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2.3.2 御堂の剣術

 次の瞬間、エルフの少女は風となった。対面していた御堂はそう錯覚せざるをえなかった。数メートルなど訳もなく詰めたトーラレルの短剣が、最小限の振りで御堂の長剣を狙う。防ぐように構えられている剣を弾いて、二撃目で本命を叩き込む算段だと見た。


(言うだけのことはあるな……!)


 だが、この程度に反応できないほど御堂は鈍っていない。その一撃目に対し、御堂は剣をあえて寝かせるようにして対処する。対応されるとは思っていなかったのか、打ち合うつもりだったトーラレルの剣先が空を切る。短剣が一瞬、泳いだ。


「しっ!」


 至近距離の間合い。長い木剣では若干に苦労するが、それでも御堂は器用に木剣を操って横合いからの打撃を振るう。木剣がトーラレルの腕に命中する直前に、彼女は後ろへ飛んで下がった。御堂は己の攻撃が空振りになることを見越している。振り切らず、すぐに構えを整えた。


 周囲の学徒らは、最初のトーラレルの攻撃で決着が付くと見ていたが、予想が外れて戸惑いの様子だった。「まぐれだ」とか、そういった類の言葉が学徒たちの間から聞こえる。そして彼女も、意外そうに目を丸くして御堂を見た。


「……驚いた。正直に言えば、一度で終わらせられると思っていたよ」


「なんだ、楽しむつもりではなかったのか?」


「あれは世辞みたいなものさ、だけど、気が変わったよ……少し本気でいかせてもらう」


 そう宣言したトーラレルは短剣を突きの構えにした。片足を引く。


(……来る!)


 御堂の余地したタイミング通りに、だが先ほどよりも素早く、勢いを乗せて突進してきた。木剣を振るって迎撃するのは危険だった。外せば容赦なく突きが見舞われる。ならばと、御堂は身のこなしで攻撃に対処した。


 一撃目を右へ小さくずれることで避け、追撃の横薙ぎに対し後ろへ一歩下がる。トーラレルが大きく踏み込んで斬り上げてくれば、顎先をかすめそうな矛先から首を曲げて逃げる。そこからも、息をつかせぬと言わんばかりの連撃が見合われる。


 どの斬撃も凄まじい速度で振るわれていた。一歩間違えれば、短剣を受けて怪我をするかもしれない。だが、御堂の心には焦り一つない。淡々と、相手の動きを良く観察して、軌道を読み、合わせて立ち回るだけだ。一度も身体をかすめない。


 逆に、攻撃を繰り返す内にトーラレルから余裕の笑みが消えた。一見すると相手に反撃を許さず、一方的に攻撃しているように見える。だがそれは違う。御堂が反撃していないだけだ。彼は表情を引き締めているが、汗一つかいていない。むしろ余裕さを感じさせた。


 それに気付いたのか、声援を送っていた周囲の声が、困惑したものに変わる。あのトーラレルが、一度も当てることがでない。彼女の実力を知っている者からすれば、あり得ないことだ。


 魔術でも剣術でも、この学院にいるエルフのトップである少女が、魔無しの人間に手こずっている。その現実は、人間を見下しているエルフたちからすれば悪夢に近い。


「なぜ……斬り返してこない!」


「俺の目的は、君の実力を知ることだ。打ちのめすことじゃない」


 その言葉が余裕綽々な、強者が弱者にする態度に思えて、トーラレルはむきになった。斬撃に織り交ぜて、上段蹴りを放つ。剣術でやり合っているところにこれは、完全な不意打ちになるはずだった。


「おっと」


 しかし、御堂はこれも読んでいたかのようにかわした。後ろへ大きく下がった御堂が、息を吐いた。体術も併用せざるを得ないと相手に思わせてしまったことを、少し反省する。


(少し、大人げなかったか)


 日本でも、教官たちから御堂は“手抜き”の仕方が下手くそだと言われていた。その通りだなと本人も思う。


「剣術の講義だぞ。体術の講義も別でやるが、今はそのときじゃない」


 それでも余裕がある御堂は、構えを解かずに呆れたように言う。


「……言うじゃないか、まだ余裕そうだね」


 対して、トーラレルは少し肩を上下させていた。呼吸までは乱れていないが、体力を消耗したらしい。ついている筋肉の種類だとかで、エルフというのは総じて持久力がないのかもしれない。御堂はそう推測した。


