望む』
しばし続いた光の奔流が止まり、辺りに静寂が訪れた。ようやく目を開けられた講師や学徒たちは、魔法陣の中央に立ちそびえる魔道鎧“のようなもの”を見て、驚嘆し圧倒された。
「な、なんだこれは……」
講師ケムル、魔道鎧の生成に携わって二十年以上の彼ですらも、見たことがない魔道鎧であった。
それは形容するなら「山」であった。薄い水色をした装甲に、琥珀色のラインが走る。そんな外装を山になるまで積み上げたような外見。そこから四足の脚が生え、大重量を支えている。背後には何が詰まっているのか、大型のコンテナを背負っていた。
そんな造形でも、辛うじて両腕のようなものと頭部があるのが見えたので、講師はなんとかそれが魔道鎧だと認識できたが、正に異形であった。
もし、地球の人間がいれば、鉄で構成された昆虫の化け物だとでも表現しただろう。その全高十メートル。幅六メートルはある巨大な魔道鎧の前、その持ち主となったラジュリィは、巨大な怪物を見上げて、震えていた。
後ろにいる者たちにはその表情は窺えなかったので、畏怖から震えているのかと思った。だがそれは違う。彼女は大きすぎる喜びを表現するかのように身を震わせ、恍惚とした笑みを浮かべていたのだ。
「ああ、これで、これでようやく、私もミドールにつり合う力を手に入れることができました」
呟いて、手を頬に添えて、うっとりとした口調で呟く。この魔道鎧がどのような力を持っているかは、すでに彼女の脳裏に知識として刷り込まれている。故に、この化け物がどれだけ強力で危険な存在なのかを、ラジュリィは理解していた。
それでも、彼女の心中は、御堂の機体と寄り添うに相応しい力を手に入れられた喜びに満ち溢れていた。その思いに比べれば、多少のことなど、細事に過ぎない。
「ミドールは、褒めてくれるでしょうか?」




