2.3.1 エルフの実力
更に翌日。御堂は講義を受けに広場へやってきたエルフたちのクラス「ムスペル」の面々を見て、思わず呻きたくなった。
「……それで、誰か、これだけしか学徒が来ていない理由を説明してもらえるか?」
学徒らを見渡して、改めて御堂は渋い顔をした。聞いていた人数の三分の一程度しか来ていないのだ。半分は流石に出てくるだろうと考えていたが、それは楽観的な推測だった。
そんな御堂に、銀髪の少女、テンジャルが答える。
「皆、教室で自習をしてますわ」
「俺は自習など許可していないんだがな……」
「講師に失礼を承知で申し上げるなら、魔無しに教わることは何もないというのが、皆の主張です」
どうにも、その体質が足を引っ張る。御堂はやれやれと首を振った。
「では君らはどうして来た、俺を見世物として見に来たのか?」
御堂の少し皮肉気な言い口に、テンジャルは眉を顰めた。
「違います。出席数が不足しているか、久方に行われる剣術の講義に対する興味本位で来ているのが大半です」
「……出席日数が不足するほど、講義を休んでいるのか?」
「私はともかく、何人かの同級生は、すでに優れた魔術の才能を持つ自分たちが、わざわざ魔術を教わる必要は無い、という主張をしていますわ」
「不真面目なものだ……」
日本の底辺校と呼ばれるような学校でも、ここまで露骨なサボりはしないだろう。御堂は嘆くようにぼやき、エルフの学徒らを見やる。何人かは御堂を睨み返して来たが、大体は気まずそうに目を逸らした。そういうことらしい。
一人、薄い笑みを浮かべて御堂を見つめ返した金髪の少女がいた。御堂はその少女の姿が、他の学徒より少し印象深く見えた。
「まぁ、わかった。今いる学徒で講義を始める」
教室に行って連れ出すのも馬鹿らしいし、徒労に終わるに違いなかった。なので、サボりの学徒はいないものとして、講義をすることにした。
「俺はエルフに関しては書物で読んだり、人から聞いた程度の知識しかない。なのでまず、君たちのことを質問させてほしい」
先日も使った長剣を片手で持ちながら、御堂が話を始めた。エルフの反応は、ほとんど興味がなさそうだった。それでも、御堂は続ける。
「エルフというのは、大抵は身のこなしが軽いと聞く。それは剣術にも有利に働くと見える。間違ってないだろうか」
問い掛けに、金髪のエルフが答える。トーラレルだ。
「僕たちは人間と比べて軽やかに、しなやかに動けると自負している。だが、得意なのはあくまで魔術だ。剣を使うことなど早々ない。予備として携帯する者もいるが、それも少数派だ」
その説明から、暗に共和国のエルフは剣術の講義をわざわざ受ける必要がない、ということを言っているのだと理解した。講義をする意義が薄れている気がして、御堂は思わず溜め息を吐きたくなった。それを我慢して、説明を理解したことを示すように首肯する。
「なるほど、剣術が不要なくらい、魔術が得意であると」
「内向魔素の多さには、自信があるな」
(……戦闘民族だな)
若干、御堂はエルフに対して失礼な感想を抱いた。それは口に出さず「説明ありがとう」と礼を言って、次の話に移る。
「剣術とは関係ないことだが、一つの水準を知る上で聞きたい。君は攻撃魔術を何度使える?」
「僕は十回だよ。小規模な術なら、もっと使える」
少し自慢げに答えた彼女に続いて、それまで黙っていた他のエルフも口々に、
「俺は七回」
「私もそれくらい使えるわ」
「八回いけるぞ」
など、自己申告した。御堂は自分の知っている身近な魔術師にして、従騎士でもある少女のことを思い出していた。
(ファルベスが使える攻撃魔術は、確か四回だったな)
それでもあの年齢では優秀な部類に入ると聞いている。対し、エルフはほぼ全員がその二倍か、それ以上の手数を使える。魔術の扱いが得意ということは、威力や練度も上だろう。確かに、自分たちが優秀だと驕るのも無理はないかもしれない。
(だが、種族の能力は優秀でも、生物としては少しな)
この世界のエルフというのは、地球で良く聞く「異常なまでの長寿」という特性を持っていない。精々、人間と同程度の寿命だ。その上で、子を成し難い体質で、身体は病に弱い、という弱点を持っている。でもなければ、とっくの昔に人間はエルフに駆逐されていたことだろう。