「そうでもない、君の技術は大したものだ。気を抜くとこちらが怪我をしそうだ」


「嘘だね、まだまだ力を隠していると見たよ。是非、見せてほしいところだ」


 微笑を浮かべ、再度構えを取るトーラレル。その目には一種の期待が篭もっていた。その目を見て、なるほどなと御堂は合点が行ったという風に頷く。


(この少女、いやに協力的だと思ったら、こちらの実力を知りたいという純粋な思いがあったか。武人気質というか、他のエルフとは考え方が違うらしいな)


 彼女の気質というのを理解できた。そして、ここまでのやり取りで彼女の実力は大体把握した。なので、御堂はこの遊びを終わらせることにした。


「はぁっ!」


 声をあげて、トーラレルが再度突進してくる。渾身の突きだ。短剣の矛先が、中段に構えた御堂に向かう。それを冷静に見定め、一閃。


「――しっ!」


 御堂が素早く木剣を振り上げたのだと周囲の学徒らが知覚したときには、トーラレルの短剣が宙を舞っていた。


「あ?!」


 された方は思わず声をあげた。突然の反撃で武器を失い、勢いのまま転げてきた彼女を、御堂は即座に構えを解いて受け止めた。抱き止められるとも思っていなかった少女は、少し驚いた表情で御堂を見上げた。


「……また驚いた。まさか、人間に負けるとは思っていなかった」


 誤魔化しの意味も込めてそう言ったトーラレルは、自分の身体を支えている御堂の感触に、少しどきりとしてしまっていた。実を言えば、彼女はそんなに異性慣れしていないのである。


 容姿は割と細身だと思っていたが、筋肉が付いていてがっしりしている。胸元に顔を近づけているので、鼻が敏感なトーラレルは、嫌でも臭いを嗅いでしまう。だが、汗の臭いはしない。御堂が本気を出していない証拠だった。


「相手が自身より強いと思えたのは、父上以外では初めてだよ」


「それは、相手に恵まれなかったな」


「はっきり言うね」


「まだ十六年しか生きていない少女より強い奴なんて、世界にはごまんと居るぞ。俺に剣術を教えてくれた人など、同じ人間かと思うほどの強さだった」


「なるほど、これは僕も驕っていたところがあった。それを教えてくれたこと、感謝するよ。講師殿」


 普段通りの薄い笑みに戻したトーラレルは、そっと御堂の胸を両手で押して身体を離す。それから、周囲で未だにざわついている学徒らの方を向いて、彼らに聞こえるようにわざと大きな声で話す。


「さて、私も自分が負けてしまうとは思わなかったが、これで講師殿の実力は皆も良くわかっただろうね。悔しいけど、認めざるをえない。講師殿は強者だ」


 ちっとも悔しさを感じない口調だったが、それに反論する声は出なかった。自分たちよりも剣術が強いトーラレルを、同じ剣術で手玉に取る人間。魔無しと言えど、少なくともこの技術において御堂を侮れる要素はない。


「うん、皆、理解したようだよ」


「それはなによりだ」


 再び御堂の方を振り向いて、はにかむトーラレル。本当に協力的で助かる。深くは考えずに頷いた。それから長剣でラックを指す。


「さて、遊びはここまでにして、講義を始めるぞ。まずは構えからだ。短剣を一人一本取り出して――」


***


 ところで、御堂がなぜここまでの剣術の技量を持っているのだろうか。彼には元から才能があっただとか、この世界に来て力に覚醒しただとか、そういったことはない。ちゃんとした理由がある。


 日本に居た頃。まだ訓練生だった御堂を、特に剣術の方面で鍛え上げた人物がいるのだ。その人物は、御堂の教官たちの元上官にあたる。その人物、三十代の女性は、自衛官でもあり、剣術家でもある。そんな人だった。


 教官から初めて彼女を紹介されたとき、御堂は「どこぞのモデルがコスプレをしているのか」と感想を抱いた。だが、その後に行われた訓練で、嫌でもその女性の強さをわからされた。


 訓練施設の畳の上で倒れた御堂に、汗一つかかない女性は、こう言った。


「磨けば強くなるわ、この子。良い原石を拾ってきたものね。流石は私の弟と妹」


 それから、基礎訓練を削ってまでして、超濃密スケジュールの特訓を受けることになった。何故か気に入られた御堂は、彼女から徹底的に剣術を叩き込まれることになる。

 そして二年と半年後。その師匠とも呼べる女性から、免許皆伝とまでは言わないが、一応の合格を得られるまでにはなった。


「いいこと、御堂ちゃん。人間は本来とても弱い生き物なの。だから、守るべきものを持ちなさい。守るものがある人間は、どんな怪物より強くなれるから」


 彼女から告げられた言葉は、今でも御堂にとって金言の一つになっている。

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