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2.3.3 鎧工房

 同じ頃。ラジュリィは学院城内にある工房へとやってきていた。工房、と言っても、あるのはだだっ広い空間に並んだ一辺十メートルほどの四角い台座と、古めかしい書物が納まった本棚。その他に足が付いた大きなボードが一つ。それだけである。


 周囲には、クラス単位ではなく雑多に集められたように思える学徒たちがいた。共通点は、全員同じ紺色のマントを身につけている人間で、まだ自分用の魔道鎧を持っていないということだ。


「諸君、これより君たちの武器であり防具である、魔道鎧の生成を行う。担当は私、ケムル・ルトファー・パレッグが行う。諸君が皆、良い愛機を得られるように努力するつもりだ」


 学徒の前でそう挨拶したのは、ふくよかな体型をした丸眼鏡の男性講師だった。彼は集まった一同を見渡した。


「うむ、皆もやる気十分であるな。魔道鎧成形の基礎について、諸君らはすでに知っているだろうが、改めて簡潔に説明しよう」


 言いながら、背後にあったボードを引っ張り、学徒らに見えるように向ける。そしてボードをひっくり返すように上下回転させると、図式が描かれた面が出てきた。


「この画板に書いてあるのは、魔道鎧に関する小難しい基礎理論だ。詳しく知りたいものは後ほど書き写すように……さて、これを使うと時間が足りないので、口頭で説明させてもらう」


 わざわざ出したボードを今度は押し退け、講師は丸眼鏡のつるを一度押し上げて、説明を始めた。


「魔道鎧を造り上げるのに必要なのは三つある。設計図たる魔道書と、魔法陣。そして乗り手となる術士の魔素だ。ただし、この内一つ、魔道書は必ずとも必須ではない。真に優れた魔術師は、設計図など無くとも、己の脳内で全ての方程式を組み上げ、理解し、出力することができるからだ」


 講師はまたぐるりと首を巡らせて学徒らを見る。何人か、それが自分であると言わんばかりに自信満々の表情をしていた。毎年、必ずいる自信過剰な学徒に対し、むしろ微笑ましいという思いすらあって、講師は微笑する。


「まぁ、学徒である君たちはしっかり魔道書を利用した方が良い。でないと、魔道鎧にもならない失敗作が出来てしまうからな」


 そう釘を刺してから、今度は工房の両脇にある本棚を指差す。


「そこの棚に所狭しと並べられているのが、件の魔道書だ。由緒正しき術者が書いたものだから、変なものはないと思う。逆に言えば、奇抜な設計図はあまりないということだ。だがあまり奇抜だと、運用に苦労する。諸君は普通にウクリェや、作れればサルーベ辺りが良いだろう」


 そこで講師は気付いた。凡庸品を作れと言われた学徒らが、明らかにがっかりとした表情を浮かべている。モチベーションが落ちていた。これはまずいと思い、講師は慌てて本棚に駆け寄って一冊の本を抜き取った。


「き、気落ちするのは早いぞ諸君! 確かにウクリェなどの魔道書が多いのは事実だが、どれもこれも素晴らしいものばかりだ! これなど、あの名家グレスラー家の魔術師が書いたものだぞ! もし上手く精製できたら、発展型の二等級になるかもしれないなぁ!」


 かなりわざとらしかったが、それでも学徒らの興味を引くには充分効果があった。学徒らの大半は、魔道書が納まった本棚を、宝の山を見るような視線で見始めた。


「講師ケムル。魔道書は順番に配られるのですか?」


 一人の学徒がそう質問する。講師は「慌てるな諸君!」と手にしていた本を棚に戻して、ボードの前まで駆け足で戻ってきた。少し肩を揺らしながら、ぜーぜーと息を荒くする講師。運動不足であった。息を整えるのに数秒要してから、話を再開する。


「さて、諸君。自分がどの魔道書を使えるのか、気になるだろう。その選び方だが……なんと、自由だ」


 自由、という言い方に疑問符を浮かべた学徒らだが、次の「つまり早い者勝ちだ」という続きを聞いて、ざわっとなった。今すぐにも走り出そうとした学徒を、講師が手で制して説明する。


「今から、私が合図したら一斉に本棚から魔道書を選びたまえ。ただし、早い者勝ちを厳守し、恨みっこはなし。危ないから走らず、早歩きで向かいなさい。良いか? 良いね?」