「魔術で優れているというのはわかった。では本題に戻して、剣術の話だ。剣は持たないと言うことだが、光剣の魔術は使うだろう? エルフが使う光剣も、大体は人間と同一のものということで良いんだな?」
「あの魔術は、先達の魔術師による効率化が図られ、それが今の世まで種族に関係なく伝えられている。だから僕たちが使っても、人間が使っても、基本は変わらない」
またトーラレルが答えてくれた。講義に協力的なエルフがいて助かったと思いながら、書物で調べたことが正しかったことを確かめられて、御堂は少し安心した。
「よし、なら短剣が使えるな……ここまで質問したが、聞いただけでは君たちがどの程度の技術を持っているのか、まだわからない」
御堂は剣先を地面につけていた長剣を振り上げると、短剣を収納しているラックに向けた。それから、挑発的とも見える笑みを浮かべてエルフたちに問う。
「そこで、君たちの中で一番、剣術に自信がある者と手合わせさせてほしい」
それに対する反応は様々だった。馬鹿らしいと言う表情を隠さない者、剣など汚らわしい武器だと呟く者、まだ無関心そうにしている者。そして、
(ほう……)
これを人間からの挑戦と受け取り、面白いと笑みを強める者がいた。
「この中で光剣の扱いに慣れている者は? 立候補がいないなら、こちらで適当に指名するぞ――」
「それは困るな、講師殿」
御堂の言葉を遮り、トーラレルが後ろで結った金髪を揺らしながら、一歩前に出て言った。後ろでテンジャルが「お、お姉様?」と戸惑っている。それにはお構いなしで、彼女は短剣が納まったラックへと歩み寄る。
「さっきから、君は講義に協力的だな、助かる……それで、腕に自信は?」
「あるさ、この中で……いや、後期生にすら負けない程度には嗜んでいるよ」
「それは結構なことだ」
「そちらこそ、剣術を指南するというのだから、並大抵の腕ではつまらない。そこは安心して良いかな?」
言いながら、トーラレルはラックの中に並ぶ内、一番使い込まれていると見えた木製の短剣を選び取った。
「俺はそこまで己が強者であると思ってはいないが、俺が知る内の、最も剣術で強い人から、一応の合格は貰えている」
「それは結構なことだね」
魔無しと呼ばれている人間の講師がした提案に妙に乗り気な同級生を見て、周囲のエルフらはざわつく。そんな彼ら彼女らを一切無視して、二人は示し合わせたように数メートル離れたところに立った。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかった」
「トーラレル。トーラレル・アシカガ・イジンだ、講師殿」
彼女の名乗ったアシカガという響きに、御堂は少し懐かしい感覚を覚えた。脳裏に、もしかしてという想像が浮かぶ。だが、今は関係の無いことだと思考の向こうへ放った。
「トーラレル、皆も聞いてくれ。いくらエルフが魔術という破壊力や間合いで優れた力を持っていようと、不意打ちを受けたり、接近戦に持ち込まれては、その優位は脆く崩れさってしまう。だから、俺は君たちに剣術を指南する」
御堂の語りに、トーラレルは小さく口笛を吹いた。大層なことを言った人間を、茶化すようなニュアンスを含んでいた。
「これは、講師殿にその資格があるかを、私たちに見せる意味もあるということだね?」
「その通りでもある。俺は君たちの技術が知りたい。君たちは俺の実力を知りたい。好都合だろう」
「全くだね……テンジャル、合図をしてくれないか?」
「あ、はい!」
テンジャルが二人の合間に立つ。そして、不安そうな瞳でトーラレルを見る。彼女の身を案じているというより、やりすぎてしまわないか心配という様子だった。
そんな妹分に、構えを取った彼女はウインクで返してみせた。
(随分と余裕綽々だな)
御堂は中段の構え、一般的な剣道のような構えを取って、相手になってくれた少女を観察していた。自然体で、構えはしていてもリラックスしている。相当に慣れている証拠だ。これは手強いなと感じ、御堂は少し本気を入れることにして、木剣を握り締めた。
「それでは、用意!」
テンジャルが手を上げて、両者を見てから、
「はじめっ!」
その手を振り下ろした。