 念入りに聞いてくる講師に「わかったから早くしろ」と言う目を向けつつ、学徒らは忠告を無視して、駆け足の構えを取っている。これも毎年恒例なので、注意しても無駄なことを講師は知っている。なので、さっさと合図することにした。


「それでは! 三、二、一、〇!」


 直後、学徒らは一斉に駆け出した。勢いに押されて、講師が悲鳴をあげて床に転がる。これも恒例のことであった。


 さて、ラジュリィと言えば、他の皆が駆けていったのについていこうとはせず、のんびりと本棚に向かっていた。しかし、並んでいる本棚のどれも人垣ができている。この中に割って入る気は起きなかった。あちこちから、


「これはすごい! ネムシム家の書だ!」


「それは僕が先に選んだやつだぞ!」


 こんな声が聞こえてくる。ここに御堂がいれば「まるでスーパーのバーゲンセールだな」とか、そんな感想を漏らしていただろう。喧噪を遠目に、ラジュリィは人集りを避けて隅の方にある本棚の前に来た。


(どうして、ここだけ人気がないのでしょう)


 そう思いながら棚に並んでいる本を見る。すると、すぐにその理由がわかった。どれもこれも、古すぎて表紙も読めないほどにくたびれているのだ。

 由緒正しいと言っても、何が書かれているのか理解できないものを使おうとする者はいない。そういうことだった。


 けれども、その中に一冊だけ、文字だとわかるもので記された魔道書があった。ただ、何と書いてあるかはラジュリィにもわからなかった。なぜならば、


(……ミドールの持っていた板に書かれているのと、同じ文字?)


 以前、ラジュリィは御堂の身分証を見せてもらったことがあった。なんと書かれているのかはさっぱりわからなかったが、父親と同じく、硬い文字だという印象を覚えていた。

 そして、そこにあった魔道書の表紙はそれと同じ文化圏の言語。つまり日本語で記されているのだと、ラジュリィは理解した。


 奇妙な縁と、御堂に近しい存在というのに惹かれて、ラジュリィはその魔道書を手に取った。魔道書と言っても、厚さは一センチ程度の薄いものだ。本棚の前で捲って中を見てみる。

 表紙は未知の言語だが、中身はラジュリィの知っている文字で書かれていた。ただ、一般的な魔道書とは書式や書き方が異なる。


 普通の魔道書は、簡単な図と説明書き、成形するための魔法陣の形状などが書かれ、後は大体が著者の所見で埋められている。だが、この本には、魔道鎧を真正面と真上、真横からスケッチした図と、大きさの数値が四角い枠の中に記されている。その他に、無駄な情報は一切、記載されていない。


 御堂や地球の工学系知識がある人物がこれを見たら、正しく設計図か仕様書だと思うことだろう。そんな風変わりの魔道書を読み込んで、ラジュリィは確信した。


(これは、ミドールと同じ世界の授け人が書いたものですね……!)


 授け人は魔術が使えない。魔道鎧の生成にも関われないと思っていたが、それは違った。彼らのもつ技術やアイデアと言ったものを、魔道書へと落とし込むことに成功した魔術師が過去にいたのだ。


 ラジュリィは密かに興奮していた。彼女はずっと、御堂に相応しい魔術師になるにはどうしたら良いかと悩んでいたのだ。

 御堂と釣り合うには、彼に負けないほどに強い魔道鎧を己の力にしなければならない。そう考えるようになっていた。


 しかし、学院で指導を受けて作れるのは、精々が二等級かそれに毛が生えた程度のもの。そんなものでは御堂のパートナーに相応しくない。だが、独自で一等級魔道鎧を生成できる工房を所有している貴族は、帝国には少なかった。

 ほぼ全ての貴族が大なり小なり工房を持っている共和国とは、魔術に関する入れ込みが違う。


 だが、ここでラジュリィは力を得る発端を見つけることができた。これは幸運か、あるいは御堂への思いが神へと通じたに違いない。


「我が神ケントシィよ。私の思いに応えてくれたこと、感謝いたします」


 魔道書を胸に抱き、御堂との運命に違いないそれを与えてくれた神に、少女は感謝の言葉を呟くのだった。

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